神無月 皐月

第1話

[こんな奴、死ねばいいのに]


[なんでコイツに合わせないといけないんだ?]


[あぁ〜 だるい]


[死にたい…]

世の中は、こんなにも暗いんだ。

初めて、その聲の意味を理解した時怖くなった。


9歳の頃から心の聲を聞くことができるようになってしまった俺、神心 読は心を見ながら19歳になっていた。

心を読める

もちろん、便利な事もある自分に好意を抱いていない相手には近づかなくて済むし、課題なんかも先に分かってしまう事だってある。


だが、それ以上に俺の周りには心の闇を持つ者が多くたまらない。

否、俺の周りでなくても恐らく沢山存在する。

知るか、知らないかの問題だ。


相手の事を知りたい。相手にどう思われているのか知りたい。

人間関係を構築していく上で、誰もが考える事だろう。


だが、知ってしまうと関係が崩れ、その相手を信じられなくなる事はよくある事だ。


人間は苦手だ。

常にそう思っていた。


[読、明日暇か?]

コオロギが鳴く、10月27日。

まだ、夏の残り火をほんの少し感じる事ができる夜の6時。

俺の携帯電話に、1通のメールが届いた。

唯一の友人、七夕 夜からだ。

夜は、背が高く、金髪。

ただのイケメンだ。

性格は活発。

自分が決めた事は、なんでもやってみる。少し、自己中心的な奴だ。


羨ましい。

俺は、背は173cm 顔は、目が二重なくらいで残りのパーツは、普通程度だ。普通の大学二年生。

ただ、やる気なく常にだるそうにしているそうだ。


[何、あのだるそうな奴]

俺の周りからの評価は、大体そんなもんだ。


[暇だけど、どうかした?]


[明日、大学のメンツでフットサルするんだけど来ない?]



[暇って言っちゃったからな。 参加させていただくよ、]


[マジで!!  

時間は、18時00分〜20時00分

場所は、防賀川フットサル場。

参加代は、400円な!!]


[了解!]

携帯電話でのやり取りは、素晴らしい。

心の中を、見てしまうことが無いからだ。


まぁ、夜の場合は俺の事を悪く思ったりしていないから大したものは流れこんで来ないが。


[明日は、予定まで結構時間がありそうだな〜]

一人暮らしのアパルトマンに一室に虚しく声が響き渡る。

大学の課題が溜まりに溜まってしまっている事を改めて自分に確認し、やることを確認する。

一応、摂北大学法学部法律学科に属しているのだ。

法学部は、卒業論文が無いことが多いと聞いて志望した。

動機は不純だが、やりたいことがないのだからいいだろう。


民法の、詐欺事件の裁判のレポート。

刑法の、死刑廃止に関するレポート。


考えるだけで、泣けてくる。 


よし、今日は諦めて寝るか。

先に、寝床を作り、風呂を沸かす。

風呂が沸くまでの時間。

ネットサーフィンし、最低限の話題を探す。

これをしておくと、会話は円滑に進む。

フットサルなら、そこまで話すことは無いだろうが念の為だ。


[ピー! ピーッ!]

風呂が沸いたと、俺を急かす。


[さて、入るか〜]

独り言が増えてきた。

認知症の疑いありだ。

将来気を付けるとしよう。



[はぁ〜]

日本の風呂文化は最高だな。

普段、シャワーしか浴びない人間が何を思うか。

一人の時間は、外的ストレスが無い。

素晴らしいものだ。

世の中の人間は、何故人と多く関係を持ちたがるのだろう。

一人の時間を、味わって見ればいいのに。

まぁ、それも人それぞれだ。


[スッキリしたな〜]

ドライヤーで髪を乾かし、風呂の感想を述べる。

一週間ぶりの湯船だ。

シャワーだけと、湯船に浸かるのとこんなにも違うものなのか。

もう少し、湯船にお湯を張る頻度を上げてもいいかもしれない。


ドライヤーのスイッチを切り、歯を磨く。

大学生は、不健康な食事が多い。

歯や歯ぐきにダメージを与えると、歳を取ったとき歯がなくなる事があり得るかもしれない。

気を付けなければ。



就寝前の支度が全て終わり、布団に滑り込む。

明日は、誰が来るのだろうか。


[嫌な思いをしなければいいな〜]

ウトウトし、夢の世界に誘われる。

暗い世界。

[お前なんか、嫌いだ!]


