やるせなき脱力神番外編 ジョブゼお宅訪問

伊達サクット

ジョブゼお宅訪問(1)

「ウウオオオオオオッ!」


 冥界の辺境、ヤマ村南西の平原。


 どす黒いオーラに包まれた、大きく口の裂けた凶暴な悪霊が前衛の女剣士・エルザベルナに襲い掛かる。


 鮮やかな色彩を帯びたロングヘアーを水面のようになびかせ、エルザベルナは素早いステップで悪霊の野太い腕をかわす。


「ハアッ!」


 エルザベルナはよく通るかけ声を上げ、手にする長剣の一撃を悪霊に浴びせた。


「ゴギャアアア!」


 地を這うような悪霊の悲鳴が平原に響き渡る。


「うーん……」


 ジョブゼは少しばかり離れた場所にある、椅子代わりに丁度よい大きさをした岩に腰掛け、その様子を観察していた。


 やはりこの任務、エルザベルナの言った通り、自分も参加する必要はなかったかもしれない。


 エルザベルナは悪霊の、攻撃衝動をむき出しにした単純な打撃を軽く回避し、お返しに鋭い剣技を立て続けに打ち込む。


「グオオオッ!」


 またしても地を這うような悲鳴。


「しぶといな……」


 ジョブゼは傷つき苦しみながらもエルザベルナへ襲い掛かる悪霊を見て、眉間にしわを寄せた。


 エルザベルナが非力なのではない。悪霊の耐久力がかなり高いのだ。


 悪霊と戦っているのはエルザベルナだけではなくもう一人。


 青い肌に赤い髪、頭から歪曲した二本の角が生える女剣士・レミファ。


「エルザ先輩!」


 エルザベルナよりも後方で身構えていたレミファは悪霊に向けて疾走し、エルザベルナに腕を振り上げた悪霊を横から切り裂く。


 そして悪霊が怯んだ瞬間にエルザベルナも追い討ちをかける。


「ウウオオオオオッ!」


 またしても悲鳴。苦しんでいるが、悪霊の意思はまだ挫けるには至っていない。


「レミファ!」


「先輩!」


 二人の女剣士は互いにアイコンタクトを取り、距離を詰めた。そして、お互いの剣を交差させ「X」の字を作りながら身構える。


 ジョブゼは痒くなった頬をボリボリと掻きながら、若干身を乗り出して戦いを注視する。


「ハアアアアアッ!」


 エルザベルナとレミファから激しい闘気が溢れ、それぞれ剣に流れ込む。刀身がオーラに包まれ、熱気を帯び、まばゆく発光する。


「ギャアアアア!」


 悪霊はその様子を見て恐れをなし、背中を向けて逃げ出した。


戦乙女の勝鬨クロスブレード!」


 二人の女剣士が同時に剣を振るうと、「X」の字を模した衝撃波が剣から放たれ、悪霊の背中に直撃。


 悪霊は上下左右に切断され、四つの破片となり地面に転がる。


 エルザベルナはすぐに悪霊を封印するアイテム、戦闘員の標準装備である「鎮霊石ちんれいせき」を取り出し、悪霊に向けてかざした。


「ヌオオオオオオッ!」


 悪霊は断末魔の叫びを上げて光に包まれ、小さな鎮霊石に吸い込まれていった。


 任務完了。


 エルザベルナとレミファはにこやかに笑みを浮かべ、剣を納めた。


「ご苦労さん」


 ジョブゼは立ち上がり二人に歩み寄る。


 レミファは先程の必殺技のせいか息が上がっているが、エルザベルナは涼しい顔で汗ひとつかいていない。


 更には、黒地に煌びやかな山吹色の刺繍が幾重にも走る、軍服風の戦闘服にも泥一つついていない。


「やるな」


 ジョブゼが二人を見回して言った。「ありがとうございます」とエルザベルナ。


「俺が行かなくてもよかったか」


「はい。この程度の相手なら私とレミファで」


 エルザベルナが言うと、レミファも笑顔で「はい」とうなずいた。


「分かった。今回は参考にしとこう」


 ジョブゼが言った。


 エルザベルナは管轄従者である。この組織では幹部の一つ下の立場だが、この冥界の世間一般からすれば、管轄従者は超一流の戦士である。


 特にエルザベルナの剣の腕前はジョブゼの目から見ても抜群であり、パワーはともかく、剣技に関しては組織内で最高水準と言って差し支えない。


 少々過保護になり過ぎたらしい。万が一のことを考えてついてきたのだが、これなら自分がわざわざ出向くまでもないだろう。


 任務の帰り道、エルザベルナは自宅に直帰することになり、道中で分かれた。その後、レミファがジョブゼに言った。


「私、実はこの組織に入ったの、エルザ先輩に憧れたからなんです。先輩が冥王軍の近衛騎兵隊にいたとき、街を見回る姿が凄く格好よくって。あんな女剣士になりたいなって思ったんです」


