第十三話 本当の兄

 レンガ造りの講義棟に囲まれた大学の中庭へ、やさしい冬の陽光が降り注ぐ。

 学食でお昼を食べた後、講義が始まるまでベンチに座り暇をつぶしていた。


「もうすぐ、バックが完成しそうなんだ。結局編むだけで二週間かかって、後は持ち手をつけるだけ。でも、なんか地味なんだよね。それで、アルさんがつまみ細工でチャーム作ってくれるって」


 バックはほとんど彼の事務所で編み上げた。大学から帰ると事務所にいってバックを編むのが日課になっていた。


 同じ空間にいても、特にしゃべるわけじゃない。

 お互いの作業に没頭するだけ。彼はパソコンで設計図を書き、私はひたすら手を動かして編む。


 時より思い出したように、どちらかが独り言みたいに話し出す。

 今日のご飯何にしよう。空が暗くなってきたから、洗濯物が心配。なんてどうでもいいこと。


 薫はつまらなさそうに、小さな爪にワインレッドのネイルが施された指でスマホをタップしている。私はかまわずしゃべり続けた。


「私もアルさんにつまみ細工ちょっと教えてもらったんだけど、すごく難しい。

 手はのりでベタベタになるし、そのベタベタが布についたら台無しだから、神経使う繊細な作業なんだ。

 でもね、布合わせはすごく楽しくて、いろんな組み合わせ出来るんだよ。結局私が気にいった布で作ってもらう事になって……」


「もうアル自慢はええから。私は興味ない」

 長い髪を耳にかけながら、薫にかるくにらまれる。私は謝るしかない。


「いつまで兄妹設定でいくつもり?」


「いや、設定とかじゃなくて」

 いつも毒舌だけど、今日は一味違うな。私なにか薫の気に障ることしたかな?


「妹萌えの設定で、いちゃついてるバカップルにしか聞こえへんけど」


「バカップルじゃないもん。本当に兄妹と思ってるし」

 薫の辛辣な指摘に、むきになって反論する。


「まっそのほうが、おじいちゃんだませるもんな」


 バカップル認定より、そっちの方が、胸にくるな……。

 おじいちゃんは、未だに彼の事をゲイだと思っている。なので、私が事務所に入り浸ってもなんの不信感も持ってないようだ。


 いや、こっちだってやましいことなんか何にもないんだから堂々としてるけど。

 もし、仮に万が一にもアルさんとお付き合いとなれば、全力で隠し通さねば、東京へ強制送還される。


「バカップルでも、兄妹でもどっちでもええけど、最近雪深が明るいのはええこと」

 赤い薔薇のくちびるの端を少し上げて笑う。


「アルとお泊りするんやったら、うちの名前出してもええで」


「そっ、そっ、そんな……お泊りとかしないよ」

 うろたえる私なんて完全に無視して、薫は言った。


「本当の兄とはいつ会うの?」


「……今週の日曜」


                   *


 人工大理石が輝く、まばゆいばかり空間。鏡の前で私は服装のチェックをする。


 パステルピンクのツイード生地のワンピース。普段絶対着ないとてもフェミニンな洋服。それに、スモーキーピンクのハイヒール。もうすでに足がいたい。

 小脇にはスノーホワイトのエーラインコートをかかえている。


 高校生の時、最後に出席した父の後援会のパーティーのため、お兄ちゃんの見立てで買ってもらったひとそろえ。


 パーティーで一度だけ着て、後はクローゼットの奥にしまっていた。

 それを今日引っ張り出して着ている。京都行きの荷物に入れたのは母だった。ちゃんとした場に出る服は持っていなさいと言いながら。


 これに合わせて買ってもらった、バックがいくら探しても出てこなかった。なので今持っているのは先日完成した、毛糸のバック。バケツ型の本体に輪っかの取っ手。


 うん、かなり可愛く出来上がった。網目も何回も編みなおしたから、きれいにそろっている。


 彼に作ってもらったつまみ細工のチャームが、鏡の中でゆれる。

 私が選んだブルー系の生地のお花、その下に市香ちゃんにタッセルをつけてもらった。


 私は大きく息を吸い、おばあちゃんの木のハンドルを強く握りしめる。

 よし、完璧ないいとこのお嬢さんに見える。明るいパステルピンクの相乗効果かとっても明るい子に見える。


 化粧室からシックなムード漂うロビーをうかがった。街はクリスマスを控えた平日。京都駅に隣接するこのホテル。ロビーにいる人々は観光客が主だが、スーツ姿のビジネスマンの姿も多い。


 そこに、ダークスーツの集団を発見する。その中心にお兄ちゃんの姿を確認。

 鬱々としたものはトイレの便器に流し、陽キャの兜をかぶった私は出陣する。


 いざ、ゆかん。敵陣へ!!


「お兄ちゃん、おっまたせえ。お化粧直ししてたら、遅くなっちゃった」


 自分でも驚くほど、頭空っぽの声がでた。みんな、突然あらわれた、今をときめく政界の寵児のあほそうな妹に恐れをなし、モーゼの十戒のごとき人垣が割れる。


 割れ目の先で、生まれながらの貴公子が両手をひろげ私を迎えた。


「久しぶりだね、雪深。ダメじゃないか、時間は守るように何時もいってるだろう」


「ごめんなさーい、お兄ちゃん」


 ダメな妹を諭す完璧な兄。素直に従うかわいらしい妹。周囲はほほえましいこの兄妹のやり取りに、頬を緩める。


「さっ時間がない、ラウンジでお茶でもしよう」


 この一言で、秘書の方々が人垣に頭を下げお開きを促す。私は兄にエスコートされ、ロビーのお隣にあるラウンジへ向かった。

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