[え??]

何が起こったのかわからない自分がいる。

さっきまで、普通に会話していた友達から見えた衝撃的な文字。


[あいつ生意気なんだよ]

一緒に遊んでいた友達から、続々と届くメッセージ。


[嫌だ!嫌だ!!  もう聞きたくない!!]

もう見たくない。聞きたくない。

何なんだよ、これ。



[はぁ、はぁ、はぁ…]

天井が見える。

汗まみれになった身体。

疲れきり、立ち上がる活力が沸かない。

外では、俺を励ますように雀が鳴いている。


[これは、あの時の夢か…]

そうこれは、あの時。俺が、心の聲が見えてしまうようになった日の夢。

ただ、ひたすらに辛かった。

友達の化けの皮が剥がれたような。

当然と感じていたそれまでの環境が覆された。

孤独を感じ、混乱し、考え続けたが、気分が悪くなり嘔吐した記憶。


[クソ、クソ!クソ!]

ひたすらに毒づく。

それなりに、慣れたつもりでいたが初めての記憶は鮮明により強烈に俺を追い詰める。



[薄くなっていたのに… どうしてこのタイミングで]

人間不信。鬱。

当時これらを引き起こした、トラウマが蘇ってしまう恐怖。


[しっかりしろ、俺!]

自分は大丈夫だと自己暗示をかける。

少しずつ落ち着きを取り戻し、洗面所に向かって頭を起こす。

冷たい水は、心と頭の熱を取る。

息を整え、今日一日の始まりだ。


トースターで食パンを焼き、フライパンでベーコンエッグを作る。

[運動する日は、しっかり食べないとな…]


朝食を取り、学校の鞄からテキストを探し出す。

民法総則概論

判例集


これだけあれば、レポートは問題ないだろう。

まず、ノートに論点を書き出し、それに伴う様々な説を携帯で調べていく。

そしてそれを最後にまとめ、自分が考えている考察を書き記す。


言葉にすれば単純な作業だが、かなり時間がかかる。

課題のレポートだから、1時間〜2時間で終わるが卒論なんてなると考えただけで目が回る。


昼御飯までに、民法のレポートを。

少し休憩をして、刑法のレポートを完成させ、時間を確認すると15時を過ぎていた。


これだけで、半日が過ぎたと考えると勿体無くなるが、学生の本分である以上、仕方がない。


[さて、家出るのはここから集合の1時間10分前だな]

携帯で所要時間を調べ、出発の時間を決める。

それまでの時間をどう過ごそうか。

晩飯は、恐らく参加メンバーで食べに行く事になるだろうから必要なことが無くなってしまった。


[少し、寝るか]

ここ最近の暑さが無い、このほのぼのとした時間は仮眠には最適だ。

寝不足にトドメの、目の酷使。

回復させておいたほうがいい。


♫〜♪〜

16時30分にかけたアラームが仕事をする。

軽快に流れ出す音楽と、重くもう一度布団に戻りたい俺。


[髭を剃って、顔洗ったら、家出るか〜]

眠そうな声で、携帯電話の画面とお喋りをする。

当然返事は無いが、いつか返してもらえる日が来るかもしれない。



[トレーニングシューズ・着替え・財布。忘れ物は大丈夫だな]


鍵を締め、最後に荷物の最終確認をする。

忘れ物をしては、せっかくのフットサルを楽しめない。


電車に揺られ、向かう道中。

天気もすこぶる良く、出かけるには丁度いい。集合、20分前に着くとまだ誰もおらず先客のプレーを眺めていた。


[あの、オレンジの3番上手いな…]

久しぶりに見る、他人のプレーは新鮮だ。

中学、高校とサッカーをしており、まずまずプレーしていたが大学に入ってからはやる気がでず、部活やサークルには入らなかった。


[よぉ〜 夜!はやいな〜]

相変わらず、時間をしっかりと守る奴だ。

そんな心が見える。

ありがたい。

こうやってしっかりと見てくれている。


そこから続々と、人が集まってきた。


[お疲れ様〜]

コイツかぁ〜


[おつかれ〜!]

