2.色は黒・白・ピンク




 そうして、グループ決めから二週間が過ぎ……



 五月初旬。

 宿泊研修の初日が訪れた。


 高校に集合した数百名の一年生たちが一斉にバスに乗り込み、校長の見送りを受けながら出発する。

 ここから山梨にある学校所有の宿泊施設で、二泊三日の研修だ。


 バスの座席もグループごとにまとまって座らなければならないため、煉獄寺と芽縷、俺とチェルシーで隣合わせで座ることになった。

 チェルシーは車に乗ること自体が初めてだったので、以前電車に乗せた時同様、ひたすら窓に貼り付いて流れる景色を眺めていた。



 おおむね予定通りの時刻に、バスは目的地へ到着した。


 山奥に佇む、巨大な宿泊施設。

 数年前に改修工事が行われたばかりとのことで、かなり綺麗だ。しかも、大浴場には天然の温泉を引いているらしく、毎年女子には評判なんだとか。


 割り当てられた宿泊部屋に荷物を置き、しおりと筆記用具だけを持って併設した体育館へと向かう。

 そこで、まずは開会式。

 それから昼食を取って、午後はオリエンテーション、というのが初日の流れだ。


 このオリエンテーションというのが、これまた変わっていて……

 なんでもこの施設周辺の山道に、亜明矢学院高校創設の歴史が記された『石碑』が点在しているらしい。

 それを各グループ最低でも一つ見つけ、内容を書き取って戻って来る、というのが課題なのだ。




 ……んで。

 開会式を終え、学校行事定番のカレーを食し。

 制服からジャージに着替え、山道の入り口に集合した我がグループなのだが。



「わたくし、ここにある『石碑』を目指したいです! ほら、『展望台から見える富士山が絶景!』と書いてありますし!」



 顔を合わせるなり、チェルシーが配布された『石碑』の地図を指さし興奮気味に言う。

 出発前からだが、やたらテンションが高い。よほどこの行事を楽しみにしていたのだろう。



「……ってそこ、一番遠い場所にある『石碑』じゃないか。大丈夫か? 相当疲れると思うが」

「大丈夫ですっ! バスから裾野だけ見えた富士山の全体像を、もうばばーんっと、この目で見てみたいのです! なんせ、日本一ですから!!」



 ……そういえばさっき、バスの中で『日本一の山だ』と教えたのだったな。俺が。



「……二人は、それでいいか?」



 チェルシーの後ろに立つ芽縷と煉獄寺に伺うと、



「いいんじゃない? せっかくなら一番遠いトコ目指すのも」

「……近場よりも人との遭遇率が低そうだから、いいと思う」



 と、あっさり受け入れられた。

 チェルシーは嬉しそうにこちらを見上げ、俺の承認を待っている。

 期待に満ちたその表情に、思わず少し笑いながら、



「……わかったよ。じゃあ、行くか」

「わーいっ! ありがとうございます!!」



 姫君は満面の笑みを浮かべ、まるで子どものようにぴょんと飛び跳ねた。






 ──まだ若い色の木々の葉が、足元に優しい影を落とす。

 何処からともなく聞こえてくる、鳥たちのさえずり。

 ふと斜面を登る足を止め、深く息を吸うと、心地よい新緑の香りがした。


 山、である。


 と言っても、標高はそれほど高くないし、道もしっかり舗装されている。登山というよりはハイキング、といったかんじだ。

 煉獄寺の読み通り、スタート地点から最も離れた場所にある『石碑』をわざわざ目指そうとするグループなどいなかったらしく、進むにつれ他の生徒の姿は見えなくなっていった。



「はー、すごいね。ほんと、"手付かずの自然"ってかんじ」



 先頭をずんずん歩くチェルシーと、それに付き添う煉獄寺。そしてその後ろを歩く俺の横で、芽縷が生い茂る木々を見回しながら言った。



「そんなにすごいか? これくらいの山ならどこにでもあるだろ」

「この時代はね。あたしのいた時代は、地球全体の酸素や二酸化炭素の量を完全に管理するために、人が住む『居住区』と木々を植える『森林区』でキッチリ分かれているの。だから、本物の自然の中を歩くのなんて初めてなんだ」



