4.世界も時空も飛び越えて
小柄な少女が、金属製のスプーンをくにゃりと曲げる光景に……
俺もチェルシーも芽縷も、驚きのあまり言葉を失う。
再びスプーンを曲げ元の形に戻しながら、煉獄寺が続ける。
「……腕力だけじゃない。私は声だけでも、人間を"破壊"することができる。常人なら、私の歌を……
「死……?!」
急に飛び出した物騒なワードに、俺は身体を強張らせる。
しかし芽縷だけは楽しげに笑い、
「へー、すっごーい! あたしも身体は丈夫だけど、そこまでじゃないや。ね、試しに何か歌ってみてよ!」
なんて、命知らずなお願いを軽いノリでしてしまう。
俺が止めるより早く、煉獄寺は頷き……リモコンを操作して、曲を送信した。
流れ出すイントロ。これは……先日聴かされた、『魔法少女☆マジキュア』二期のOP曲。
煉獄寺は靴を脱ぎ、ソファの上に立ち上がると……
息を吸い、思いっきり歌い始めた。
……やはり、文句なしに上手い。普段の喋り方からは想像も出来ないくらい、力のある歌声だ。
そして……先日同様、俺の体調には特に変化は見られない。
しかし、
『うっ……!』
チェルシーと芽縷の反応は、違った。
耳を押さえ、苦しげな表情を浮かべ始める。
まさか本当に……煉獄寺の歌のせいで……?!
「チェルシー! 芽縷! 大丈夫か?!」
額に汗を滲ませ、うずくまる二人に呼びかける。
それを見た煉獄寺は歌うのをやめ、リモコンの演奏停止ボタンを押した。
そのままストンとソファに座り直し、靴を履きながら、
「……これで分かったでしょ。落留くんの体内には、間違いなく魔王の魔力がある。だから、私の声を聴いてもダメージがない」
チェルシーと芽縷が今だに頭を押さえる中、淡々とした口調でそんなことを言う。
「で、でも……こうして普通に話している声は、みんな問題なく聞けているだろ? 本当に今の歌声で、そんな……」
「……それは、私が…………普段は極力、声を押し殺しているから」
呟くように告げられたその言葉に、俺は思わず「え……?」と聞き返す。
煉獄寺は、一度口を閉ざし俯くと……
ぽつりぽつりと、話し始めた。
「……私は、生まれた時から、人を傷つけることに長けていた。赤ん坊の時、私の泣き声のせいで、母はノイローゼになった。それ以来、母には会っていない。父曰く、ベビーシッターを取っ替え引っ替えされて、私は育ったらしい。物心付いた時には、魔王の生まれ変わりであることを自覚していたから……なるべく人を傷つけないよう、周りとの関わりを避け、声をひそめて生きてきた。それでも時々、力の加減がうまく出来なくて、物を壊したり、人を怪我させてしまったりしたけれど」
消え入りそうな、弱々しい声で告げられた彼女の生い立ちに……俺は胸が締め付けられた。
そんな……それじゃあこいつは……
周りを傷つけないよう自ら孤立して、声を小さく押し殺して……ずっとそうして、生きてきたっていうのか……?
