3.バタフライ・エフェクト
──目的の展望台に近づくに連れ、傾斜は急に、地面もあちこちから木の根が飛び出すぼこぼこ道に変わっていった。
そんな山道を登っているというのに、こいつらの会話ときたらツッコミどころ満載で、叫んでばかりいるもんだから酸素の供給がまったく追いつかない。
ぜーはー言いながら、楽しそうに進む三人の後ろ姿を眺め……
俺は、先ほど芽縷から聞いた、未来の話を思い出していた。
あれは、なかなかに衝撃的な話だった。
人間の身体はハードで、意識はソフト……そんな概念が当たり前の時代。まるでSFアニメだ。
それほど科学が進んでいる時代だからこそ、"魔力"という科学とは異なる脅威が、世界を牽引する力になっているのだろうか。
チェルシーの話を聞いていると、先日俺が放った厨二くさい破壊光線以外にも、様々な用途に魔法が使えるようだ。
それこそ『洗脳』や『幻覚』みたいなものまで使えるとしたら……そりゃあ支配者にだってなれるだろう。
そんな力を代々受け継いできた魔王一族だが……
芽縷にだけ、その魔力が宿らなかった。
……どんな気持ちで生きてきたんだろうな。
不安、焦り、劣等感……数えきれない"負"の感情を幼い頃からその身に抱えていたに違いない。
それでも、正統な後継者としてできることはないかと考えた末……俺のところへやって来た。
まったく。演技力の高さは、周りの顔色を伺って生きて来たことによる副産物か?
いずれにせよ、素性を明かし気の置けない仲間ができたというのに、芽縷が本当のところは何を考えているのか、未だによくわからなかった。
だけど。
『……人ってさ、本当に欲しいものほど、持ち合わせていなかったりするんだよね。それも、努力じゃどうにもならない部分に限って』
……結局、あの時のあの言葉が彼女のすべてなのではないかと、今は思う。
かと言って、同情だけで子どもを作ろうなどとは思えない。
何より血の繋がりがあるらしいのだから、尚更無理に決まっている。
けど……幸せになってほしい気持ちもある。
……それって、無責任か?
芽縷の背中を見つめながら、そんなことを考えていると……
「あっ、見てください! 蝶々です!」
先頭を歩くチェルシーが頭上を指さし、声を上げた。
その指の先に目を向けると……一匹の蝶が、ひらひらと優雅に飛んでいた。
そしてそのまま、まるでチェルシーに挨拶するかのように、近くに咲いている花の上へと静かに止まる。
「綺麗ですね。ファミルキーゼでは見られない模様です」
「黄色と黒だから、アゲハチョウかな?」
しゃがんで眺めるチェルシーの横に俺も屈んで覗き込む。
するとその後ろから、
「……いや。それたぶん、ギフチョウ」
煉獄寺がぼそっと、呟いた。
ギフチョウ? あまり聞いたことのない種類だ。
「……ラ●ちゃんの虎ビキニみたいな模様が特徴」
「言われてみれば……たしかに普通のアゲハとは模様が違うな。煉獄寺、虫に詳しいのか?」
「……ちょっと前にハマったアニメが、昆虫をモチーフにした異能モノだったから」
ああ、それで調べて詳しくなった、と。オタクあるあるだな。
「おぉっ。ギフチョウって、絶滅危惧種らしいよ?」
「えっ?!」
何気なく放たれた芽縷の一言に、思わず声を上げる俺。
芽縷はこめかみを押さえ、目だけを動かしている……例の『BMI』というやつで、ネット検索でもしているのだろうか。
「ぜつめつきぐしゅ、とは何ですか?」
チェルシーが俺を見上げながら尋ねてくるので、
「個体数が減少していて、近い将来いなくなってしまうかもしれない生き物のことだ」
そう答えると……
彼女は「え……」と表情を曇らせた。
と同時に、蝶がぱっと飛び立つ。
「あっ、待って!」
チェルシーは咄嗟に立ち上がり、蝶を追いかけようと駆け出す。
が……
足元に盛り上がっていた木の根っこに躓き……
びたーん! と、盛大に転んだ。
「チェルシー?!」
倒れ込んだ彼女に駆け寄る。
すぐに身体を起こすが……ハーフパンツの下のひざ小僧を擦りむいており、血が滲んでいた。
「うわぁ、痛そー」
「……大丈夫?」
俺に続き、芽縷と煉獄寺も心配そうに覗き込む。
「すすすすみません! ちょっと擦りむいただけなので、これくらい全然平気で……」
チェルシーは慌てて立ち上がろうとする。
しかし、すぐに「いたっ」と顔を歪め、しゃがみ込んだ。
「足を捻ったのか……痛むんだろ?」
顔を覗き込んで尋ねると、泣きそうな表情でこくんと頷く。
それを見た煉獄寺が、
「……落留くん。芽縷。二人で、『石碑』を見てきて」
チェルシーの隣にしゃがみ、言う。
「……このドジっ子エルフには、私がついてる。二人は課題を達成してきて」
「で、でも、こんな山の途中で二人だけで……大丈夫か?」
「……平気。野生のポ●モンが飛び出してきたら、『うたう』こうげきでやっつける」
……お前の『うたう』は、直接攻撃で永眠させられるからな。
という言葉は飲み込み。
しかし、たしかに下山のことを考えると、ここでチェルシーに無理をさせるわけにはいかない。ここは二手に分かれるしかないか。
「申し訳ありません……わたくしのわがままで、わざわざここまで来たのに……」
しゅん、と耳を垂らすチェルシー。
あんなに展望台から見える富士山を楽しみにしていたのに、さぞかし無念だろう。
「気にするな。とにかく今は安静にしていろ」
「うんうん。あたしと咲真クンでちゃちゃっと行ってくるからさ」
俺に続き、明るい口調で言う芽縷。
チェルシーはそれを、潤んだ瞳で見上げ、
「芽縷さん……雄大な富士山を、わたくしの分まで、その目に焼き付けてきてくださいね。そして、できればお写真を……一枚だけでも」
断腸の念、というのがヒシヒシと伝わるような声で言う。
それに芽縷は、
「……わかった。チェルちゃんに、最っ高の写真を見せてあげるよ!」
笑顔で頷きながら、そう答えた。
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