 レミファは、丈が極めて短く、太ももの大部分が露になっているホットパンツから覗かせる矢印型の長い尻尾をクネクネと動かした。


「へえ~……そんなとこにいたのか」


 ジョブゼは素直に感心した。


「知らなかったんですか?」


 レミファが驚いて尻尾をピンと伸ばした。羽織っているロングコートがめくれ上がる。


「ああ」


 そう言って、ジョブゼは大きく欠伸あくびをした。


「それでエルザ先輩が、軍を辞めてワルキュリア・カンパニーに入ったって噂を聞いて。すぐ確かめに行って、そのまま就職しちゃいました」


「そうか」


 あまり興味はないが、とりあえず腕を組んで聞いているジョブゼであった。


「私も腕には自信あったから、すぐ中核に上がったけど、やっぱりエルザ先輩凄い強くって。あれぐらいじゃないと管轄に上がれないんですよね」


「まあなぁ……。中核までなら、ちゃんと真面目に腕を磨けばよっぽど向いてない奴じゃない限りなれるが、管轄以上は厳しいな……」


「やっぱりそうなんですか」


「ウチじゃともかく、中核従者の実力だったら冥王軍なんかじゃ立派な上級兵士か精鋭部隊のエリート兵士だ。下手な騎士なんかよりゃよっぽど強い」


「ウチってレベル高いですよね~。エルザ先輩に早く追いつきたい」


 レミファは悔しそうだが嬉しそうでもある表情で言った。


「お前はセンスがあるし、伸びもいい。このまま腕を磨いてれば、そう遠くなく昇格できる」


「ホントですか?」


 レミファが目を輝かせた。


「ああ、嘘は言わん」


 本当のことだ。ジョブゼは成長しそうにない部下だったらハッキリ駄目だと言う。


 自分の実力を正確に把握した方が生存率が高いからだ。戦いに不向きな者、才に恵まれぬ者なら、それなりの選択肢を模索した方が本人の為だからである。そういった、戦闘員として適正に欠ける連中は、大抵他にもっと向いている分野があるものだ。


 もっとも、そういった連中も、努力すれば中核にはまずなれる。しかし、そこから上は、それにプラスとなるものが必要になってくる。


 才能なり、修行による伸びしろ、生まれた種族による基礎的な身体能力など、要素は様々だ。 


 そういった要素の無い連中。例えば、ジョブゼの隊ではないが、長い間中核従者でくすぶっているフィーバやリーチなどは、まず管轄にはなれないだろう。


 すっかりレンチョーの腰巾着となって、自らの研鑽を怠っているツモやロン辺りも、中核従者止まりだろう。


 もっとも、本人がこれ以上上を目指そうとも思っていないのかもしれないが。


 その点、レミファはまだ戦士として十分発展途上である。どんどん戦って伸ばさないと勿体無いとジョブゼは思っていた。


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 レミファはウキウキした様子で頭を下げ「あっ、それから」と続けた。


