第39話
「……その、大丈夫、なのか?」
しばらくの静寂の後、俺が出せた言葉はこんなものだった。他のことを言えなかった自分が、本当に情けない。
「うん。大丈夫だよ。色々あったことは辛いし、悲しいけど、来た児童養護施設がこの療心学園でよかったと思ってるから……」
「そう、か……」
「療心学園に来てすぐの時は、すぐに馴染めなかったの。でも、長井さんのおかげで、今こうしていられてる。長井さん、最初から私のこと気にかけてくれてね」
美保は微笑みながら、そう告げた。美保の中では、長井さんとの出会いが大きかったようだ。
だが、長井さんが美保を気にかけていたという話は、とても納得できる。今でも気にかけている様子もあるし。
「……よかったな。長井さんに出会えて」
「……うん。他の子たちにも出会えたし、まるちゃんにも出会えた。本当に、療心学園に来れてよかったよ」
美保はしみじみとしながら、俺の方に顔を向けてくれる。その顔には微笑みがあったが、眉は下がっていた。
どれだけ今がよくても、辛かった、悲しかった美保の過去は変わらない。俺はその事実を、美保の顔から読み取ってしまった。
「それに、信護君とまるちゃんと私の、新しい家族も出来たしね」
「……え?」
美保は俺の顔を見たまま、俺にそう告げてきた。俺は急に美保から俺の名前が出たので、驚いて言葉を返せない。
「前に、まるちゃんにママって呼んでもらえて嬉しかったって話、したよね?その時はそれだけ言ったけど、本当は私も、家族が欲しかったの。全員、失っちゃってるから……」
「美保……」
「信護君がどう思ってるのかは分からないけど……。私は例え偽物でも、家族が出来て嬉しかったの」
美保もまるちゃんと同じで、家族が欲しかったのか。だが、話を聞くと、確かにそれは当然のことだと思う。
お世話になった家族全員が、中学入学前に死んでしまっているのだ。家族を全て失った美保が、例え偽物の疑似家族であっても嬉しいと思うのは、当たり前ではないだろうか。
「あ、あははっ……。ごめんね?信護君はまるちゃんのために、引き受けてくれてるだけなのに……」
俺がすぐに返事を返せなかったからだろうか。美保が俺から視線を逸らしながら、悲しそうにそう言った。
……最初は、そうだった。まるちゃんを悲しませたくなくて、喜んでほしくて、パパを引き受けた。だが今、俺は美保にも同じ気持ちを抱いている。
美保に、そんな顔をしてほしくない。過去を知ったこともあるが、俺はもうすでに、美保を家族と思っているのだろう。
俺が今、美保にしてやれること。家族として、今俺ができること。夫として、今の妻にできること。
俺が思いついたのは、たった一つの行動。俺は迷うことなく、その行動を実行する。
「えっ!?し、信護君!?」
美保が驚くのも無理はない。俺が実行したことは、美保に抱き着くことだったからだ。
「……俺も、美保とまるちゃんを、家族だと思ってる」
「信護、君……」
「確かに、俺たちは偽物の家族、疑似家族なんだろう。けど、家族は家族だ」
俺がそう言うと、美保が目に涙をためながら、俺のハグを受け入れてくれた。そして涙声で、俺に問いかけてくる。
「私、信護君と、家族でいていい……!?偽物でも、何でもいいから……!家族で、家族でいさせて……!」
「ああ。大丈夫、大丈夫だから。俺たちはこれから、家族だ。誰が何と言おうと、家族だよ」
美保は泣きながら俺の胸に顔を埋め、そう言った。俺はそんな美保を抱いたまま、美保の頭を撫でる。
……守りたい。美保を、まるちゃんを、守りたい。夫として、パパとして、妻と娘を守りたい。
必ず、守ってみせる。俺はそう、岐阜城に向かう道中の時よりも、深く決意した。
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