6.思い出のカタチ
煉獄寺の気が変わらない内にと、俺は急いで彼女をガラス彫刻ブースへ連れて行った。
チェルシーと芽縷のことも気にかかったが……あの二人で一緒にいるのなら、大丈夫だろう。
ブースに着くと、係りの人が二人分のグラスと電池式のルーターを手渡し、簡単に説明をしてくれた。
もう既に製作を始めている同級生たちの邪魔にならないよう、俺と煉獄寺はなるべく端っこのテーブルを陣取り、席に着く。
「さぁ、今最強に可愛いルシェルを描いてやるからな!」
下描き用のペンを握り意気揚々と言う俺を、煉獄寺は期待に満ちた表情で見つめてくる。
俺は腕まくりしてから、グラスを左手で掴んで固定し、ペンを滑らせ始めた。
中学時代、『マジキュア』は三周視たし、中でもルシェルのことはセリフを全て覚える勢いで追ってきたんだ。おそらく親の顔より見ているだろうな。
だから、描けないはずがないんだ。
初めて描くけど。
えぇと、たしか目はこんな形で、アイキャッチはこう。
眉毛はこんなかんじ。
睫毛は……いっぱい生えてる。
で、鼻と耳はこう。
口はやっぱニッコリ笑顔だよな?
髪型はサラサラロングヘアーで……
と、迷いなくサラサラ描いていく様を、煉獄寺は珍しく目を見開き、ワクワクした様子で見ていた。
が……
次第にその瞼が、普段通りの気怠げな半眼になってゆく。
「………できた! どうだ? 完っ全にルシェルだろ?」
完成したルシェルの下描きを誇らしげに煉獄寺に見せつける。
しかし彼女は、それをまじまじと見つめたのち、
「………すごい。落留くん、ある意味神絵師」
「何そのテンション?! ウソだろ、まさか……下手なのか?! 会心の出来なのに!!」
「……眉毛下がりすぎだし。目デカ過ぎだし。鼻と耳尖りすぎだし。髪は……針金みたい」
「ハリガネ?! てかダメ出しの域超えて全否定じゃねーか!! くそっ、そんなに言うなら……」
ずいっ、と彼女にまっさらなグラスとペンを差し出し、
「お前も描いてみろよ。ルシェルのイラスト。文句を言うのは、それからだろ?」
という俺の挑発的な申し出に、煉獄寺は……
「………………」
しぶしぶそれを受け取り、しばらくグラスとにらめっこしてから……
ペンを動かし始めた。
まず、最初に描いたのは目だった。
慎重な手つきで、睫毛の一本一本まで丁寧に跳ね上げていく。
眉毛は優しさと強さを兼ね備えた絶妙な角度。
次に、鼻。輪郭と耳。
口はにっこりと控えめな、ルシェルらしい曲線。
最後に髪の毛をサラサラと描き……
「……できた」
息をも殺して集中していたのか、煉獄寺はため息と共に、イラストの完成を告げた。
そこに描かれたルシェルの姿は……
「……おい、お前。これ………うますぎだろ?! え、何コレ絶対二次創作描いてる人だよね?! 初めて描いたとは思えないクオリティなんだけど?! リアル神絵師じゃん!!」
「……同人誌は作っていない。けど、よくノートに一人で描いてる」
「えっ、誰にも見せてないの?! もったいなっ!! ネットに上げたらフォロワーめちゃくちゃ付くと思うぞ?! すごいな、こんなサラッと描けちゃうなんて!!」
あまりの上手さに身を乗り出し、興奮気味に語ると、煉獄寺は……
「……や、やめて。人に絵を見せるのなんて初めてで……そんなに褒められると、恥ずかしい」
……などと、顔を真っ赤にし困ったように言った。
初めて見る彼女の照れ顔に、何だか俺まで恥ずかしくなり、慌てて手を振る。
「わ、悪い。つい興奮しちまって……とにかく、物凄くいい出来じゃないか。あとはこれを、ルーターで彫刻……もとい、"破壊"していけば、完成だ」
ルーターを差し出し言うと、彼女は少し緊張した面持ちでそれを受け取った。
ルーターとは、
電源を入れると、電動髭剃りのようにブィインと音を立て、微振動し始める。この振動する先端を下描きした線の上から当て、ガラスを削っていく。
ごくり、と煉獄寺が唾を飲み込む音が聞こえた。