「ん?」


「今さっき言った、エルザ先輩に憧れてここに就職したってこと、先輩には内緒にしてて下さいね。引かれちゃいますから」


「ああ。分かったよ」


 ジョブゼは軽く頷いて、また大きな欠伸をした。



 襲いかかる真っ赤に赤熱した無数の触手。


 エルザベルナは剣を構え、自らの闘気をその刀身に注ぎ込んだ。


 彼女の全身に黄色い炎のようなオーラが立ち込める。


「ハアアアアッ!」


烈風爆転斬ローリング・エグゼ』。


 青く光り輝く刀身が幾重にも円を描くと、切断された触手がエルザベルナの周りでぼとぼと落ちる。


「ハアッ!」


 間髪入れず、討ち漏らした触手へと駆ける。剣を一薙ぎ、また一薙ぎ。


 弾力があり、刃物に対し強い抵抗力を持つ触手は、刃の切れ味ではなく纏ったオーラで斬る。


 闘気を帯びて光り輝く剣によって、まるで溶断されたかのように切り落とされていくのだ。


 僅かにできた隙に、エルザベルナは巨大な敵の体躯を見上げた。


 ローパーの突然変異種・ギガントローパー。周囲の悪霊を取り込んで、通常のローパーとは比べ物にならないほど巨大化し、その力も肥大化したのだ。


 このままこれを放置していては、村の三つや四つは軽く滅ぼされてしまう。


 ギガントローパーを挟んで向こう側には共に戦う部下、レミファが位置取りしている。


 赤熱した触手に巻かれたのか、青い肌の左腕は焼けただれており、既にその顔は恐怖と苦痛に歪んでいた。


 周囲に転がるのは猿の顔を持つ獣人タイプの平従者・ゴランドと、その翼を触手によってもがれた鳥類タイプの平従者・コスターの亡骸。


 ゴランドもコスターも、エルザベルナやレミファが庇う間もなく一瞬にして殺された。


 明らかにこの魔物、普通の強さではない。


 敵の力を過小評価していた。これは隊長であるジョブゼに戦ってもらうべき案件だった。エルザベルナは自分の小隊だけで対応できるとした自分の判断を悔やんでいた。


「おのれええええっ! この化け物めえええっ!」


 まだ生き残っている二人の平従者、ローブを着込んだヒューマンタイプのメインズ、同じくローブ姿の耳が尖った妖精型・パレッド。


 エルザベルナの後方に構えている彼らは、腕に装着した魔法銃から、冷気の光線を連射する。


「ピオギャアアアア!」


 ギガントローパーの太い幹のような胴体の一部が凍結した。


 しかし、生半可なその攻撃は、却って魔物の逆鱗に触れることとなった。


「ギャアアアアアッ!」


 ギガントローパーの無数の触手が赤熱し、唸りを上げてエルザベルナに向けて迫る。そして向こう側のレミファにも。


 相手の帯びた熱によって、頼りない旧式魔法銃で凍らせた部分は、とっくに溶けて元通りだ。


「ハアアアッ!」


 エルザベルナはかけ声を張り上げ、横一線に剣を振るう。


 横幅の広い斬撃『波斬衝ウォーリア・ウェイブ』。繰り出される強力な衝撃波により、剣の刀身よりも広く遠距離への攻撃範囲を生み出す、面で圧する全体攻撃技だ。


 波斬衝ウォーリア・ウェイブによって迫りくる触手は切り裂かれたが、その隙をついて更なる触手がエルザベルナの頭上越しに背後の平従者達に襲いかかる。あえて一部の触手を犠牲にしての二段構えだ。


