3.「一緒に学校行かない?」
翌日。
昨日の満員電車に懲りた俺は、一本前の電車に乗れるよう早めに寮を出た。
焼け石に水程度の差しかないかもしれないが、ちょっとでも空いているならそれに越したことはない。
しばらくはいろいろ試して、一番マシな時間帯を把握したいものだ。
寮の最寄り駅までは、歩いて十分ほど。
高校の最寄りと違って、各駅停車しか止まらないような静かな駅だ。寮の周りも、住宅街が広がっている。
人もまばらな駅までの道を、猫背にならぬよう意識して歩いていると……
『……あ』
男子寮の隣の敷地……女子寮から出て来た人物と、ばったり出くわした。
栗色のショートボブ。
猫みたいな瞳。
誰もが振り返る、完璧美少女。
「か、
予期せぬ遭遇に、掠れた声でその名を絞り出す。
すると彼女は、ぱぁあっと笑って、
「
そう、流れるように同伴登校を誘ってきた。
くっ、眩しい……
生まれてこの方、陰サイドになど落ちたことがないのだろう。輝きが違う。
当然、断る理由などあるはずもなく、
「お、おう。俺なんかで良ければ」
「あはは、何それ。ていうか落留くんがいい。昨日のお礼も、クラスメイトになってからの挨拶も、まだちゃんとできてなかったし。ちょうどよかったよ」
なんてことをさらりと言って、烏丸は俺の隣に並んで歩き始める。
「あらためて、昨日はありがとうね。あのおじさんとの間に割って入ってくれて。あんな満員電車、あたし初めてで……周りの人と接触しちゃうのは仕方がないことだと思いつつも、やっぱりちょっと嫌でさ」
「いや、アレは完全に確信犯だったからな。不快に思って当然だろ。えと、烏丸さんは……」
「
と、小首を傾げながら言う彼女。
い、いきなり下の名前で呼び合う、だと……?!
何なんだ……陽キャ美少女サマはどんな人間にも平等に優しく接してくださるのか? 距離感の詰め方がえげつねぇ……
しかもそんな、可愛らしく『いいでしょ?』なんて言われたら……
『イエス』か『はい』で答えるしかないだろうが!!
「わ、わかった。それじゃあ……芽縷、の実家はどこなんだ?」
「え?」
「ほら昨日、自己紹介で『遠くから来た』って言ってただろ? 寮住まいだし、満員電車も初めてってことは……結構地方から来たのかな、と思って」
痴漢のことばかり思い出させてもアレなので、話題を変えるために聞いたつもりだった。
しかしその問いに彼女──芽縷は、急に「あー……」と言葉を選ぶように天を仰ぎ、
「まぁ……うん。たしかに、かなり遠いところかな。そのへん、ちょっと複雑なんだよね。簡単には……説明できないかも」
歯切れの悪いもの言いで、困ったように笑う。
それに俺は『しまった』と後悔した。
俺のように実家から離れたくて寮暮らしを選んだ者もいれば……家族と一緒にいられない事情を抱え、寮に住まざるを得ない人だっているのだ。
おそらく彼女は、後者なのだろう。
「すまん。深く考えずに聞いてしまって……とりあえず俺が言いたかったのは、困ったことやわからないことがあったら何でも聞いてくれ、ってことなんだ。と言っても、俺も隣県から来たから、この辺りに詳しいわけじゃないんだが……」
などと、咄嗟に言い訳みたいなことを口走る。動揺から声が上擦ってしまった、かっこ悪い。
しかし芽縷は……はにかむように目を細め、
「……ありがと。咲真クンってほんとに優しいんだね。女の子からかなりモテるんじゃない?」
「へ?! いや、ないない! 実は俺、姉が二人いるんだけど、『女の子には優しくしろ!』って小さい頃から散々刷り込まれてきてさ。それで、その……言わば習性みたいなモンだ」
「あはは。習性って、なんだかワンちゃんみたい」
「わ、ワンちゃん?!」
「そう。困った女の子を助ける、お利口さんなワンちゃん」
そう、悪戯っぽく笑う彼女。
それから、上目遣いでこちらを見上げると。
「ねぇ。その習性に甘えて……今日もヘンな人に触られないよう、護ってもらってもいい?」
仔猫のように潤んだ瞳で、そんなことを言ってくる。
瞬間、俺の頭の中にゴングの音がカンカンカーン! と鳴り響く。俺選手、烏丸芽縷の可愛さに完全ノックアウトである。
「お、おう……俺なんかで良ければ」
「あー、咲真クンてば、さっきと同じセリフ言ってるー」
なんて、また楽しそうに笑う。
おいおい……女の子って、こんなに可愛い生き物だったのか……?
ここ数年、同世代の女子なんて姉としか接点がなかったから、油断するとすぐにオチそうになる。
ダメだ。しっかりしろ、俺。このコはきっと、誰に対してもこうなんだ。
高校生活、まだ始まったばかりだぞ? 勘違いで暴走なんかしたら、それこそ三年間笑い者だ。
……と、即落ちしそうになる脆弱な心を理性が必死に食い止めていると、芽縷が再び口を開く。
「あ、ねぇ。咲真クンは部活、何か考えてる?」
「ブカツ? うーん……特に何も。中学ん時は帰宅部だったし」
「えーもったいない! 背高いから、運動部入ったら活躍できそうなのに」
「運動部ねぇ……身体動かすのは嫌いじゃないけど、自分に何が向いているのかわかんねーんだよな」
「じゃあさじゃあさ、一緒に体験入部に行ってみない? あたし球技系に興味あるんだ」
「い、一緒に? でも、せっかくなら女子と行った方が……」
「昨日クラスの子何人か誘ってみたけど、みんな文化系に行くって言うんだもん。それに、さっき困ったことがあったらなんでも言えって言ってくれたじゃない。ね、お願い」
うっ……そんな顔でお願いされたら……また勘違いが加速してしまうだろうが。
「……わかった。一緒に行こう」
「やったー! ありがとう! 咲真クンみたいな優しい人と知り合えて、ほんとによかった!!」
何そのセリフ……そんなん生まれて初めて言われたわ……こちらこそ君に出会えてほんとによかったです!!!!
高鳴る胸の鼓動を鎮めるように目を逸らすと、芽縷が「あ、そうだ」とポケットからスマホを取り出す。
そして、
「咲真クン。連絡先、交換しよ?」
何気なく、本当に簡単に。
そんなことを言ってきた。
聞き間違いかと思い、ぽかんと口を開け固まっていると、
「もしもーし、何か言ってよー。それともスマホ、持ってないの?」
「いえ、持ってます。めちゃくちゃ持ってます」
慌ててスマホを取り出すと、芽縷は「ラインヌでいい?」と慣れた手付きでメッセージアプリを起動し、友だち登録を完了させてゆく。
うそ……まじかよ。
これが、夢にまで見た、女子とのラインヌ交換……
しかも登録者第一号が、こんな美少女だなんて……
「これでよし。体験入部どうするか、あとで相談しよ♪」
「う、うん……」
うわ。うわ。すごい。どうしよう。すごい。
……これは、あれだ。女子ウケしそうな可愛いスタンプを購入しておかなきゃ。
「あ、もうすぐ電車来ちゃう! 急ごう、咲真クン!」
芽縷にそう言われ、いつの間にか駅に着いていたことに気がつく。
改札を抜け、ホームに向かう階段を駆け下りる彼女の背中を追いながら。
嗚呼……受験勉強、まじで頑張ってよかった……と。
目の前でサラサラと揺れる栗色の髪を眺め、しみじみと思うのであった。
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