レベル2
「
兄さん拡大しすぎ!」
エリカがそう言うと、周りで聞いていた人達がクスクス笑っている。エリカは怒りながらも、オレの望遠機能を操作して試合が見えるようにしてくれた。
しかも、フレイアに焦点を合わせるように。どうやらオレは、グレッグの胸を拡大して、追尾機能を追加していたみたい……。
「ありがとう、エリカ。
助かるよ」
「これでいいんでしょう?
試合が終わるまで静かにしてくれない、兄さん!」
日常生活では妹らしくオレに接しているのに、こんなにも真剣なエリカを初めて見て驚いた。それほどこの試合に集中したいんだろうと。おそらく、フレイアに負けたのがよほど悔しかったみたいだ。
総合司会のサムが試合開始のカウントダウンを始めると、周りのざわめきが更に大きくなっていく。音量を最大に上げたみたいで、耳を塞ぎたくなるほどだ!
フレイアを見ると、自然体で試合を待っている様に見える。彼女の持っている武器は細身の剣で、装飾は殆どされていない。
剣で相手を切ると、切られた方は実際に切られた痛みを感じるとエリカが言っていた。もちろん投げ飛ばされて、床に叩きつけられた時も実際と同じ痛みを感じるみたいだ。
試合がいよいよ始まり、観戦者の熱狂がオレを襲ってくる。VRの世界で、これ程の熱狂を感じるとは……。
キーン!
カッ!
カッ!
試合は早くも、剣と剣がぶつかり合っている。遠くで試合をしているのにも関わらず、望遠機能をしているからなのか、剣のぶつかる音がまじかで聞こえてくる。まるで、すぐ近くで観戦しているみたいで臨場感が半端ない!
この試合、素人のオレから見ても、グレッグが優勢に見える。
フレイアはグレッグに押され気味で、徐々に後退。場外に出ると負けになるので、このままだとグレッグが勝ってしまう。
カッ、カッ、カッ!
もう少しでフレイアが場外に出そうになった時、彼女は剣を背中にある鞘に素早く納めた。オレは一瞬、フレイアが負けを認めたかと思った。
けれど、全く違っていたのを次の動作で分かった。彼女は八極合気の「刀取り突き崩し小手返し」の技を使おうとしているのだと。
グレッグはフレイアの動作に
ドサァー。
グレッグが暴れて起きようとしても、関節技を使っているので片手だけでフレイアは彼を押さえつけている。彼女は背中にある鞘からゆっくりと
え……?
オレの望遠機能が動作不良か?
フリーズしたまま、全く動かない……。
「緊急事態発生! 緊急事態発生!
全員を、強制的にログアウトします」
誰かがそう言った次の瞬間、オレは自分の部屋にいた。
何でオレはログアウトになったんだ……?
しばらく考えていると、急にお腹が減ってきたので居間に行く。継母がテレビ画面を見ていたけれど、オレに気がついた。
「どうしたの、正和?
ログアウトは夜中過ぎるってエリカが言っていたのに?」
早く何か食べたかったので、食パンを一枚トースターの中に入れた。
「強制的にログアウトになったんだ。
システムに不具合が起きたらしい」
「あ、そうなの」
関心のない声でそう言って、母さんはテレビ画面を再び見始めた。
さっきの試合を振り返ると、フレイアは実の母親が教えてくれた技を間違いなく使った。それも、模範演技の様に完璧に。
ますます彼女の事が気になってきたので、画面を呼び出す。
ここ十年の間に、革新的なネット環境が構築された。脳内に埋め込んだマイクロチップで、何もない空間に画面を呼び出し、ネットに接続できるように。もちろん、電話や、写真、動画再生などの機能もあり、昔のスマホを更に発展させたものだ。
画面を呼び出して、最初にTWに関する記事を探す。
さっき起きた不具合に関しての公式発表はなかったけれど、どうやらオレだけではなく、世界中で起こった現象だと知った。
フレイアに関して調べると、情報があまり見つからなかった。アメリカ地区から出場したのと、不思議な技を使うとしか分からない。
ポォーン。
食パンが焼けたみたいなので、バターを塗って一口食べた。
突然、二階からエリカが怒ったような雰囲気で、オレを睨みながら居間に入って来た。
「もう、何であそこで止まるのよ!」
「オレに言われても困るんだけど……?」
「お兄さんのせいだとは言っていません!
あ、それ、美味しそう」
かじりかけの食パンを俺から素早く取ったエリカは、踵を返して部屋に戻って行こうとする。
「それ、オレのなんだけれど……」
「TWで、色々と世話をやいたお礼に頂戴、お兄さん」
エリカは優しくオレに言った。
「やれやれ」
オレがそう言うと、妹は笑顔で階段を上って行く。
一口食パンを食べたからか、益々お腹がすいてくる。仕方ないので、もう一枚食パンをトースターの中に入れた。
フレイアの事が気になるけれど、食べ終わると寝る支度をしてベッドに潜り込んだ。
◇
ゴトォ。
妙な音がして、オレは無理やり起こされた。
何かが……、オレの部屋にいる気配がする。
「照明、50%」
オレがそう言うと、部屋が段々と明るくなっていった。
音のする方を注視すると、照明が明るくなるにつれて獣が嗅ぎ回っているのがハッキリと見えてきた。
これは夢なのか……?
一瞬そう思った瞬間に、獣はオレを見つけて襲い掛かってくる。八極合気の技が自然とオレの身体を動かし、獣は床に這いつくばった。獣をよく見ると狼みたいで、押さえつけている手を離せば再び襲ってくるのは間違いない。
しかたないので、
不思議な事に、絶命した狼は消えて床に牙らしき物がおちている。それを拾おうと思った瞬間に、牙らしきものが消えてゲーム画面が目の前に急に現れた。
「灰色狼の牙1。
マサトは、レベル2になりました」
え……?
ゲームの中にオレはまだいるのか?
でもここは、オレの部屋なんだけれど……?
「だ、誰か助けて〜〜!」
居間から母さんの声が聞こえてくる。
オレは急いで居間に向かった。
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