「なっ!?」


 悲鳴と共に肌の焼けつく音。エルザベルナが後ろを確認したときには、既にメインズとパレッドが灼熱の触手にその身を巻かれていた。


「ギャアアアアアー! エルザ殿おおおっ!」


「アババーッ!」


 触手が激しくしまると、メインズとパレッドは燃えながらバラバラに砕け散った。


「くっ」


 エルザベルナは失意に歯を食いしばる。ゴランドとコスターだけでなく、メインズとパレッドも守れなかった。まさかこんなことになろうとは。


「くっそおおおおおっ!」


 その様子を見てレミファが激昂した。襲いかかる大量の触手を、怒りに任せて剣を振るい、次々と薙ぎ払う。


 しかしレミファの力では触手を全ていなすことはできなかった。


「ああぁっ!?」


 横から襲いかかる触手に腹部を打たれ、華奢な女剣士の体が小石のように舞い上がり、地面に叩きつけられた。


「げっ、がふっ!」


 口から赤紫の鮮血を吹き出すレミファ。エルザベルナは恐怖した。これ以上部下を失う恐怖だ。


「レミファ! 逃げて!」


 斬っても斬ってもたちどころに再生する触手を切り払いながら、エルザベルナは必死に訴えた。


 レミファは、咳き込み喀血するのを下唇をぐっと噛んで無理矢理抑え、震える手で剣を杖にし身を起こし、ゆらりと立ち上がった。


 そして、震える手足を奮い立たせ、なおもギガントローパーに背を向けず、剣を構え直した。小刻みに震える剣先が、彼女の細くなった息遣いを端的に表わしている。


「お願い、逃げてーっ! 後は私が!」


 エルザベルナが再び逃げるよう呼びかける。しかし、レミファは唇を噛みしめたまま、両目に涙を湛え、首を横に振って拒否の意をはっきりと示した。


 そして噛み締めた唇から歯を離し、何かを呟いているようだが、何を言っているかは聞きとれなかった。


 ギガントローパーは触手を伸ばし、周りに転がるゴランドとコスターの死体を絡めとり、その巨大な体幹の頭頂部にある巨大な口からムシャムシャと捕食した。


「だ、誰が、逃げる……もんか……!」


 レミファは左手を相手に向かってかざし、掌に魔力を集中させた。その左手から放たれる氷属性の魔法。


 メインズとパレッドが撃った魔法銃より数段強力な冷気が放たれる。


「グギャアアアアッ!」


 ギガントローパーは苦痛の悲鳴を上げ、体中の触手と太い体の幹を激しく揺さぶった。


 その隙にエルザベルナはレミファの側に移動しようと疾走する。


「くっ、はああぁ……」


 ふらふらとした足取りで、息を切らし闇雲に剣を振り回すレミファ。見るからに満身創痍で、その姿は敵を見据えるというよりは、まるで自分自身に何かを言い聞かせているようで痛々しい。


「レミファ!」


 エルザベルナはレミファに駆け寄った。


「逃げて!」


「い、嫌ですっ……! エルザ先輩の……足手まといなんて……」


 レミファはエルザベルナの助けを振り払った。


「強がらないで!」


 エルザベルナが諭すも、レミファは決して敵に背を向けようとはしない。彼女が受けた傷を何とかしてやりたいが、回復魔法を専門とするパレッドはついさっき死んでいる。


 回復役を失ったパーティーの生存率がいかに下がるか、言うまでもない事実だ。だからパレッドを後衛に配置してエルザベルナが盾になるよう布陣していた。


 そして非力なメインズとパレッドにも遠距離から効果的な攻撃ができるよう、魔法銃を装備させ、相手の弱点となる氷属性を突いた。


 だが、その作戦ではギガントローパーに対応しきれなかった。部隊の長である自分の采配ミスなのだろう。


 ギガントローパーがレミファの放った氷魔法から体勢を立て直し、再び大量の触手を放つ。


「先輩!」


 そのとき、レミファが剣をかざした。


 言葉を交わさなくても意思の疎通はできていた。エルザベルナも剣をかざし、二本の剣を交差させ、相手の触手の接近に備える。


 エルザベルナとレミファの体はオーラに包まれ、闘志を注がれた二本の剣が眩く輝いた。


戦女神の凱旋真・クロスブレード!」


 二人の女剣士から放たれた「X」型の衝撃波は、ギガントローパーの触手を跳ね返し、敵の本体に食い込んだ。


「シギャアアアアアッ!」


 断末魔の悲鳴を上げ、四分割される魔物の肉体。そしてそこから吹き出てくる四体の悪霊。


 エルザベルナはすかさず鎮霊石を取り出して、すぐに四体の悪霊を捕獲した。


 静寂。


 戦いは終わった。


 しかし何の高揚感も達成感もない、事実上の敗北以外の何物でもない勝利。エルザベルナは四人の部下を死なせた。自分の責任だ。


 しかし、とにかく、勝ったのだ。


「レミファ、大丈夫?」


 エルザベルナがそう言った瞬間、横に立つレミファが崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。


「レミファ?」


 レミファは、最後のクロスブレードで持てる力の全てを出し尽くし、既にその命の灯を燃やし尽くしていたのだった。


 安らかそうな柔らかい笑みを浮かべ目を閉じ、既に事切れていたのだ。


「レミファ! レミファ! 返事をして! そんな、嫌あああああっ!」


 たった独り残された無傷のエルザベルナの失意の悲鳴が、冥界の荒野に響き渡った。



 ジョブゼはエルザベルナの自宅に出向いた。


 ギガントローパーとの戦いで自分が率いる小隊の全ての部下を死なせた後、彼女はワルキュリア・カンパニーを無断欠勤していた。


 エルザベルナの屋敷は王都の貴族街に建つ。百姓の出であるジョブゼが入ることは許されない。


 ジョブゼ隊所属の管轄従者・エンダカが貴族だった。職場ではジョブゼが上司でエンダカは部下だったが、公の身分はジョブゼが平民、エンダカが貴族だった。


 だから、エルザベルナと直接話がしたかったジョブゼは、エンダカに頼み、彼の車椅子を押す下男のふりをして貴族街に入ることにした。


 貴族街の門を守る冥王軍の衛兵は、エンダカの家の紋章が刺繍された上着と、両足が金属の義足で下男姿のジョブゼに車椅子を押されているところを見ると、あっさりと二人を通した。


