第二十話 その後  

 あと少しで、唇が触れあうその刹那、アルの口がむんずと雪深の手のひらにおおわれる。


「ふぃはさはへいほうすふ(今さら抵抗する)?」


 その言葉は無視され、組み敷いた雪深に腹を足蹴りされ床まで吹っ飛ばされた。


「いった! なんなんだ」


「なんなんだって、こっちが言いたいわ! おまえら何やってんだよ。兄妹設定でいくんじゃなかったのか」


「勘十郎か……」


 アルはしたたか打った腰をさすりながら、青みのおびた目で見下ろしている雪深を恨めし気ににらむ。


「なんだその残念感……前は俺が出てきて喜んでたろ。喜べ!」


「喜べるか! この状況で。あとちょっとだったのに」


「おまえら俺が止めなかったら、確実におっぱじめてたよな」


 雪深の顔をした勘十郎はベッドの上で頭をかきむしる。


「ないわあ、兄上とやるとかまじありえねえ」


「男と寝た事ぐらいあるだろ、おまえ。男の愛妾がいたじゃないか」


蔵人くらんどのことか……」


 あぐらをくむ勘十郎は、思案にうつむく顔をハッとあげた。


「いや、話をもどせ。男だからとかじゃない。兄上が嫌なんだ」


「雪深はその気になってるんだ。邪魔するな」


「いやいや、俺が雪深なわけで。俺が嫌がってんだから。紳士なアルフォンソさんは無体なことしねえよな。それに、雪深は前世の事思い出したぞ。このままやったら兄上確実に腹上死だかんな」


「とりあえず、やってみないとわからないだろ。勘十郎、早く引っ込め」


 アルは再びベッドに膝をつき勘十郎の腕をとる。


「何逆にやる気になってんだ。このフェロモン野郎! さっき西口のコンビニでゴム買っただろ」


「男のエチケットだ」


「信じらんねえこいつ。雪深の前では好青年ぶりやがって」


 二人は、ベッドの上でがっぷり四つに組み、押し問答を始めた。


「自ら命をたとうとした雪深を助けたのは、おまえだろう。そこは感謝にたえないが、今はもう助けはいらない」


「勝手だなあ。今こそ雪深の貞操の危機だっつうの」


「彼女は成人してる。本人の了承があればいいんだ」


「だから本人の俺が了承してねえって言ってんだろ」


「あー、ややこしい!」


 アルの咆哮は、広いスイートルームの隅々まで震わせた。

 しかし、その咆哮に呼ばれ雪深が目ざめる事はなかった。

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