「君はヘタレで」「あなたは残酷」

納戸丁字

A面/不渡りにしてなるものか

「思うに、アレしたいコレしたい言いっぱで実際には動かないのって、空手形! 借金! ……そういう類のモノだと思うんすよ」

 快適な室温と湿度に整えられ、空気にはコーヒーの芳香アロマがかすかに混じる。くつろいだ雰囲気でありつつ清潔感のあるインテリアに、窓が大きく明るい店内。そう、ここはいわゆる『程よく感じの良いカフェ』である。しかも駅近だ。そんなカフェの、やや奥まったソファ席につく男女2人組の客が居た。共に若者と呼べる年恰好で、しかし男性側のほうがやや齢下に見受けられた。


 青年がアイスカフェオレの入ったグラスを手すさびに回しながら口を尖らせるいっぽうで、ローテーブルを挟んで向かい側に座った女性は、その様子をただ面白げに眺めて一言、ふうん、と相槌を打つ。


「言いっぱなしなのはあくまで願望であって、約束を破ってる訳じゃないんでしょ? 空手形って喩え、実行する気のない口約束するって意味だし」

「えーそうだったんですか。とりあえず今は雰囲気で流してください……」

 女性の言葉を受け、しおしおと肩を落とす青年。その様子に微苦笑してからコーヒーカップを口に運ぶ女性。

 浅煎りのコロンビアのブラックで唇を湿して口を開く。


「っていうか、手形って言うからには一旦は切らなきゃ」

「はい、──はい?」

 予想外の言葉であったのだろう、青年が目を白黒とさせながら応じる。それを受けた女性は、カップをソーサーへ戻して一気に攻勢に出た。


「つまりこの場合は、どうせいつものアレでしょ。『好きな人が居るんだけど勇気が出ないオレ』についての相談事っていうか弱音を聴いてあわよくば発破かけて欲しいみたいな。君がこういうテンションでこの店に呼ぶようになってから何ヶ月か……半年くらい? 経つけど、話を聞いてるにその人との関係性には進展が無いぽいよね」

「はい」

「奥手なのは別に悪いこっちゃ無いと私は思うけど、君自身は毎回死にそうな顔してやって来て、帰る頃には気が晴れましたって言いつつも魂抜けそうな顔で店を出てくじゃない」

「……はい」

「それならさ、結果はどうあれケリを付けた方が良いんじゃない? 少なくとも今よりはずっとマシな気持ちになれるんじゃないかな」


 つまりこういう事だ。言外に『破るのを心配する前に、まず約束を取りつけろ』と彼女は述べている。

 図星を突く言葉の数々に滅多打ちされた青年は、ぐうの音も出ない様子でしばしの間固まっていた。

 彼の握りしめるグラスの中で、溶けかけた氷がカラコロとかすかな音を立てている。

 カフェタイムの店内は程よく混みあい、心地良いざわめきで満たされていた。


 そしてとうとう、起死回生の一撃が繰り出された。


 青年が傍らの鞄からおもむろに取り出したのは、プラネタリウムのチケット。摘まんだ指先をズラしたことで二枚が重なり合っていたのがわかる。

 そして、一枚だけを抜き取り、女性に向かってずいと差し出した。


 女性が、自分を指さす。

 青年は、黙って頷く。

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