緊張が、こちらにまで伝わってくる。
彼女は電源を入れたルーターを握り、下描きの時と同じように、ルシェルの目から削り始めた。
……すごい。
細かな睫毛まで下描き通りに削ることができている。順調な滑り出しだ。
そのまま眉、鼻、口と順調に来たところで、最大の難所……
「……輪郭か」
そう。顔の輪郭は、一筆で描かなければならない線が長い上に、少しのズレや歪みが印象を大きく左右する最重要パーツ……決して失敗が許されない箇所なのだ。
しかもこれは、描き直しの出来ない彫刻。
そのことを煉獄寺も重々承知しているようで、ルーターを握りしめたまま、なかなか動かない。
俺は、何も言わずに彼女を待った。
「……………」
やがて意を決したのか、煉獄寺が輪郭の端……頬の部分へと先端を当てた。
そこから慎重に、かつ滑らかにルーターを動かし削ってゆく……
物凄い集中力だ。
俺はまばたきも忘れ、慎重に削ってゆく彼女の横顔を眺める……が、その時。
──ミシッ、ミシミシミシッ。
何かが軋むような音がする。
それは明らかに、煉獄寺の手元から聞こえてきて……
見れば、グラスを固定する左手の辺りから、細かい亀裂が何本か入っていた。
どうやら力み過ぎて、グラスにひびが入ったらしい。
「……あ……」
それに気づいた煉獄寺は、一瞬にして顔を青くし、輪郭を描く手を止めかける。
しかし、
「続けろ、煉獄寺。大丈夫だから」
言い聞かせながら、俺は後ろから手を回し、彼女の左手に自分のを重ねるようにしてグラスを支える。
「大丈夫。壊れない。だから、力を抜いて……そのまま、続けろ」
揺れる瞳を真っ直ぐに見つめながら言うと、彼女は一度、力強く頷いて。
再び、手元のグラスへ向き合った。
そこからの動きには、迷いがなかった。
ルシェルの輪郭を美しくなぞり上げ、耳と髪を下描き通りに削ってゆき、最後にタイトルロゴを追加したら……
「……で、できた」
ルーターの先をグラスから離し、煉獄寺が震える声で呟く。
それは、公式グッズと並べても遜色ないほどの、素晴らしい出来だった。
少しだけひびの入ったグラスに、微笑む黄桜ルシェルのご尊顔。
この世にたった一つの、限定品だ。
「すごい……できたじゃないか煉獄寺! ちまちましたの苦手だなんて言ってたけど、すごい集中力だったぞ? 俺にはとてもじゃないが、真似できない」
「……けどやっぱり、壊しそうになっちゃった。力が入っちゃって……」
「でも、壊れなかっただろ?」
遮るように言うと、煉獄寺がこちらを見る。
俺はつい嬉しくなって、笑みを浮かべながら、
「作れるんだよ、煉獄寺。お前が望めば、何だって。だからこれからは、今までできなかった分もひっくるめて、いろんなもの作ればいい。壊しそうになったら、俺が止めるから」
この、孤立したがりな元魔王に向かって、そう言った。
彼女は少しだけ、泣きそうな顔をしてから、
「……うん」
手のひらの中にある、自身が初めて創造したものを、愛おしげに見つめた。
………だが、
「なになに? そんなに凄いのができたの?」
と、俺が騒いでいたのを聞きつけたのか、施設の係りの人が近づいてくる。
「そうなんすよ! 見てくださいコレ! この子が一人で作ったんですよ! 初めて!!」
なんて、自分のことのようにはしゃぎながら、そのすごさを伝えようとするが……
「うーん、たしかに凄いけど……でもコレ、アニメのキャラクターだよね? 思いっきりロゴ入ってるし」
ルシェルのグラスを眺め、係りの人が顎に手を当てる。
「最初の説明の時に言われなかった? 既存の作品やキャラクターをモチーフにしたものは、著作権の問題があるから作らないでね、って」
そう、苦笑いを向けられ、俺と煉獄寺は……
『………………………え?』
目を丸くし、間の抜けた声を上げた。
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