腹黒少女は今日も人間不信

ほのもの

プロローグ


深い森の中。家に帰る途中に奇妙な音を聞いた。

今まで歩いていた獣道を外れ、耳をすませて音源に近づけば、金属がぶつかる高い音と怒鳴り声が聞こえてくる。


(また冒険者か…?)


ノアは溜息をついた。ここ1ヶ月ほど、森の深くまでやってくる冒険者が増えた。

それも力量のそぐわない者が多いから嫌にもなる。

ここは力の無い者がやっていけるほど優しい場所ではないのだ。


古く黒ずんだ大木に身を寄せ、音が止むのを確認して顔を覗かせれば、そこには案の定モンスターと対峙する冒険者がいた。

まだ10代後半だろうか、若い男は年相応の、しかし森の奥へ来るには頼りない薄い防具と周囲を鮮やかに反射する細剣を構えていた。

目には強い意思と僅かな恐れを浮かべてモンスターを見据えている。


対するモンスターは熊のようだが、手に生えた鋭く厚い爪が普通の獣ではないことを示していた。

剣を向ける冒険者に唸り声を上げる後ろには、倒れた人影が見える。


先程までの激しい音はその人物によるものだったのだろう。

倒れている者もまた冒険者のような格好をしており、その防具は酷く傷つき赤く汚れている。

モンスターの陰に隠れ詳しい様子は分からないが、とても無事とは思えない。

若い冒険者があまり傷ついていないのを見るに、彼を庇ったのか……。


ノアはもう1度溜息をついた。

おそらくあの若い冒険者では勝てないだろう。なぜここにいるのか事情は分からないが、ここに来るのは彼にはまだ早い。

見た目を整えただけの機能に劣る装備に、相方がやられてもモンスターを倒そうという己の実力への過信がノアをうんざりさせた。


放っておけば彼は死ぬ。

倒れている彼の相方は見るからに重症で生きていたとしても戦えないし、こんな森の中で、人が通りかかることなど奇跡に等しい。

ノアが助けなければあのふたりは死ぬのだ。




ノアは逡巡した後、静かに大木から離れ、目の前の光景に背を向けて歩き出した。


(身の程をわきまえずにこんなところまで来たんだ。なるようになるだろ)


もちろん助けるべきか悩んだ。しかし考えては見たものの、ノアにとってこの状況はどうでもいいのだ。

見知らぬ冒険者もモンスターも、どちらが死んでどちらが生き残ったところでノアには何も関係ない。


強いて言えば、冒険者が生き残って街へ帰り、ノアのことを周囲に言いふらされると少々迷惑だが、その程度のことだ。

見知らぬ冒険者に死んでほしいと思うほどのことではないし、自分の行動には責任を持って、自分で抗えばいいという結論に至っただけだ。


ノアは考えるのをやめて日が暮れる前に帰路を急ぐことにした。

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