第36話
長井さんから逃げ出した俺と美保は、いつもよりも速足で歩く。美保に先導されながら、階段を上った。
「……こ、ここが私の部屋だよ」
そう美保が言ったのは、階段を上がってすぐの事だった。美保はそのまま、部屋の扉を開く。
「お、おう……。お、お邪魔します……」
俺は美保に続き、ゆっくりと美保の部屋に入っていった。そして俺は、初めて入った異性の部屋を見渡す。
美保の部屋は市菜の部屋に比べてスッキリとしており、ちゃんと片付けられていた。ベッドはシングルで、机の上には勉強道具や教科書が綺麗に並んでいる。
だが、市菜の部屋にあるような可愛いぬいぐるみや、少女漫画などは置いていない。あるのは、生活や学校に必要なものばかりだ。
「……ちょっと。そんなに見渡さないでよ。何にもないけど……」
「す、すまん。異性の部屋に入るのが初めてで、気になって……」
「もう。いいけど……。それより、座ってよ。話さなきゃだし」
「そ、そうだな。ところで、どこに座れば……」
「ベッドに座って。二人で座れるのは、ベッドしかないし。ほら」
美保はそう言って、先にベッドに腰かけた。だが、俺はすぐに美保に続くことができない。
美保がいつも使っているベッドだ。そんなすぐに座りに行けるはずがない。
「どうしたの?早く座ったら?」
「あ、ああ。悪い……」
美保に急かされたので、俺は躊躇いながらも美保の隣に腰かける。すると、美保から話し始めた。
「……まず、何から話そうか?」
「そ、そうだな……。やっぱり、勝と羽木に話す話から纏めないと」
やはり、早急に話さないといけないのはそれだろう。その中でも、俺たちの関係をどう説明するか、だな。
「まるちゃんのことは、そのまま話せるよね?問題は……」
「ああ。美保、お前のことだな」
「そう、だね……」
美保が児童養護施設に住んでいること。これを言うのか否かが大きな問題だ。中学から一緒にいても、俺以外知らないことということは、言いたくはないのだろう。
「……やっぱり、言わなきゃ、ね」
「……いいのか?言いたくないんじゃ……」
「うん……。中学に入った時は、そうだったんだ。避けられるかもしれないし、どう思われるかも分からないから、怖かったの」
やはり、そうだったのか。美保が感じた思いは、俺にも理解できる。最初から、そんな重い話はしたくないはずだ。
「それは、そうだな。俺だって、最初から言われたていたらどう思ってたか分からない」
「あははっ。信護君なら、絶対優しくしてくれてたと思うよ。今だって、私に寄り添って待ってくれているんだし」
美保にそう言われて、俺は頬を書いて照れてしまう。そこまで言われると、とてもこそばゆい。
「そ、そうか……?」
「そうだよ。そう思うからこそ、言えると思うの」
「ど、どういうことだ?」
「私はもう、信護君をある程度知ってる。だから、信じて言えるの」
……そういうことか。確かに俺たちは、中学から高二の今に至るまで同じ学校で過ごし、関わってきた。
ここまでくると、お互いのことをある程度は知っていると言える。高二までは関係は薄いと言えど、関わってきたのは事実だ。
だからこそ、今はもう信じれると、美保は言うのだ。俺に対してそう言えるのだから、きっと勝と羽木にも。
「……そうか。美保がいいって言うなら、止めはしない」
「うん。でも、まずは照花ちゃんと柴田君だけにしようかな?」
「ああ。その方がいいと思う」
「……私が児童養護施設にいるって話すなら、なんでいるかも話さないと、ね」
美保はそう、顔を下を向けながら言った。それは、美保が児童養護施設にいることを最初に知った俺も、知らない話だ。
「大丈夫、か?辛い話だったり……」
「辛い話ではあるけど、大丈夫。いずれ、話さなきゃいけないって思ってたし……」
「……そうか」
会った時からずっと、気になってきたことだ。だが、美保の気持ちを考えると、無理に聞くことは出来なかった。
ずっと知りたかった、美保の過去。それがついに、美保の口から明かされようとしている。
「……その前に、ちょっとお手洗いに行ってくるね。そのまま待ってて」
「お、おう」
美保はそう言って、この部屋から出て行った。本当にトイレに行きたかったのか、もしくは気持ちの整理をつけに行ったのか。
その理由は分からないが、美保が出て行ってしまった以上、このままここで待つしかない。俺は美保のベッドに座ったまま、小さく息を吐いた。
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