あぁ! 見たことある。


[おまたせ〜!]

女の子いるかな〜


人によって様々だ。

何人かの社交辞令を、しっかりと捌き大人な対応をした。


[はじめまして!!]

夜君どこかな〜


女の子二人が、やってきた。

見たことがない顔だ。

メイクが少し強い。

顔は、整っているように見えるのに勿体無く感じる。

髪の毛も、金髪に近い茶髪のロングだ。

恐らく、夜が連れてきたのだろう。

相変わらずのイケメンぶりだ。


[こんばんわ!]

??

にこやかな笑顔は、他の人と同じだが。

見えない。

聞こえない。

何なんだこの子は?

肌が白く、髪の毛は金髪。

まるで、欧州の人間のようだ。

だが、瞳の色は黒。

派手さは無く、落ち着いている。

変な感じだ。



[全員、集まったみたいだな!

この子を紹介するな!

梅木 華

俺達と同じ大学で同級生。

経済学部だ!]


[どうも、梅木 華です!

こっちの子は、同じ学部の波下 白です]

自分をよく見せないと。

そんな心の聲が見える。

まぁ、同然だ。

横に好意を抱いている男性がいるのだから。


[はじめまして! よろしくお願いします!]

やはり見えない。こんな事、今までで一度もなかったのに。

ロボットが話しているような感覚だ。


[それじゃあ、コート入ろうか!]

名前を忘れたが、黒い髪で小さい奴が。先客が退いたのを見て声をかけてくれた。


[へい!隆〜]

俺によこせ!


すぐさま、夜に向かってボールを蹴る。

周りを見てポジションを変えようとする。


そっちに動いたか。

あいつをマークしないと。

どこに出す?


様々な聲が聞こえる中、ふと波下 白が目に入った。

何も感じてない。

感じようとしてない?


少し見ていると、目があったようで軽く微笑んでくれた。

それでも彼女の心は見えない。

バツが悪くなり、軽く会釈して返す。

プレーに集中しよう。

たが、それからも波下 白の心のうちを見ることができない事に、集中を欠いた。



[今日、どうした? 調子悪いじゃないか]


[んー、 特に悪くはないんだけどな…]


[わかった! 女の子が来てるから舞い上がってんだろ〜]


[まぁ、そういうことにしといてくれ]

愛想笑いを浮かべ、軽く手をなんでもないと振る。

どうやら、俺の事を本気で心配していたようだ。

申し訳ないと思いつつ、この日は終始、集中できなかった。


[じゃあ、集金するな!]

コートを取ってくれた、夜がお金を請求する。


[ここのコートは安くて助かるな〜 市内で借りたら一時間でもここの金額超えるぞ]


大学で同じゼミの西峰 涼が感動している。

西峰も、高校までサッカーをしていたが怪我により部活を引退していた。

今では、長身ではあるが肥満寄りの体型になってしまっている。

昔は、細くて速いやつだった。マッチアップした思い出を蘇らせる。

時の流れは、残酷だ。


集金が終わり、晩飯の場所で多数決を取る。


[俺、京都駅周辺がいい!]

家近いし。


[俺は、どこでもいいかな〜]

疲れたし、帰りたいな〜


[俺は、大手筋がいいな〜]

京阪沿線だから帰りやすいだろう。


[私も夜君と同じで、大手筋がいいな〜

白は?]

タダ飯、食べられたらいいな〜


[私は、どこでもいいかな〜]

??


[読は、どこがいい??]

夜に唐突に尋ねられ、少し迷った。

まさか、俺に話を振ってくるとは。



[俺は、大手筋がいいな〜

行ってみたいかった店があるから]


[へぇ!  じゃあ、みんなそこでいいか?]


[いいのか?]


[周りは、良いと言っているが本心が見える中で決められるとここが痛む!]


[俺も大丈夫!]

はあ〜 大手筋か……


先程、京都駅の周辺が良いと言った奴が落ち込んでいる。

ごめんね。  俺のせいで。

集団で物事を決めると必ずこういう事が起こる。

苦手だ。


[じゃあ、着替えて移動するか!]

全員で、新田辺の駅に向かい歩き出す。

梅木 華は夜にべったりくっついており波下 白が一人になっている。


[今日は、梅木さんに誘われて来たの?]

