第59話
「こ、こらまるちゃん!駄目よ!」
長井さんがそうまるちゃんに注意してくれるが、最早もう遅い。すでに心南は、口をパクパクとさせて驚いてしまっている。
「い、今、パパって言わなかった……?」
心南はそう、俺に問いかけてきた。その問いによって、俺は微かな希望を見出す。
もしかしたら心南は、頭に入ってきていないのではないか。ならば、もしかすると誤魔化すことも出来るかもしれない。
「い、いや!気のせい――」
「なんで?パパいるもん!ね!パパ!」
俺の希望は、まるちゃんによって木端微塵に砕かれた。俺の方に近づいてきて、パパと呼んできたのだ。
もはや、弁明の余地はない。受け入れるしかないだろう。
「信護が、パパ……!?ま、まさか……!?」
心南はそう言って、長井さんの方を見た。またであるが、何らかの勘違いをされている気がする。
「……そんな人だとは、思ってなかった。まさか、信護が……」
「待て待て待ってくれ!多分、勘違いしてるから!」
「何をよ!絶対そうでしょ!そう以外ありえない!」
「だから――」
心南は俺に、説明の時間を与えてくれない。ずっと畳みかけてくる。
「学生なのに、孕ませたんでしょ!そんな人だとは思ってなかった!」
「……は?」
「……え?」
心南が発した言葉に、俺と長井さんは驚きを隠せない。まさか、そんな勘違いをされているとは。
「体育祭終わったら、通報するから。その女性も、覚悟しといて」
「いやマジで待って。違うんだ」
「ち、ちょっと待って!私がママじゃないの!」
「どこがよ!そうにしか見えな――」
「あれ?信護君に心南ちゃん?何してるの?皆もう戻って――」
そこに、今一番来てほしかった人が来てくれた。俺の妻である、美保だ。
「み、美保!助けてくれ!心南が――」
「美保!信護が――!」
「あ!ママー!やったー!ママにも会えたー!」
俺、心南の順番で美保に語りかけたが、それは全てまるちゃんにかき消された。まるちゃんがそう言って美保に抱き着くと、この場が少しの間静寂に包まれる。
「……え?その女性じゃなくて、美保が、ママ……?」
「……そっか。バレちゃったんだ……」
「わ、悪い。戻る時に、ばったり会っちまって……」
「ご、ごめんなさい!まるちゃんが会いに行くって言って聞かなくて……!」
俺と長井さんは、それぞれ美保に謝る。美保が1番バレてほしくないという相手に、バレてしまった。
だが、ここまで来てしまっては、説明する他ない。俺は美保とまるちゃんの元まで向かい、心南と向き合う。
「……どういうこと?」
「……ここでは、話せない。よな?美保」
「……そうだね。知らない人に、聞かれたくないし……」
「……そ。じゃあ、いつ話してくれるの?」
心南は顔を顰めながら、そう言ってくれる。それは暗に、待ってくれると言っているに違いなかった。
「明日、俺の家まで来てくれないか。そこで、全部話す」
「……分かった。今は、それで納得してあげる……」
心南はそう言って、歩き始める。その方向は、俺たちのクラスのブースの方向だった。
「待って!」
そんな心南に、美保が待ったをかける。その声を聞いた心南は、その場で立ち止まった。
「……ごめん心南ちゃん。ごめんなさい」
「……それは、なんで謝ってるの?」
「……それも、ここじゃ言えないかな」
美保は俺の方をチラリと見ながら、そう心南に告げた。心南は美保と俺の方をチラリと見てくる。
「……そっ」
心南はそれだけ言い残して、この場から立ち去ってしまった。そんな心南を、俺と美保は一歩も動けずに、見送った。
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