第十二話 鍋パーティー

 ダイニングテーブルの上には、カセットコンロが置かれ鍋がぐつぐつと煮え、おいしい湯気をあげている。


「市香ちゃん、白菜の芯ってざく切りにするよね。それなのにアルさんはそぎ切りって言うんだよ。おかしくない」


「そぎ切りの方が煮えやすくなるし、光流くんも食べやすいんです」


「白菜は、シャキシャキ感がおいしいのに。アルさんわかってない。やだ、そんなにきっちり方向までそろえて、菊菜(春菊)入れることないでしょう」


 私は菜箸を握るアルはんを威嚇する。

なんと、鍋奉行は二人いた。このパーティーはあれる……。


 私は料理に頓着しないが、ここに住み始めて、おじいちゃんがもっぱら鍋は食べる専門なので、私が鍋奉行になり、天下を握っていた。


それなのに、今日は彼が横やりを入れるもんだから。


「ミツヒデはどっちもおいしいけど」


 五歳児に気を使われても、お互いの野菜の切り方が気に食わない。


なんとしても市香ちゃんを味方につけなければ、この戦確実に負ける。


「えー私はー」


 二人は市香ちゃんの口から洩れる言葉に集中した。


「手でちぎる」


 同時に、非難の声が。


「そんな大雑把な!」

「形が不揃いになるじゃないですか!」


「だって、ちぎったらギザギザのとこに味がしゅんでおいしいんやって。ためしてみ」


 そういうと、芯の部分を手でちぎり鍋に投入。頃合いをみてあるはんと私の器に入れた。


ふーふーしてから口に入れる。


 昆布こぶを入れ薄口しょうゆと酒を入れた出汁に、鰤の油が溶け込んだ最高においしいおつゆが白菜にからみつく。


 完敗……リアル主婦の勝利だった。しかし、私は釈然としない。

 

そもそも、あるはんが折れればいい話だったのだ。ここは、土田家なんだから、郷に入っては郷に従えっていうのに。


 昔は私のいう事何でも聞いてくれたのに。性格かわったんじゃない?


 自分の愚痴にハッとする。

 ……昔って、いつの事? 彼とあったのは、つい二ヶ月前の事。それを昔だなんて。もっと前の彼を知ってるっていうの? それは勘十郎の記憶では……。


「なんか、むきになってるとこほんまの兄妹みたいやな」


 市香ちゃんが二人を見て笑う。

 彼は屈託なく笑っているが、私は笑えなかった。


「白菜の切り方なんてどうでもええわ。今日は寒ブリが主役や」


 おじいちゃんのぶった切りに救われ、私は口の端を無理やりあげる。


「寒ブリには佐々木酒造の大吟醸や。きりっとした辛口のひやが、華やかな新酒の香りと共に鰤の油を包み込んで喉の奥にすべっていく。至高の瞬間やがな」


 氷のポケットがついた冷酒用のガラス徳利を傾けて、おじいちゃんは言う。カランと氷がなり、瑠璃色のガラスに光が反射していかにもおいしそうに見えた。


「アルはんも飲も」


 ガラスのおちょこに、とくとくとお酒をつぎ、差し出した。


「鶴じいちゃん、アルさん自転車やで」


「車ちゃうんやし、ええやろ」


「今は、自転車でも違反切符切られるんだよ」


 女性二人から攻撃されたおじいちゃんが不憫だったのか、

「いただきます。帰りはタクシーで帰りますから」


 と言った彼に、おじいちゃんはおちょこを渡し、飲むよう催促した。

 彼の喉仏が、上下し顔をしかめて大きく息をはいた。


「おいしい! 鍋でほてった体に、キリっとしたのど越しがいいです」


 そのセリフを聞き、おじいちゃんはドヤ顔をする。彼の飲む姿を見てたら、こっちまで飲みたくなってきた。私のもの欲しそうな顔を見たからか、彼がおちょこを差し出す。


「雪深さんも、どうですか?」


 私は小躍りしたい気分でおちょこを受け取ろうとしたら、


「ゆきちゃんは、やめとき」

「雪深は、やめとけ」


 二人がハモリ、ストップがかかる。


 私がお酒を飲んだのは、成人式の日のみ。今日のように、おじいちゃんと市香ちゃんがお祝いにフグ鍋をふるまってくれたのだ。その時冷酒を飲んだきり。


 その時の冷酒(たしか佐々木酒造)はとてもおいしく、ついつい飲みすぎてしまい、記憶がなくなったのだ。


 あれ以来、私はお酒を飲ませてもらえない。

 ほろ酔いのあるはんから、鍋奉行の座を取り戻し、最後の締めのおじや(雑炊)まで堪能して、鍋パーティーはお開きとなった。

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