第40話

 あれからしばらく、美保を抱いている。もう、美保は泣き止んでいるのに、だ。


 俺はここまでずっと美保抱きしめてきたが、それ故に離すタイミングを見失てしまった。それはたぶん、お互い様だろう。


 現に美保も泣き止んでいるのに、俺から離れる素振りを見せない。どちらも何も話さないので、このままになってしまっている。


 離れなければと思うが、そのきっかけが出来ない。一体、どうすればいいのだろうか?


「パパ~!ママ~!」


 唐突にそんな声が聞こえて、扉が勢いよく開かれた。俺と美保はビクリとして、さほど離れずに扉の方に顔を向ける。


「ま、まるちゃん!?起きたの!?」


「っていうか、なんでここが……!?」


 まるちゃんが美保の部屋に入ってきたことに、俺と美保は驚きを隠せない。まるちゃんは寝ていたはずだし、俺たちが美保の部屋にいることも知らないはずだ。


「ま、まるちゃーん!ご、ごめんなさい二人とも!起きたらパパとママの所に行くって聞かなくて……!邪魔しちゃってな――」


 すると、まるちゃんの後ろから長井さんが現れた。そして、抱きしめはなくなったものの密着している俺と美保を見て、長井さんは言葉を止める。


「あ、あら!い、今からだったのね!ほ、ほらまるちゃん!パパとママは今から愛し合うから――」


「「違います!」」


 やはり誤解をした長井さんに、俺と美保は声を合わせて否定した。これ以上言わせないために、俺たちは更に言葉を続ける。


「もう話終わってます!だから大丈夫ですよ!」


「そ、そうだよ!まるちゃんも、1人にしてごめんね?」


「うん!大丈夫!大事なことしてるって言ってたから!」


 美保の謝罪に対して、まるちゃんが頷いてそう言った。まるちゃんに伝えてくれていたのは嬉しいが、表現がよろしくない。


「つ、つまり、事後、なの……?」


「「だから、シてない!」」


 長井さんの言葉に、俺と美保は声を荒げて同時にそう言った。まるちゃんもいるのに、何を言っているのかこの人は。


「ねえねえパパ、ママ。じご?って何?何をしてないの?」


「……まるちゃんは、知らなくていいことだ。気にしなくていいぞ」


「……そうだよまるちゃん。ほら、早く降りようね」


 美保は立ち上がって、まるちゃんを部屋の外へと誘導する。俺もそれに続いて、長井さんと共に歩いた。


 これで、美保と離れてしまった。離れなければと思っていても、いざ離れると名残惜しさを感じる。


「ほ、本当に、エッチしてないの……?」


「だ、だから、シてませんって……!」


 長井さんは俺と一緒に美保とまるちゃんの後ろを歩きながら、俺にそう問いかけてきた。俺は驚きながらも、長井さんの問いに対して事実を伝える。


「そ、そうなの……。じゃあ、どんな話をしてたの?」


「……美保の、過去を教えてもらいました」


「っ!?」


 俺が美保と話した内容を告げると、長井さんは目を見開いて俺を見てきた。俺はそんな長井さんの反応を予想していたので、特段驚かない。


「み、美保ちゃんが、話したの……?」


「……はい。話してくれました。その上で、守ることを誓いました。美保に、まるちゃんを。夫として、パパとして。家族を、守ります」


「……そう」


 俺はそう、力強く長井さんに宣言した。俺の言葉を聞いた長井さんは微笑みながら、頷いてくれる。


 すると、長井さんは俺に、頭を下げてきた。流石にこの行動を予想していなかった俺は、あたふたと戸惑ってしまう。


「ちょっ!?な、なんで頭下げてるんですか!?顔を上げて下さ――」


「ありがとう小田君。美保ちゃんとまるちゃんを、そこまで想ってくれて」


 俺の言葉は、長井さんによって遮られた。長井さんは続けて、俺に語りかけてくる。


「美保ちゃんも、受け入れてもらって本当に嬉しかったと思うわ。だから、だからどうか……。美保ちゃんを、まるちゃんを、よろしくお願いします」


「……はい。必ず、守ります」


「……うふふっ。そこは、幸せにします、じゃないの?」


 俺は長井さんの願いに深く頷いて、再度誓った。だが、長井さんからそんな指摘が飛んでくる。


 ……確かにそうだが、幸せにするとは言えない。俺も恋愛的な意味で美保のことが好きだというわけではないし、美保もそうだろう。


 それに美保には、曲がりなりにも彼氏がいる。幸せにするというセリフは、本当に好きな人に言うまで、好きな人に言われるまで、取っておいたほうがいいと思ったのだ。


「何してるのー?二人ともー。もう私とまるちゃんは階段降りてるよー」


 すでに階段を降りていた美保から、そう声がかけられた。どうやら、俺と長井さんが付いて来ていないことに気付いて、声をかけてくれたようだ。


「ああ。すぐに行く」


 俺は美保にそう返し、長井さんと共に歩き出す。俺が守りたい、新しい家族の元へと。

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