第37話
美保のベッドの上でしばらく待っていると、グラグラと揺れ始めた。俺自身がベッドを揺らしているわけではない。
これは地震だ。だが、そんなに大きい地震ではない。どこかに隠れる必要はないだろう。
すると、その地震のせいだろうか。ベッドの奥の方から何かが木に当たった音がした。
「な、なんだ……?」
何が落ちたのか気になった俺は、ベッドと壁の間を見る。すると、小さい木で作れた棚の下に、小さな黒い猫のぬいぐるみがあった。
「ぬいぐるみ……?美保、そんなの持ってたんだな」
俺はそのぬいぐるみを持って、元々あったであろう棚の上に戻そうとする。猫のぬいぐるみは尻尾が棚に当たっていたので、その時の音だろう。
だが、俺の手は猫のぬいぐるみを一度俺の近くまで持ってきた時に止まってしまった。なぜなら、その黒い猫の尻尾の先が少し焦げていたからだ。
「なんで、焦げてるんだ……?」
美保が火の扱いを間違えて、焦がしてしまったなんて考えられない。焦がされたのか、何かしらのことがあって焦げたのか、どちらかだろう。
そこは美保に聞いてみないと分からないが、恐らく後者だろう。焦がされたというのは、想像しずらい。
「信護君、大丈夫?さっき、揺れた――」
俺が黒い猫のぬいぐるみをじっくりと観察していると、美保がトイレから帰ってきた。美保は俺がぬいぐるみを持っているのを見て、言葉を途中で止めて固まってしまう。
「わ、悪い!その、このぬいぐるみが地震で落ちたから、つい……!」
「……あっ。だ、大丈夫だよ。それで、地震は……?」
「お、俺は大丈夫だ。そんなに大きくなかったし……」
「なら、良かった。後、そのぬいぐるみは直さなくていいよ。今からする話に、関係あるものだから……」
美保はそう言って、視線を下に向けながら俺の隣に腰かける。美保の過去に関係があるということは、この焦げた尻尾の先が焦げているのも、美保の過去にあるのだろうか。
「……分かった。ここに置いておく」
俺は美保と俺の間に、その黒い猫のぬいぐるみを置いた。俺と美保の間には、そのぬいぐるみが置けるだけのスペースがあったのだ。
「うん。……じゃあ、話すね」
「……ああ」
俺がぬいぐるみを置いてから一瞬の静寂があったが、すぐに美保が話し始めた。自らの、過去について。
「まずはね信護君。児童養護施設にいる子たちは、どんな子たちが多いと思う?」
「え?」
最初から美保の過去の話がされると思っていた俺は、美保からの質問に動揺を隠せなかった。だが、美保が顔を上げて俺の方を真剣な目で見ながら話してくるので、俺は自分のイメージをそのまま伝える。
「え、えっと……。やっぱり、親がいない子たちとか、捨てられた子たちとかじゃないか?まるちゃんみたいな……」
「そう思うよね。でも、実際はそんなことないんだよ?」
「えっ……!?そ、そうなのか?」
「うん。児童養護施設で暮らす8割以上の子どもは、両親、もしくは片親がいて、なかでも母子家庭の子たちが多いの」
美保から言われたのは、俺が知りえぬ事実だった。俺の中で児童養護施設は、まるちゃんなどの親がいない、見つからない子たちが住む施設だったからだ。
「な、なるほど……。その子たちの児童養護施設に来た理由は、何が一番多いんだ……?」
「一番多いのは、家庭内虐待かな。療心学園の子たちも、この理由が多いよ」
家庭内虐待、か。確か、年々増加しているはずだ。深刻な問題だろう。ここでその話をするということは、美保もそうなのだろうか。
「……美保も、それで?」
「……ううん。私は、珍しい方だよ」
「じゃあ……」
「……うん。私は、親族を全員、失ったんだ」
美保はそう言って、目線を黒い猫のぬいぐるみに向けて、左手をそのぬいぐるみに添えた。俺はそんな美保を見て、どんな話をされても受け止められるように身構える。
そして美保は、右手をギュッと握って拳を作った。これから、美保の残酷な過去が、話される。
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