2.かつ丼とロコモコ丼
「──ねぇねぇ。咲真クンとミストラディウスさんて、知り合いなの?」
昼休みに入るなり、恐らくクラスの全員が気になっているであろうことを尋ねてきたのは、他ならぬ芽縷だった。
相変わらず人懐っこい表情で、嫌味っぽくない聞き方をしてくれたのは助かるが……まぁ、やっぱ聞かれるよな。
俺は授業中、頭の中で練りに練った『設定』を、落ち着いて話すことにする。
「ああ。実は小学生の頃、ご近所さんだったんだ。彼女の親の仕事の都合で……一年くらいだったかな、日本に来ていて。その時住んでいたのが俺ん家の近くだったんだよ。彼女、昔は全然日本語喋れなくてさー。だから、人のいないところでゆっくりと『あの時の近所のガキだよ』って説明しようと廊下へ連れ出したんだが、いやぁ驚いた。ペラペラ喋れるようになっているんだもん。俺のこともすぐに思い出してくれたし」
な? と、俺はチェルシーさんに『適当に話合わせて!』という視線を送る。
この学院に、俺と同じ小中学校出身の者はいない。だからこそ可能な虚構の設定である。
この、『一年だけ』『当時は日本語喋れなかった』というのがポイントだ。俺だってまだ、チェルシーさんについてほとんど知らない。突っ込んだことを聞かれても「実はよく知らない」と答えやすい、昔のちょっとした知り合い程度の関係性をあえて印象付けたのだ。
俺が送る視線に、チェルシーさんはぱちくりとまばたきをする。
それから、「あぁ」と合点がいったような顔をして、
「はい! 言語に関しても魔法で自動翻訳できるよう自己暗示をかけていますから。こちらの世界のどの言語にも対応できますよ。だから先ほどのエイゴの授業なんかは、教わらなくとも全部わかってしまって……」
「あああああさすが!! 日本語だけじゃなくて英語も堪能なのか! いやーすごい。ほら、そういうのなんて言うんだっけ? トリリンガル? とにかく、勉強めっちゃ頑張ってきたんだなぁー! まじ尊敬するわぁー!!」
だめだこの人、全然わかっていない!!
俺は引きつった笑みを浮かべながら必死に取り繕う。彼女には後で言って聞かせるとして、とりあえずこの場をなんとか切り抜けないと……
乾いた笑いを漏らす俺を、クラスメイトたちがじっと見つめる中……目の前の芽縷が、
「……なぁんだ、そういうことかぁ。急に教室飛び出していくから、びっくりしちゃったよー。ていうかそれって、超運命的な再会じゃん! よかったね、二人とも!」
あっけらかんと、そう言い放った。
彼女のその言葉で、クラスの空気がガラリと変わった。
どこかスキャンダラスな展開を期待していた生徒たちが、「なんだ、それだけか」と、芽縷につられて納得したようなのだ。
え、何このコ、女神なの……?
ただでさえ圧倒的な美少女なのに、今はその笑顔に神々しさすら感じる。
これが、クラスの中心となり得る先天的カリスマ陽キャの力……天上人だ。俺とは住む世界が違いすぎる。
それに引き換え、煉獄寺は相変わらず一人だけ見向きもせず菓子パン食ってんな! いや、注目されるよりはありがたいけれども!!
