第21話 「白銀の聖少女」が唯一惚れた男、それが俺!(その3)

「あの~、一緒にご飯食べませんか?」


 私は巨木の下にいるブレイブに声を掛けてみました。


 私の小屋は巨木の上にある小さなツリーハウスです。

 彼はその根元の風が当らない場所で野宿していました。


 あの後、帰り道は二人で会話をしました。

 と言っても、彼は私から『魔辺境伯について』と『周辺の地形や状況』について聞き出しただけでしたが。


 私の家がココだと言ったら、彼は少しだけ眉を動かしていました。

 驚いたのでしょうか。


「森の中に一人で住んでいるのか?」


 私は「野宿は寒いし危険だから、中に入って下さい」と言ったんですが、彼は「ここでいい」と。

 それで「食事だけでも一緒に」と思って誘ったのです。


 彼は私をしばらく見上げていましたが、


「スープが冷めてしまいますので」


 と言うと、やっと上がって来てくれました。


 私が作ったのは、アール豆とジャガイモと紫ニンジン、それに塩漬け鳥肉のポタージュスープ。

 彼に手渡すとボソッと「ありがとう」と言いました。


……誰かと一緒に食事をするなんて、本当に久しぶりだな……


 私は何となく、心が温かくなるのを感じていたのです。

 彼はスープを一口啜ると「うまい」と、やはり小さな声で言ってくれました。

 気恥ずかしくなった私は、その雰囲気を打ち消すために質問をする事にしました。


「アナタはココに魔辺境伯を倒すつもりで来たのですか?」


「別に、必ず戦うつもりで来た訳じゃない」


 その後で彼は小さく声に出さずに笑いました。


「『倒すつもり』と言ったって事は、俺には魔辺境伯は倒せない、と思っているんだな」


「それは当たり前です。たとえ大人の、名を馳せた冒険者だって魔辺境伯には勝てません。いや、帝国の騎士団だって勝てるかどうか。ましてやアナタはまだ子供ですよね?」


「俺は自分が子供とは思ってない。おそらく俺の回りの人間も子供とは見てないだろう」


「何歳なんですか?」


「15歳だ」


 私は何度目かで彼を見つめました。

 確かに体格はいいけど15歳にしては幼いような。

 私と同じ歳くらいに思えます。


「アンタはいくつなんだ?」


「13歳になりました」


 私は答えながら、空になった彼のスープ皿を半ば強引に手に取り、お代わりのスープを注ぎました。


「その年齢で魔辺境伯に目を付けられたのか?」


 二杯目のスープを受け取りながら、彼が尋ねます。


「そういう訳じゃ……ただこの近辺の村は一年に一度順番に、若い生娘を魔辺境伯に差し出す決まりになっているんです。そして今年はターサカ村の番と言うだけの事……」


「嫌なのか?」


「それはそうです。魔辺境伯の城に自分から進んで行きたい人なんていません」


「嫌なら逃げ出せばいい。アンタはターサカ村に住んでる訳じゃないだろ?」


「私の伯父一家はあの村に住んでいます。それに私が逃げれば、他の誰かが犠牲になってしまう……」


 彼はスプーンを弄んでいました。


「嫌なら俺が魔辺境伯を倒してやるよ。このスープの礼だ」


 事も無げにそんな事を言う彼を、私は驚いていました。


 ……きっとこの人は、まだ駆け出しの冒険者なんだ。魔辺境伯の強さ、恐ろしさを、全く理解できていないんだ……


 だけど私の心には、彼の言葉がジンと響いていました。

 嘘でも無知でも、私のためにそんな言葉を言ってくれる人は居なかったから……


 私は零れそうになる涙を見られないように、彼に背を向けて自分のスープ皿を片付け始めました。


「今夜はどうかこの小屋に泊まって行って下さいね。こんな夜に外なんかで野宿したら凍死してしまいます。それでなくても雪オオカミや他のモンスターがうろついていますから」


 彼は黙っているので、私は重ねて強い調子で言いました。


「絶対にですよ!本当に外で寝るなんてダメですからね!」


「解ったよ。ありがとう」


 そう答えた彼の声は、やはり小さなものでした。



 翌朝、私は目覚めると最初に、彼の姿を探していました。

 彼は昨夜と同じ場所、暖炉の前で自分の寝袋の中で丸くなっていました。

 そっと近寄ると、彼の横顔だけが見えて……そのあどけない寝顔は『勇者』とは程遠い『普通の少年』のようでした。


 私はしばらく、そのそばに座って彼の寝顔を見ていました。

 誰かと、しかも同じ年頃の男の子と、一緒に朝を迎えるなんてこれも初めてだったので。

 しばらくすると彼が薄く目を開けました。


「アンタか?」


「よく眠れました?」


「ああ、久しぶりにぐっすり眠れた。この旅に出てからは、何かと眠れなかったから」


「それは良かったです」


 彼は起き上がると寝袋をたたみ、自分の荷物をまとめ始めました。


「もう行くんですか?」


 ……もう少し、ゆっくりしていって欲しいのに……


 私がそう尋ねると、彼は首を縦に振りました。


「ああ、すっかりゆっくりしてしまった。今日は城の周囲を見ておきたい」


「城に行くんですか?そんな危険な!」


「別にどうって事ないさ。今日は周囲を見て回るだけだ」


「それだけでも十分に危険です。それなら私も一緒に」


「いや、アンタと一緒にいる所は見られたくない。それと俺の足にアンタは付いて来れないからな」


 その言葉には反感を覚えましたが、何故か有無を言わせない雰囲気がありました。

 全ての準備が終わった彼が尋ねました。


「アンタが魔辺境伯の城に行くのはいつだ?」


「城に入るのは明後日の昼過ぎです」


 彼は何かを考えているようでした。


「アンタに二つ頼みがある。魔辺境伯の城に入ったら裏門の鍵を開けておいてくれないか?俺は日が沈んだら城に潜入する。明るい内はアンタが何かをされるって事もないだろう」


「本気ですか?本当にあの城に潜入すると?」


「『魔辺境伯を倒して、アンタを助ける』って、昨日約束しただろ」


 私は思わず下を向いて、両手を胸元で組んでいました。


「もう一つの頼みは何ですか?」


 しばらくの間の後、私はそう聞き返しました。


「あの城のどこかに『17歳くらいの黒衣の少女』の古い肖像画があるはずだ。それがどこにあるのか、探してくれないか?俺が城に入ったら教えて欲しい」


「そんなものを、どうしてあなたが?」


「訳は聞かないでくれ」


 小屋から出ようとして、彼は振り返りました。


「それじゃあ、明後日の夜に城で」


「期待しないで待ってます」


 私は朝日の中で消えていく彼に、そう答えるのがやっとでした。



>この続きは、明日7:18投稿予定です、

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