 そうか……あまりに溶け込んでいるので忘れがちだが、彼女はだいぶ先の未来から来たんだよな。昆孫、って言ったら……二百年くらい先だろうか。そりゃあ今と環境も変わるか。



「なるほどなぁ。そんだけ先の未来なら、ドラ●もんの便利道具みたいなアイテムもあったりするのか? 例えば……『どこ●もドア』とか」

「瞬間転移装置、ってこと? んー……意識だけならだいたい何処へでもいける、かな」

「……どういうことだ?」

「えぇと……例えば咲真クンがハワイに行きたい! って思ったら、ヒコーキに乗って行かなきゃいけないんでしょ? それがあたしの時代では、ハワイに自分の"意識"だけをネットで飛ばして、現地に置いた肉体のスペアにインストールすれば、すぐ動き出すことができるってわけ。と言っても、スペア持ってるのなんてあたしら魔王一族くらいなモンだけどね」

「に、肉体のスペア……?!」



 それって、いわゆる人造人間……?

 中身は自分の意識でも、身体はいくらでも変えられる、ということか……?


 じ、じゃあ、今隣を歩く芽縷の身体も……もしかして………


 と、不躾ながら芽縷の身体をまじまじ眺めると、それに気づいた彼女がクスッと笑い、



「安心して。この身体はオリジナルのあたし。ちゃんと水とタンパク質と脂肪でできた、生身の人間だよ。一度触ったことあるんだから、わかるでしょ?」



 なんて、自身の胸に手を当て、悪戯っぽく言ってくる。

 それに俺は……あの女子更衣室で触れさせられた、彼女の胸の感触を思い出し……



「……わ、わかるかよ! あんな状況で!!」

「あー、たしかに。あの時は下着越しだったもんね。それじゃあ……」



 芽縷は俺の前に立つと。

 ジャージの端を捲り、白い腹をちらりと見せながら、



「……もう一度、触ってみる? 今度は、生で」



 ぺろっ、と舌を出し、挑発的な態度で言うモンだから……



「……ば、バカ! しまえ! お前が生身の人間なのはわかったから!」

「ちぇーつまんない。会ったばかりの頃は、もっと可愛い反応してくれたのになー」

「……そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」

「やっぱりあのまま正統派ヒロイン貫いていた方がよかったかなぁ? わざわざ名簿データ改ざんまでして同じクラスになったのに、焦りすぎたなぁ。めるちゃん、反省」



 ……おーい。てへぺろしながら、今とんでもないことを暴露しなかったかー?



「ってことは、同じクラスになったのは偶然じゃなかったのか?!」

「あは。やだなぁ、こんなメンバーが偶然揃うなんて、そんな上手い話あるわけないじゃん。みんな同じクラスになるために根回ししたんだよ。そうでしょー?」



 と、前方を歩く煉獄寺とチェルシーに投げかける。

 すると二人はこちらを振り返り、



「……当然。うちは父親が資産家だから、金にモノ言わせた」

「はい。わたくしは魔法で、先生方を洗脳しました☆」



 ……もうやだ。この犯罪者グループ。



「薄華ちんとあたしは、初日の電車の時間まで計算済みだもんねー♪ けど、出会って速攻パンチラ作戦は思いつかなかったなぁー」

「……あれは作戦じゃなくて、普通に転んだだけ」

「ほんとにぃー? まぁいいけど。ちなみに今日はどんなぱんつ穿いてんの?」

「……総レースの、スキャンティ」

「あ。先日、一緒に買いに行った時のものですね。わたくしも今日はあの時買ったおニューのぱんつを履いてまいりました。お二人におすすめされた、すけすけのやつです!」

「だってさ、咲真クン。ちなみにあたしはピンクの縞ぱんなんだけど……誰のから見る?」

「誰が見るかぁぁああっ!!」



 俺の魂の叫びに、鳥たちがバサバサァッと、一斉に木々から飛び立った……

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