とにかく、芽縷には救われた。
『ただの幼馴染み』という免罪符を得られたおかげで、その後が非常に動きやすかったのだ。
昼食の用意がないというチェルシーさんを食堂に連れて行き、どんなメニューがあるのか解説し、食券の買い方を教える。
大勢の生徒でごった返す食堂の様子に驚いたのか、チェルシーさんはその綺麗な瞳をキョロキョロと忙しなく動かしていた。
注文したロコモコ丼がカウンターから出てくると、ハンバーグの上に乗った温泉卵に「おぉっ」と目を輝かせる。
本当に、なんて分かりやすい人なんだ。思考が全部顔に出ているぞ。
彼女はロコモコ丼を、俺はかつ丼をトレーに乗せ、食堂の隅の席に向かい合って座った。
「……で、これからのことなんだが。君が違う世界から来たことや、魔法を使えるってことは、俺以外には知られない方がいいよな? ってか、そのためにわざわざフィンランド人って設定にしたんじゃなかったのか?」
温泉卵の乗ったハンバーグを一口頬張る毎に「んー♡」と唸っているチェルシーさんにそう指摘してやると、彼女はびくっと肩を震わせ、
「……はっ! そうでした!!」
と、口を押さえる。……っんとに、この人は。
「コッチにいる間の君の設定を、もう少し細かく考えないか? そんで、それを徹底できるようにしよう。俺も、それに合わせるから」
ため息まじりに言うと、彼女は長い耳を少し垂らしながら申し訳なさそうな顔をする。
「……ありがとうございます。そうですね、わたくしの素性は隠しておくべきです。我々の世界の存在が広く知れ渡っては、どんな混乱を招くかわかりません。咲真さんと平穏に『恋』をするためにも、悪目立ちはしない方がいいですよね」
「こ、恋うんぬんは別としても、あまり目立たないようにしたほうがいいのは確かだな。チェルシーさん、こっちの世界のことはほとんど知らないだろう? どこの世界も同じだと思うが、いい奴もいれば悪い奴もいる。君の無知につけ込んで悪いことをしようと近づいてくる奴がいるかもしれない。しっかりと設定を決めて、自衛できるようにしよう」
だって、こんな見た目で魔法だ何だと電波なこと言ってみろ。『S級美少女だけど頭はちょっと足りない不思議ちゃん』でしかない。悪意ある人間(特に男)の格好の餌食だ。不用意な発言は避けるよう、気をつけてもらわないと。
「……ってか、なんでフィンランド人ってことにしたの? なにかゆかりでもあるのか?」
しゅん、と反省している様子の彼女に、気になっていたことを聞いてみる。
すると途端に『よくぞ聞いてくれた!』と言わんばかりの明るい表情を浮かべて、
「こちらの世界の様々な国について調べたのですが、ふぃんらんどが一番ファミルキーゼに似ていたのです。建物の雰囲気も、自然豊かなところも。あと、妖精さんもいるそうですし!」
……それは、ひょっとしなくてもムー●ンのことを言っているのか?
「子どもたちにプレゼントを配る、魔法使いのおじいさんもいるのですよね?」
……そういえば、サンタがいるのもフィンランドだったか。
「せっかく出身を名乗るのなら、親近感が湧く国の方がいいなと思い、そういたしました」
「そ、そうか……だが、こちらの世界では基本的に魔法や妖精は存在しないものだから。サンタもム●ミンも、あくまでフィクションだ。『いたらいいな』という空想だ」
「……やはり、そうなのですね……サンタさんも、本当はいないのですね……」
「あ、いや、サンタだけはいるかもな……俺も子どもの頃は毎年プレゼントもらっていたし」
「本当ですか? いい子にしていれば、わたくしの所にも来てくれるでしょうか?」
潤んだ瞳に負け、俺は思わず「たぶん…」と答える。
よもやこの年でサンタ絡みの気遣いをすることになるとは……この無邪気に喜ぶ顔を見ていると、どうにも調子を狂わされる。放っておけないというか何というか……まったく、困ったお人だ。
「……兎に角。今一度チェルシーさんのここでの設定を練り直そう。あと、俺との表向きの関係性も。そしてそれを、決してブレないように徹底すること。わかりましたか?」
まるで親が子を諭すような口調だ。と、自分でも思いながら言い聞かせると、彼女は。
「……はい。よろしくお願いします」
やっぱり調子が狂うくらいの、素直な笑顔で答えたのだった。
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