横から突然声をかけたものだから、少しは驚くかと思えば冷静沈着だ。

なんだか、俺が恥ずかしい。


[そうですよ!  断りきれなくて]


[それなら、居心地悪かったんじゃない?]


[スポーツ観るのは好きだから、そんなことなかったですよ〜]


[それならよかった。 自己紹介まだだったね。

俺は、神心 読。よろしくお願いしまーす]


[改めまして、波下 白です。 お願いします]


[フットサル、見ていて楽しかった?]


[そうですね、楽しかったです。神心さんは、気を使いすぎている感じがしましたけど、楽しかったですか?]



[楽しかったよ! どのあたりが気を使っているって感じたの?]



[え、人が求めるポジションを取ろうと悪戦苦闘してたように見えたから]

よく見ている。

観察力が異常なのか、俺が余程ぎこちないプレーをしていたのかはさておき、単純に驚いた。


[うーん 久しぶりにやったからだと思うよ!]


[そういうことにしときますね!]

まるで、全てを見透かしたかのような顔で微笑む彼女に興味が湧かないわけがなかった。



新田辺の駅に着く頃には、話が落ち着き二人の間には沈黙が流れていた。

普通であれば、沈黙があっても人の気持ちは活動している。

読めないのが普通であるが俺にとっては重大な問題だ。

気まずい…

話題を探そうにも何を考えているのか感じているのか。

全てが謎だ。


桃山御陵前〜  桃山御陵前〜

何分が経ったのか分からないほど長い時間に取り残された感覚だった。

それを救ってくれた、駅到着のアナウンスは救世主そのものだ。


[行こうか]

扉が開くと同時に、破った沈黙。

だが、それも長くは続かない。


[はい]

単調な返事と共に、訪れる静寂は恐ろしさそのものだ。



[読!  どの店だ?]


[ここを少し行った所にある海鮮居酒屋!]


[あー!  これね!! いい店じゃん!]

そんなに金持ってきてないけど大丈夫か?



[ここ、そんなに高くないんだよね!]



[へぇ!  そりゃ良かった!  みんな入ろうか!  すいません!12人です!]


[こちらの席にどうぞ!!]

