第53話
ついに、借り物競争が始まった。心南と照花の出番は、そこまで早くない。言ってしまえば、後ろの方である。
先に出番が来るのは、照花だ。その後すぐに、心南の出番である。
借り物競争に参加している生徒たちがぞくぞくとものを借りてきて、ゴールしていく。今のところ、大きな問題は起きていない。
だが、その札は確実に中に入っているのだ。俺に出来るのは、心南と照花にそれが当たらないように願うことぐらいのものである。
「今のところ、順調だね」
「まあ、そうだな。誰も引き直してないし……。そろそろ出てくれないと、心南と照花に当たるかもしれないから、そろそろ出といてほしいんだが……」
「今年は入ってないのかもしれないね」
「「いや、それはない」」
美保の言葉に、俺と勝は声をそろえて否定した。これはもはや伝統なのだ。入っていないほうがおかしいまである。
「うん。入ってるのは、入ってるだろうね。……あれ?誰かこっちに向かって来てない?」
桜蘭がそう言ったので、その方向を見ると、確かに誰かが走ってきていた。こちらに借りたいもの、もしくは連れていきたい人がいるのだろうか。
「あ!いたいた!小田せんぱーい!」
「……え?」
そいつに急に名前を呼ばれた俺は、驚いて呆けた声を出してしまう。まさか、俺が連れていきたい人だとは思わなかったからだ。
「あ、呼ばれてるね。信護君」
「あいつ、知り合いか?信護」
勝にそう言われて、顔がはっきりと見えるようになると、その人物が誰か分かった。俺が所属している文芸部の後輩の女子生徒である、
「ああ。部活の後輩だわ。でも、なんで俺を……」
「それは、お題を見て見ないとね……」
「小田先輩!」
俺と美保がそう言っていると、今野が俺たちの元までたどり着いた。今野は息を荒くしながら、俺に話しかけてくる。
「す、すいませんけど、付いて来てくれませんか!?借り物競争のお題で……!」
「ま、まあいいが……。ふ、普通のお題なんだよな?」
「はい!それはもう!」
俺が今野にそう聞くと、食い気味に頷いてきた。そこまで言うのなら、行っても問題はないだろう。
「よし。分かった」
「い、良いですか!?ありがとうございます!敵の組なのに……!」
「せっかく俺の所に来てくれたんだ。敵でもそれぐらいはいいさ。それに、クラブの後輩だしな」
「そ、そう、ですか……!じ、じゃあ、行きましょう!ほら、早く!」
俺がそう答えると、今野が頬を赤く染めながら俺の手を取って、引っ張ってきた。俺は今野に引っ張られながらも、皆に行ってくることを告げる。
「おっと!わ、悪いが、少し行ってくる!じゃあな!」
「ああ、うん……。じゃあね~……」
「お、おう……。行ってこーい……。はあ……。あいつ、まだいたのか……」
今野に引っ張られながら走り出した俺は、勝のため息の後の言葉は聞こえなかった。後で、何て言ったのか聞くとしよう。
俺はそう思いながら、今野と共に会場まで急いだ。借り物競争に負けないように。
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