第44話

 俺は自分の部屋の前に立ち、ドアをノックをした。お盆を持っているので、無理に開けない方がいいだろう。


「あ、はーい」


 美保の声が聞こえて、ドアが開かれる。ドアから出てきた美保は、もう不安の顔をしていなかった。


「お帰りなさい。信護君」


「あ、ああ。ただいま。それで、どこまで話したんだ?」


「私がまるちゃんと出会った理由までは話したよ。パパとママの説明は、まだ」


 ……ということは、もう過去のことは話したのだろうか。あの重い話を、こんな短時間で……?


「……美保が児童養護施設にいる理由は、話したのか?」


「それも、まだかな。っていうか、私とまるちゃんの話しかできてないから、そこまでいってないっていうか……」


 なるほど。つまり、まるちゃんとの出会いの説明しかできていないのか。


 これは、間に合ったと言った方がいいのだろうか。早く戻ってきてよかったと、俺は思う。


「取り合えず、オレンジジュースとお菓子だ。おやつの時間も近いしな」


「あ、ありがとう信護君」


「お、サンキュー信護」


「ありがとね!小田君!」


 俺は部屋の中に入り、それぞれにコップに入ったオレンジジュースを渡していく。お菓子は、俺の机の上に置いて広げた。


「じゃ、信護も帰ってきたし、パパの話を聞かせてもらおうか」


「そうだね~。なんでまるちゃんは、信護君のことをパパって呼んでるの?」


「あー……。羽木には言ってないけど、勝にはまるちゃんとの出会いは言ったことあるぞ?」


「え?マ、マジ?」


 俺がそう言うと、勝が心底驚いたように目を見開いた。そして、俺に聞き返してくる。


「ああ。いつの帰りだったか、言ったよ。幼女を拾ったって」


「……言って、たな。まさか、その子が……!?」


「そう。その幼女が、まるちゃんなんだ。それで会いに行ったら、美保にも会ったって感じだな」


 俺がそう言うと、勝だけでなく羽木も驚いた顔をする。確かに、偶然が過ぎるだろう。


「そ、それで、なんでパパに……?」


「私が、捨てるようなパパだったら、拾ってくれた優しい人がパパならよかったね、って言ったの。そしたら、拾ってくれた信護君がパパになってくれて……」


「なるほどね~……。それで、パパとママって呼ばれてたんだね」


「そういうことだな」


 俺と美保の説明で、勝と羽木は一応納得してくれたようだ。勝も羽木も、頷いてくれている。


「しかしまさか、斎藤が児童養護施設に住んでいるなんてな……」


「ね!ずっと友達だったけど、知らなかったな~……」


「ご、ごめんね!言うのが、怖くて……」


 勝と羽木の言葉に、美保は頭を下げて謝った。そんな美保に対して、羽木が手を振って否定する。


「う、ううん!仕方ないよ!誰にだって、言いたくないことや言えないことだってあるし……」


「そうだな。別に言いたくないなら、言わなくても……」


「……ううん。ここまできたら、言うよ。信護君には、もう言ったし……」


 美保はそう、勝と羽木に過去を語ることを告げた。俺に話してくれた時からそのつもりだったし、自然な流れだろう。


 だがやはり、いざ話し始めるとなると、俺が心配になってくる。美保がちゃんと、話せるだろうかと。


 いざとなったら、俺が支えなければ。美保は俺の、妻なのだから。

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