男性の威勢の良い声に、少し驚いたがすんなりと席には入れた。

空いている日で良かった。

そうでなければ、12人など入れる訳が無い。

入れても、予約も無しじゃ迷惑な話に変わりは無いが。


「ご注文は、どうされますか?」

次々に注文を口に出していく。


「俺、コーラ!」


「俺は、スプライト」


「ジンジャーエール}


「私は、オレンジジュース! 白は?」


「私は、爽健美茶で。 神心さんは?」


「え! 俺? 俺は、烏龍茶で」

次々と、注文が通っていく。

最後に夜が、刺身の盛り合わせやフライドポテト、寿司を適当に頼みひとまず終わりにした。


世間話をこれでもかと繰り広げる、19歳と20歳の集団はどこか中年じみている気がする。

だが、内心は夜に好意を抱いている梅木 華ではない女性。波下 白の好きなタイプなどを聞こうとタイミングを計っていた。

おそらく無駄だ。

心が見えない相手から、本音を引き出すことは不可能に近い。はずだ。


「今日は、集まって頂きありがとう!  乾杯!!」

飲み物が、机を少し埋めた後、高らかに夜が宣言した。

やはり、華があるように見える。


「乾杯!!」

一斉に、腕を突き出しコップをぶつける。

カンと高い音を奏で、余韻を耳に残す。


「いや~ 相変わらず、夜は上手いな~」

夜の手下のように行動する、渚 司が夜をワイショする。


「いや! ほんとだよね~」

梅木 華がここぞとばかりに乗っかる。


「確かにな~ 部活でやればいいのに」

率直な、感想を述べた。

高校サッカーで少し名の通った選手だけあってプレーをすると輝いて見える。


「規律の厳しい環境は、嫌いだからな~ 仕方ないさ」


「それは、少し分かる気がする」

高校サッカー時代はよく思ったものだ。

夜ほど、上手くはなかったが。


「いいよな~ 才能のあるやつは~」

誰かがそんなことを言ったがそれは違う。


「そんなことないよ」

何も知らないくせに。


夜の顔が一瞬曇った気がした。

そう、彼は努力の人だ。

だれよりも、努力を重ねてきた結果が今の彼である。

才能で片づけるのは、あまりに酷だ。


「夜は、努力の人だからな~」


「そういう読は、やっぱり調子悪そうだったな~」


「そうだな~  学校の課題のせいかな~」


「なんだそりゃ!」

周りが口々に笑い出す。

良かった。笑ってくれる人がいて。

ちらちらと、なんだよそれと鼻で笑っている人間はいるようだが。


この後も、長く夜が話題の中心にいた。

やはり、凄い奴だ。

こんな友人がいることが嬉しい。

嫉妬をする人間も必ずいる。

だが、その心は悲しく・寂しい。

それが普通になってしまっているのが現状で、この場にいる数人からもそれと同じ類のものが見える。


ここからの飯は酷く、不味かった。

料理は、上手い物ばかりだったが環境が悪い。

無礼講な席のせいで、様々な発言が飛び出した。

同級生の悪口。教授の悪口。

それに伴い、人の心の中は、掻き乱され見るも絶えないものになっていった。


嫉妬や嫌悪に溢れた晩飯の席。

だが、表面上に自分達の名前が出てこないから周りは楽しく箸を進める。


「俺、気分悪いから帰るわ!」


「ちょっと待って! 神心君、良かったら連絡先交換しない?」

波下 白に突然声を掛けられ、時間が少し停止した。


「いいよ」

こちらとしては、願ってもない話だ。


「フウー」

冷やかすような言葉が投げかけられたが、内心は違う。

何で、こんな奴に。

そんな風な、心が見える。


そんな男達を横目に、テーブルに置いてあった紙にアドレスを書き手渡した。


「じゃあ、俺はこれで! お題は、ここに置いておくから」

後は、頼むぞと夜に目をやる。

まぁ、俺がいなくなったところで何も変わらないが。


「おう、今日はありがとな~」


「お疲れ様~」


「またな~」

みんなに見送られ店を出る。

やっと抜け出すことができた。

やはり、人が集まっているところは苦手だ。


先に帰って悪いな、と一言夜にメールを送り駅に向かい歩く。

周りの気持ちにやられて、自分の心が壊れそうになる。

人とすれ違うたびに、何かを感じることは正直辛い。


電車に乗り込み、窓にもたれ目を瞑る。

こうしていれば、何かを見ることがなくて済む。


電車の中では、ずっと波下が何故、心が見えないのか。それをずっと考えていた。

実はロボットだった。なんてことはないだろう。

まぁ、考えても仕方がない。

それにしても、美人だったな。

そんなふわっとした、心で数日が過ぎた。


「最近、秋も深まってきたな」

夜の冷え込みが強まり、季節の移り変わりが加速した。


ブー! ブー!

携帯が、誰かからメールが届いた。


お疲れ様です。

先日は、ありがとうございました。

今度の日曜日、楠葉モール横のスター・コーヒーでお茶でもしませんか?


波下 白



「マジデ!」

しまった! びっくりしすぎて片言になってしまった。


お疲れ様です。

こちらこそ、先日はありがとうございます。

喜んで、行かさせていただきます!


