第七話 また、お会いしましょう

「ばぁかやろおお!」


 アルの顔に唾か飛ぶほどの大声で、雪深がどなった途端、驚くアルの胸倉はつかまれ引き寄せられる。ぐんぐん雪深の顔が近づき、唇にかみつかれそうな勢いで、キスをされた。


「雪深がキスするかどうか迷ってたから、俺がかわりにしてやった。ありがたく思え。その代わり、残りのドイツ語のテキスト訳せよ」


 胸倉をはなし、ニヤニヤしながら雪深の顔をした勘十郎が青い目でアルを見下ろした。


「なんで勘十郎? 眠りについたんじゃなかったのか」


「雪深が俺の存在に気づいてから、簡単に出てこられるんだって今わかった。これって便利だよな。入れ替わりが楽で」


 二度目の今生の別れをしたはずの弟が、もう帰ってきた。もうちょっと、間隔をあけてもいいんじゃないだろうか。


 アルはそう言いたかったが、そんなことを言えばますます雪深が戻ってこないのでぐっと我慢する。


「じゃあ、今キスしたの勘十郎なのか?」


「あれっ、不服そうだな。いいじゃん。おんなじだし」


「全然違う! 雪深の意思でしてほしかった」


「中学生みたいなこと言うな。そもそも兄上が悪いんだろ。今さら思わせぶりなタイミングで好きだとかいうから。雪深ドンびいてたぞ」


「だって、まだはっきり言ってなかったし。前世の恋人まで現れて、邪魔されたくないじゃないか」


 いじいじとすねた顔をして、中学生男子のようなセリフをはく。


「肝っ玉が小さい……って雪深が言ってるぞ。中で」


「どういうことだ。雪深は今目覚めてるのか?」


「そうみたい。今までにない反応だなあ。やっぱ俺らすごくねえ? 雪深も便利だってさ」


 がばりと、アルは勘十郎になっている雪深の両腕をつかみ乱暴にゆすぶりだした。


「雪深、そんなこと言わずに早く戻って。そうしたら、ドイツ語でもなんでも訳をするから」


 必死な兄の姿を冷たく一瞥する勘十郎の顔に、酷薄な笑みが広がる。


「まあ、待てよ。俺も二十二で兄上に殺されて青春全然おう歌できなかったわけだし。今楽しむのもありだよな」


 アルの額に冷や汗が伝う。このままこの弟に雪深の体で好き放題されては困る。なんとか穏便に元の持ち場に帰ってもらわないと。

 そんなあせるアルをあざ笑うように、内玄関が開く音がした。


「おーい、何騒いでるんや。雪深また伯父上のとこにおるんか。もう勉強はええかげんにしいや」


「おっ、わが息子に会えるチャンス!」


 来世で巡り合った息子に、勘十郎は色めき立つ。あせるアルは、勘十郎の腕をとろうとしたが、すばやくかわされた。


「待て、信澄は父親にあこがれと幻想をいだいているんだ。チャラいおまえが出て行ったらショック死する。やめろ!」


 アルの制止を無視し、勘十郎はふすまを勢い良く開け放つ。


「息子よ。すっかりじじいになりやがって!」


                 *


 おじいちゃんの悲鳴を聞きつつ。私はため息をついた。


 今までは勘十郎が表に出ている時、意識はなかった。それが今はばっちりと入れ替わった後も意識がある。

 安全圏に身をおいて、VRをながめているような体感。


 おもしろいなあ。こんな状況楽しまないとやってられない。

 私の体で勘十郎がおじいちゃんに抱きつき、それをアルがとめるという混乱につつまれた外の世界。そこと違って、ここはとてもぬくくて居心地がいい。


 とりあえず修羅場が収まるまで、入れ替わらなくてもいいかな。そうきめてしまえば、眠気がひたひたと押し寄せてきた。

 やばいこのまま眠ってしまいそう。


 試験は勘十郎がかわりに受けてくれないかな。そんな虫のいいことを思いながら意識が遠のいていった。


 まあいいや。ひと眠りしても、アルにはまた会えるんだから。

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