言葉を失う俺の横で……まだ少し顔色の悪いチェルシーが、口を開く。
「煉獄寺さん……辛かったですね。好きで、魔王の生まれ変わりになったわけでは、ないですものね」
と、煉獄寺の目を見つめて、真っ直ぐに語る。
「前世が何であろうと、今ここにいる煉獄寺さんは、ただの人間です。別の人生を生きるべきである、別の人格です。それなのに、選ぶことのできない前世のせいで今世の生き方を決められてしまうだなんて……本当に、辛い思いをたくさんされてきたことでしょう。そんなことにまで考えが至らず、私は『魔王』と聞いただけで貴女に詰め寄るようなことを……先ほどの非礼を、どうかお許しください」
その真摯な言葉に、煉獄寺はふるふると首を横に振る。
「……それは、あなたも同じなはず。『魔王を滅ぼす』という宿命を、生まれながらに背負わされ生きてきた。自分のことなんか何一つ、優先できなかったでしょう」
「たしかに、そうかもしれませんね。もちろん王家の誇りはあります。ですがその分、自分の至らなさに押し潰されそうになることもしばしばです。でもそれは……烏丸さん。貴女も同じ、ですよね?」
突然話を振られ、芽縷は「あ、あたし?」と自分を指さし驚く。
チェルシーは頷き、
「ええ。世界を統べる者の、正統な後継者として生まれ……周囲の期待と、世界の命運と、自身の力とのギャップに、たくさん苦しんでこられたことでしょう。だからこうして、責任を果たさねばと、独断でこの時代にやってきたのですよね?」
図星だったのか、芽縷は珍しく目を少し泳がせ、
「……そうかもね。魔力を持たない王位継承者なんて、存在価値ないから。王の座を狙う親戚たちからは、いつも白い目で見られていたよ。正直、肩身は狭かった」
と、肩を竦め答えた。
その言葉に俺は、昨日の芽縷の言葉……『本当に欲しいものほど持ち合わせていない』という言葉を、思い出していた。
俯く芽縷と煉獄寺に、チェルシーは優しく微笑みかけ、
「わたくしたちは誰も、何も悪くないのに、少しだけ生き辛い思いをしてきました。けれどこうして、同じような思いをしてきた方々に出会うことができた。これって……ちょっと運命的だと思いませんか?」
そんなことを言い始める。
そして。
「よろしければ……わたくしたち三人で、お友だちになりませんか? お互いの秘密も知ってしまいましたし……お二人と、もっともっといろんなお話がしてみたいです」
驚く煉獄寺と芽縷に、チェルシーはなおも笑顔を向けて、
「煉獄寺さんのお歌、もう一度聴かせていただけませんか?」
「……え……?」
「恐らく、王家に伝わる防御魔法を耳に纒わせれば、普通に聴くことができると思うのです。試してみても、よろしいでしょうか?」
その申し出に、煉獄寺が目を見開く。
するとその横で、芽縷も手を打ち、
「そうか。あたしも聴覚バランスをBMIでコントロールすれば、問題なく聴けるかも! そもそもあたしにも咲真クンの血が入っているわけだしね。常人よりは耐性あるよ」
「で、でも……」
戸惑う表情の煉獄寺に、チェルシーはそっとリモコンを渡し、
「煉獄寺さんのお歌、とってもお上手でした。次こそは、ちゃんと聴きたいのです。どうか、もう一度歌っていただけませんか?」
「あたしも聴きたい! この時代の歌、もっと教えてよ!」
芽縷も身を乗り出して言う。
煉獄寺は、二人の顔を交互に眺め……
「……うん……!」
嬉しそうに頷くと……
リモコンを受け取り、曲を送信して……歌い出した。
一部始終を静観していた俺は……泣いていた。
それぞれ立場は違えど、生まれ持ったもののせいで自由に生きることができなかった三人の少女が……
今、世界を、時を超え、共に歌っているのだ。
楽しげに、笑い合いながら。
最初はどうなることかと思ったが……今日この三人を引き合わせることができて、本当によかった。
そんなことを考え、俺は涙を流しながら、一心不乱にタンバリンを打ち鳴らす。
シャンシャンシャン、シャンシャンシャン──
そして曲が終わり、彼女たちの歓声と拍手が部屋に響き渡る。
三人は握ったマイクを掲げ、意気揚々と叫んだ。
「よーし! このまま朝まで歌うぞー!!」
『おーっ!!』
「おーっ!! …………じゃ、ねぇぇえええええ!!!」
カシャーン!!!!