神心 読


「まさか、お誘いが来るなんてな。なんかあったのか?」

それにしても、女の人と出かけるのはいつ振りだろうか。

心がヒャッホウとでも叫んでいるかのような気分だ。


「それでは、15時頃にそこでどうですか?」


「大丈夫です!!」


そこからの数日、どんな格好で行こうか。やっぱり、お金は念の為に多く持っていくべきか。

そんな、どうでもよいことを考えて過ごした。

どうでもよいことだが、この考えている時間はとても楽しい。

そして、勝負?の日曜日がやってきた。


「よし、時間の30分前」

誰かと待ち合わせる時、必ず10分前に着くように出る。

しかし、女の人との待ち合わせで舞い上がってしまったのだろう。早めに着き過ぎてしまった。

とはいえ、少し早すぎた。


「先に入って、なんか注文でもしておくか~」

自分の感情制御力に呆れながら、店に入店した。

辺りを見渡すと、日曜日なのに空席が目立つ。時間の問題なのか、日曜日だからなのかは知らないが二人用の席に荷物を置き注文カウンターへ足を進める。


「いらっしゃいませ!」

はぁ、休日忙しいな~


「ホットコーヒーのMサイズを一つ。 以上で!」


「お会計が、220円になります!」


「これで」


「丁度、お預かりしますね。レシートになります。受け取りカウンターへお進み下さい」


「ホットコーヒーですね。お待たせしました」


「ありがとうございます」


「ふぅ~」

席に着き、一口目を飲もうとしたとき波下 白の姿が見えた。

俺は、ここにいるよと手を振り合図を出す。


「ごめんなさい! 待ちましたか?」


「いや、楽しみで早く着き過ぎて」


「そうだったんですね。私も何か頼んできますね!」

そういうと、荷物を置いて早足でカウンターに向かっていった。


「やっぱり、美人だな~」

ジーパンに白のパーカーだが華やかに見える。


「お待たせしました。 早速、本題に入りますね。神心君、人の心の聲がわかりますよね?」


「え、なんで!!」


「私も見えるんです。そして、私の気持ちが見えないことも分かっています。

私は、この容姿のせいで小さい頃からいじめられてきました。同級生や先輩。先生をはじめとする大人にも。それで心を閉じてしまったんです」


「それをなんで俺に?」


「先日のフットサル。人の考えていることに敏感になって、人に合わせてプレーしている貴方をほっておけなかった。辛そうで、しんどそうで…」


「確かに、俺は人の心の聲が分かるけれどしんどくは…」

その後の晩飯。俺は、周りの聲にしんどくなり先に帰った。

自分の気持ちを波下 白に隠すことはできない。


「貴方は、優しすぎます。分かってしまうのだから仕方ないじゃ、貴方の心が壊れてしまいます」


「だからって、どうしたらいいんだよ!!」


「貴方の、やりたいことを選択する。それだけです」


「人の気持ちを全部汲むことはできないことはわかってる! でも、嫌われたくないんだ。嫌われるとしんどくなる。必要にされていないって」

感じていたこと、正論を言われ、敬語を使うことを忘れてしまった。


「私は、貴方のような優しい人を必要としています!

全員から、嫌われないでいようとするのは不可能なことです。大切なことは自分を必要としてくれている人を大切にすることです」


「心を閉ざしている人間に何がわかるんだ!!」

正論に次ぐ正論。

だが、俺の壊れかけた心には、それは厳しいものだ。

気が付くと俺は席を立ち、駅のホームにいた。

電車に乗り込み、家に帰る。

家路は、頭を冷やすには十分すぎる距離だった。


なんで、ここまで気持ちが荒れたのか。

そしてなにより、最低な台詞。


死にたい。なんて、デリカシーのない言葉を吐いてしまったんだろう。


それから数日、閉じこもった。

他人の気持ちを見る事、触れることが怖い。

人を傷つけた。そんな、自己嫌悪のループに入ってしまったのだ。


怖い、嫌だ、傷つきたくない、傷つけたくない。

そんな気持ちが続いた。


精神状態が少し落ち着いた、ある日。

波下 白からメールが届いた。


先日は、すいませんでした。

もし、よろしければ次の日曜日また先日と同じ場所、同じ時間に会いませんか?


波下 白


「しっかりと、謝らなければならないな」


こちらこそ、先日はすいませんでした。

よろしくお願いします。


神心 読


「これほど、女の人に会いたくないと感じたのは初めてだ」

そう思い、失笑したが気持ちとは裏腹にその時は、すぐに来た。

やはり、気持ちはどうであれ30分前に到着しホットコーヒーのMサイズを注文し口をつけたが波下 白は前回と同様のこのタイミングでは現れなかった。


「すいません。 待ちましたか?」


「いや、今来たところです。 この前は、すいませんでした…」

顔を見ることができずに、うつむき謝った。


「いえ。こちらこそ、すいませんでした。でもね、人っていうのは、人の気持ちを見るんじゃなくて、その人の言葉を信じなけりゃいけないんですよ。でも、心を閉じたままじゃダメですね」


その優しい言葉の響きに、顔を波下 白に向ける。

そこには、彼女の聲があった。

俺の頬に涙が伝う。



貴方の優しさが大好きです。
















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神無月 皐月 @May0531

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