「お前とエルザベルナ、家柄的にはどっちが上なんだ?」


 向かう途中、貴族の屋敷が立ち並ぶ華やかな街並みを歩きながら、ジョブゼは目の前に座るエンダカに尋ねた。


「一応ウチのが上なんですけど、エルザのグランハルド家の方が勢いがあるんです。屋敷もウチより全然大きいし、沢山あるんです」


「へえ、お前の方が上級なのにか?」


「グランハルド家は代々近衛騎兵隊の騎士を輩出してる武門の家柄で、僕の家は文官で、内政ですから」


「うん」


「形式上は位が上でも、騎士の家系の方が手柄を立てる機会が多くて恩賞ももらえるんです」


「内政だって大事なんじゃねーの?」


「まあ、何がどう手柄なのか、評価しにくいってのがありますからねぇ。戦場で敵や魔物を倒す方が実績として分かり易いじゃないですか」


「そういうもんか」


「そういうもんです。ウチなんてここんとこ商人への支払いに追われちゃって……。エルザが穴開けた分、僕にランクの高い依頼回して下さいよ」


「え? まだ稼ぐ気かよ。そういやお前、貴族の割に着てるものも貧乏くせーな」


「そりゃどーも。ウチの親父が財政官だから、節約してるところを率先して周囲にアピールしないといけないんです」


「そういうもんか」


「そういうもんです」


 確かに、エルザベルナの屋敷は大きく、贅を尽くした雰囲気があった。


 ワルキュリア・カンパニー本部を兼ねるウィーナの屋敷よりは規模が小さいものの、飾ってある家具や調度品などはウィーナの屋敷よりこだわりが見られた。


 エンダカが職場の同僚を名乗ったら、エルザベルナの母親は歓迎した。


 母親の話によると、エルザベルナは自室にこもったきり、呼びかけに応じないとのことだ。相当塞ぎ込んでいるらしい。


 ジョブゼはエンダカの車椅子をその腕力で軽々と持ち上げながら階段を昇り、エルザベルナの自室までやってきた。


 ここまで案内してきた母親は「よろしくお願いします」と頭を下げ、階下へ去っていった。


「おい、エルザベルナ俺だ」


 ジョブゼはドアを軽くノックしながら、なるべく威圧的にならないように言った。


 しばらく待ってみたが、反応はない。


「寝てんのかな」


「仮に寝てたとしても起きたでしょう。我々の気配に気付かない人じゃない」


「エルザベルナ! おい。開けてくれよ。俺だ。ジョブゼだ。これからどうすんだよ」


 どちらかと言うと短気なジョブゼは早くも苛立ち始め、ノックが荒くなった。


「力尽くで開けちゃったらどうです?」


 エンダカが腕組みして言う。


「そういうもんか?」


「そういうもんかも何も、だってエルザが開ける気ないんだし、かといってこのまま放っておくのは組織的にも問題だし、何とかしてエルザと話すしかないじゃないですか」


「ようし」


 ジョブゼは腕に力を入れ、無理矢理鍵のかかった扉をこじ開けた。


 バリバリと音がして、ドアが開く。周囲の執事達が驚くのを尻目に、ジョブゼとエンダカは部屋に入った。


 広い部屋は凛々しい印象のエルザベルナにしては、可愛らしい女性的な雰囲気を持っていたのだろう。


 だが、ジョブゼが見たのはテーブルや小物が滅茶苦茶に散乱した荒れ放題の部屋だった。彼女が癇癪かんしゃくを起こして感情の赴くまま部屋を荒らしたのだと一目で分かる。


 エルザベルナはベッドの上で、膝を折り曲げて、顔を埋めて座り込んでいた。


「ジョブゼ殿、ちょっと前へ進みたいので、床、よろしいでしょうか?」


 ジョブゼはエンダカの車椅子の進路上に落ちている、アクセサリーやぬいぐるみを脇に移し、エンダカがベッドの側へ寄れるようにしてやった。


「恐れ入ります」とエンダカ。


 改めてジョブゼとエンダカがエルザベルナに向き直ったが、彼女はまだ顔を上げない。


 エンダカが深く溜息をついた。

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