第60話


「はあ……。本当にごめん。美保。1番バレたくないって言ってた心南に、バレちまった……」


 心南が去ってから、俺はため息を吐いてから美保にそう言った。俺のそんな言葉に、美保は首を横に振ってくれる。


「ううん。仕方ないよ。それより……」


 美保は俺から長井さんに視線を移した。それに気づいた長井さんは、ばつが悪そうに視線を逸らす。


「長井さん。まるちゃんのこと、ちゃんと見ててって言ったよね?」


「うっ……。本当にごめんなさい……。行きたいって言って、聞かなくて……」


「はあ……。仕方ないよね。でも、来ちゃダメっていったでしょ?まるちゃん」


「だって、パパとママに、会いたかったんだもん……」


 美保が長井さんとまるちゃんを叱る。だが、まるちゃんがそう言うと、俺と美保は何も言えない。


 そんな風に、目をウルウルとさせながら言われると、俺と美保は弱い。しかも会いたいと言われているのだ。


 そんなの、俺たちだって会いたいに決まっているのだ。ただ、こんなことが起きないようにそう言っていただけで。


「そう言ってくれるのは、嬉しいよ。けど、今はそんなに会えないんだ。ここからは、見るだけで我慢してくれ」


「でも……」


「パパ、頑張るからさ。ちゃんと見ててくれよ」


「……分かった。ちゃんと見て、応援する」


「よかった。ありがとうな」


 俺はそう言って、まるちゃんの頭に手をのせて撫でた。まるちゃんは嬉しそうに、それを受け入れてくれる。


「全くもう……。ママも頑張るから、応援してね」


「うん!ママもまるを撫でて~!」


「いいよ。はい」


 美保もまた、俺と同じようにまるちゃんを撫でた。まるちゃんはそれを、俺の時と同じように嬉しそうに受け入れる。


「じゃあ、俺らもそろそろ戻ろうか。皆待ってるだろうし」


「そうだね。じゃあ長井さん。またまるちゃんの事、よろしくね」


「え、ええ。任せて!」


 美保が長井さんにまるちゃんのことをまた任せた。そして俺たちは、まるちゃんに別れを告げる。


「またな、まるちゃん」


「またね。まるちゃん」


「うん!頑張って!パパ!ママ!」


 俺と美保がそう言うと、まるちゃんが笑顔で返答してくれた。俺と美保も笑みを浮かべて、手を振った。


 そして俺たちはそのまま、心南が立ち去ってしまった方へと向かって歩き出した。まるちゃんと長井さんは、俺たちが見えなくなるまで手を振ってくれた。


 俺と美保はそれに最後まで返しながら、俺たちのクラスのブースまで戻っていく。二人が見えなくなってから、俺はまた美保に謝った。


「本当に悪い。美保」


「もういいってば。謝らなきゃいけないのは、私の方だし……」


「どう、説明するか、だな……」


「そう、だね……」


 俺がそう言うと、美保も神妙な表情で頷いた。俺は正直、ここまで来たらすべて言わなければいけないと思う。


「もう、全部言うしかないけど……。大丈夫か?」


「うん。それしかないよね。私は、大丈夫だよ」


「そうか。じゃあ……」


「ちゃんと全部、話すよ。けど、2人で話したいこともあるから、その時は席を外してくれる?」


「ああ。その方がいいなら、そうするよ」


 元々は美保の話がメインなのだから、美保の意向を最優先にするのは当然だ。心南と2人で、話しておきたいことがきちんとあるのだろう。


「取り合えず、今は体育祭、だな」


「うん。心南が、そう言ってくれたんだし……。本当に、悪いことしちゃったなぁ……。だから、バレずに隠し通したかったのに……」


「バレたら仕方ないだろ。ほら、もうすぐ着く。だから、この話は終わりな?」


「そうだね。でも、信護君は先に戻っておいて。私は後から行くから」


 美保から急にそう言われた俺は、思わず立ち止まってしまう。なぜなのか分からなかったからだ。


「なんでだよ?ここまで来て、どこに行くんだ?」


「……お手洗い、だよ。最初から、そのつもりで出てきたんだ。けど、近くのところが空いてなくて、観客席のところまでいったら……」


「わ、悪い……」


 まさか、トイレに来ていたとは。そんなこと、思いもしなかった。


「これだけたったら、流石に空いてるだろうし、近くのお手洗いに行くよ。だから、先に戻ってって言ったの」


「ああ。分かった。先に戻るよ。そんなことまで言わせて、ごめん……」


「別に大丈夫だから。私、行くね?」


「おう。後でな」


 俺は俺のクラスのブースの直前で美保と別れて、先に戻ることにした。トイレなら、そんなに時間をかけずに戻ってくるだろう。


 心南と顔を合わせるのは気まずいが、同じクラスだし仕方がない。一応、俺からも謝っておくとするか。


 俺はそう考えながら、クラスのブースまで戻る。するとそこでは、心南がクラスメートに囲まれていた。

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