5.創造と破壊は紙一重




 ──結局、足を怪我したチェルシーがどうしたのかというと、



「はっ! そうでした! こんなこともあろうかと……」



 ガサゴソと、リュックのポケットを漁り……



「じゃじゃーん! ポケットうぃーふぃーを持って来ていたのでしたー! これがあれば、回復魔法を使うことができます!」



 ……ということで。

 彼女は無事、膝と足首の怪我を自ら魔法で治し、その足で元気に下山しましたとさ。

 富士山を見られて、写真も撮れて、ほくほく笑顔の姫君である。


 書き取った『石碑』の文言を担任に提出し、その日のオリエンテーションは終了した。

 疲れていたのか、夕飯を食って風呂を済ませると、早々に布団に入った俺は速攻で眠りに就いた。

 後に同室の男子に「死んだのかと思った」と言われるほどの即寝っぷりであった。






 ──そして。宿泊研修二日目。


 午前中は、生徒全員を体育館に集めての研修だ。

 近年の大学入試の傾向や注意点の伝達、さらには大学合格に必要な勉強の仕方や心構えなどを、延々と三時間ほど聞かされ。


 昼食後はバスで『手作り体験センター』なる場所に移動し、グループ行動。

 キャンドルやスノードーム、ガラス彫刻といった製作ができ、お土産に持ち帰れるという施設なのだが……

 正直、乗り気なのは女子だけで、男子はみな消化試合くらいの気持ちであった。



 体験センターに到着し、施設の人から説明を受け、グループごとに好きな製作ブースへ分かれる。

 我がグループは、チェルシーと芽縷が口を揃えて「スノードームがいい!」と言い出し、早々にそちらのブースへと駆けていった。

 その二人の後ろ姿を眺めながら、



「……行っちまったけど、煉獄寺もそれで……」



 いいか?

 と、隣にいるはずの彼女に尋ねるが……

 いつの間にか、その姿が消えていた。


 ……あれ?

 今の今までここにいたのに。


 俺は来た道を引き返し、煉獄寺を探すことにする。

 が、今しがた説明を受けた大教室にも、エントランスホールにもいない。

 となると……外か?

 あるいは、バスの中に忘れ物でもしたのだろうか。


 俺は靴を履き、誰もいないエントランスから外へと出る。

 すると……


 いた。

 施設の入り口、花壇の傍にあるベンチに、煉獄寺は一人腰掛けていた。



「煉獄寺、どうした? 具合でも悪いのか?」



 俺が駆け寄って尋ねると、彼女は静かに首を振って、



「……大丈夫。だから、落留くんは戻って」

「って、お前は行かないのか? あいつら、スノードーム作るー! って、張り切ってたぞ? 煉獄寺も一緒に……」

「行かない」



 ……それは、彼女にしては珍しい、ハッキリとした口調で。



「……私はここで待っているから、気にしないで行ってきて」



 俯きながら、そんなことを言う。



「……どうしたんだよ。昨日まではあんなに楽しそうだったじゃないか。あいつらもお前のこと、待っていると思うぞ?」



 隣に腰掛けながら、尋ねる。

 彼女はなおも俯いたまま、



「……だからだよ」



 ぽつり、と。少し掠れた声で。



「……楽しそうにしているあの子たちに、気を遣わせるようなこと、したくない。私がやったら、きっと……何もかも、壊してしまうから」



 その消え入りそうなセリフに……俺は、思い出す。



『時々、力の加減がうまく出来なくて、物を壊したり、人に怪我をさせたりしてしまう』



 以前聞いた、彼女の言葉……魔王の魂の影響で、見た目からは想像もできないような怪力を持ち、人や物を傷つけてしまうことがあるのだと言っていた。



「……昔から、"モノをつくること"が大の苦手。特にこういう、ちまちましたもの。力の加減が難しくて……すぐに、壊してしまう」



 そこで彼女は顔を上げ、無表情な顔をこちらに向けて、



「……『私の辞書に、"創造"という文字はない。あるのは"破壊"だけ』……なんて、魔王っぽいこと言ってみる」



 などと、冗談めかして言ってくるが……

 俺は笑うことも、ツッコむこともせず、



「……お前、これまでもずっと、こんな風に避けてきたのか?」



 ごく真剣に、そう返す。

 すると途端に顔を逸らし、押し黙る彼女。図星、なのだろうか。


 学校生活において、モノづくりの機会なんてごまんとある。

 図工や美術、家庭科や技術の授業。展覧会や学芸会の飾り付け、文化祭の出し物……数え出したらきりがない。


 それをこいつは、『自分がいると迷惑だから』と、ずっと避けてきたのか?

 みんなの輪から、ぽつんと外れて。

 そんなの……そんなのって……



「……寂しすぎるだろうが」



 小さく漏れた俺の言葉に、煉獄寺は「……え?」と聞き返してくるが、



「何のためにこのメンバーで、同じグループになったんだよ。互いの素性も事情もわかっていて、気を遣わずにいられるからだろ?」

「……それは、そうだけど……」

「純粋に楽しみな泊まり行事、これが初めてだって言ってたよな? だったら、その楽しかった思い出を、お前だけ形に残さず終えてしまって、本当にいいのかよ?」



 と、なんとか説得を試みるも……再び俯いてしまう彼女。うーん。これはかなり根が深い。

 そこで俺は、先ほど配られたこの施設のパンフレットをポケットから取り出し、広げる。

 なにか……煉獄寺でもできそうな製作はないか………

 と、



「……なぁ、これならどうだ?」



 俺はふと、パンフレットのとあるページを指さして見せる。



「……ガラス、彫刻?」



 彼女は目を細め、怪訝そうな顔でそれを覗き込む。

 そう、ガラス彫刻だ。グラスに好きな絵を描き、それをなぞるようにして専用の機械で削っていく……というものらしい。


 眉をひそめる彼女の前に、俺は勢いよく立ち上がり……こう言った。



「いいか、煉獄寺。こういうのは、発想の転換が大事だ。考えてもみろ。彫刻は"創造"じゃない。モノを削るという……"破壊"行為だ」

「………!!」



 いささか強引な理論に、煉獄寺は無言のまま衝撃を受ける。

 が、構わず続けて、



「しかもこれなら、自分で絵柄を決めることができる。さいわい俺もオタクの端くれ。イラストの腕には多少覚えがある。俺がなんでも好きなキャラを下描きしてやるから……煉獄寺。お前はそれを、お得意の破壊スキルで削るんだ!!」



 ババーン!!

 ……と、背景に効果音が入りそうな勢いで、俺は言い放った。

 それに煉獄寺は、口をぽかんと開け、三回ほどまばたきをした後、



「……な……なんか、それならイケそうな気がしてきた……!!」



 ぐっ、と拳を握り、おっとりした目を少しばかり輝かせる。



「よぉし! そうと決まれば行くぞ! 絵柄は何がいい?!」

「……そんなの決まってる。ルシェル一択……!」

「そう来ると思ったぜ。任せろ! タイトルロゴまで入れてやる!!」



 向かい合って立ち上がった煉獄寺と俺は、ガシッ! と、固く腕を組んだのだった。


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