と、タンバリンを床に叩きつけ、俺は渾身のノリツッコミを炸裂させる。
「違うから!! カラオケ楽しみに来たわけじゃないから!! 俺に!! 魔力が!! 本当にあんのかって話!!!」
「えーそれはもう解決したじゃーん」
「もう。水を差すなんて野暮ですよ、咲真さん」
「……そうだそうだ。そういうとこだぞ落留」
「うるせぇぇええ流行り物ヒロインズが!! 結局みんな煉獄寺の歌聴けちゃってるじゃん! 俺に魔力があることの証明になってないじゃん!!」
ゼェゼェしながら叫ぶと、三人娘は露骨にめんどくさそうな顔をして、
「……でしたら、使ってみますか? 魔法」
チェルシーが、さらりとそんなことを言ってのける。
「わたくしの住まう国……ファミルキーゼへ赴き、実際に魔法を使用すれば、ご自身のお力の強大さがわかるはずです」
「そう、それ! そういう直接的な証明をしたかったんだよ! あ、でも……魔法って、こっちの世界じゃ使えないのか? チェルシー、たった今使っていたじゃないか」
と、彼女の耳を指さしながら尋ねる。
それだけじゃない。彼女は普段から幻術やら自己暗示やら、魔法で諸々工作をしながら生活をしているのだ。
俺の質問に、チェルシーは自分の鞄の中を漁りながら、
「使えますよ。厳密に言うと……
そこで彼女は、鞄から取り出した、白くて丸い玉のようなものを掲げ、
「この……『ポケットうぃーふぃー』を持っていれば、万事解決なのです!」
意気揚々と叫ぶ。
………え? 『うぃーふぃー』って何? Wi-Fiじゃなくて??
「うぃーふぃーとは、"霊波"を発する特殊な物体です。咲真さんを最初にファミルキーゼへお招きした際、大地から伸びる白い塔のようなものを見ませんでしたか? あれが、うぃーふぃー
「う、うぃーふぃー樹……で? その手に持っているのが?」
「これは、うぃーふぃー樹を削り出し、携帯サイズに生成したものです。これがあれば、"霊波"のまったくないこちらの世界でも簡単な幻術魔法や回復魔法を使うことができます。しかし、大規模な攻撃魔法などを発現するには、これだと"霊波"が弱すぎます。場所的にも危険ですし……いずれにせよ、ファミルキーゼに赴くのが一番かと」
……つまりアレか。スマホで例えると、"霊波"が電波で、"魔力"がデータ通信量みたいなもんか?
どっちが欠けても機能しない、みたいな……
「なるほど。魔法の仕組みはなんとなくわかった。だが、赴くと言っても……どうやって?」
「うふふ。そんな時は……じゃじゃーん! これです!」
と、彼女が鞄から取り出し、見せたのは……直径五〇センチほどの、円形の布だった。
「今朝お伝えした、転移魔法を組み込んだミニ絨毯です! この上に乗れば、いつでも何処でも実家に出戻ることが可能ですよ♪」
って、それも持ち歩いているんか。次から次に秘密道具出して、まるでドラ●もんみたいだな。
「すっごーい! ねぇねぇ、あたしも行ってもいい?」
「もちろんです! 煉獄寺さんもぜひ♪」
「……え。私、そっちの世界に出禁くらっているはずなんだけど……大丈夫なの?」
「咲真さんが平気だったのですから、きっと大丈夫ですよ☆」
おい。それでいいのか女王。せっかく魔王追放したのに、"光の勇者"が泣くぞ。
「はーい、ではみなさん、わたくしに続いて順番に乗ってくださいねー」
と、まるでバスガイドのように手を上げ、床に敷いたミニ絨毯に乗るチェルシー。
そして……
前に突き出した右手の手首を、左手で握るようにしながら、
「──転移魔法! リフタ:アッシェンブル!」
叫んだ。
刹那、絨毯から眩いほどの光が溢れ出す!
そうだ……最初に転移させられた時もこんなかんじだったな。
「この光が出ている間は転移可能ですから、どんどん続いt」
「って、消えたぁぁああっ!?」
言葉半ばにして、チェルシーがパッと消える。
続いてすぐに芽縷が動き出し、
「わーい! いざ行かん! ファンタジーの世界へ!!」
絨毯に乗り、ビシッと天井を指さしたところで、やはり消えた。
残されたのは、俺と……世界単位で出禁をくらっている煉獄寺。
彼女は歯をガタガタ鳴らしながら「……はわわ」と震えている。
そこで俺は、肩にポンと手を置き、
「けど、お前………今あっちの世界に行ったら、魔王じゃなく人間として、あのドラ●エみたいな世界を純粋に堪能できるんじゃないか?」
「……イッてきます!!!!」
オタクによく効く呪文を唱えてやると、彼女はすぐさま光の向こうへ消えていった。
……って、俺の魔力検証のための転移なのに、最後に残されちまった! 急がねば!!
俺は慌てて絨毯に飛び乗り、光に身を委ねた──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます