女子高生の聖夜前々々日

怜 一

女子高生の聖夜前々々日


 

 「ねぇ。佐藤って今年のクリスマス予定とかあんの?」


 放課後の教室。

 帰宅しようと席を立った時、隣の席でダルそうに寝そべっている比野が話しかけてきた。


 「ケンカ売ってんの?」


 そのワードに敏感になる時期。わざわざそんな質問をしてくるとはいい度胸をしてる。アタシより胸ないくせに。アタシに恋人いないの知ってるくせに。


 「冗談だよ。じょーだん。私達、寂しいお一人様だもんね。いや、もしかして知らぬ間に抜け駆けされてるんじゃないかって心配になったから訊いてみただけ。いやー、一安心一安心」


 比野のへらりと口角を緩めた表情は安堵というよりも、アタシを揶揄って喜んでいるようにしか見えなかった。


 「一安心じゃないよ!私達、もう高校二年生だよ?今年を逃したら、恋人と過ごせるクリスマスは来年しかないのに、受験シーズンでそーゆう気分になるのはゼツボウテキッ!今年がラストチャンス!それなのに、冷えた身体を温めあう恋人がいない悲しい現実…!マジでありえないぃぃぃ…」


 語るも涙の灰色に染まった現実に頭を抱えもがくアタシを他所に、比野はどこ吹く風といった余裕な面持ちを保っていた。


 「ねー。なーんでそんな呑気でいられんの?比野だって、恋人と一緒にクリスマス過ごしたいでしょ?」


 比野はうーんと唸り、一言。


 「どーせ佐藤と過ごすことになるから、アタシは満足してるんだよねぇ」


 でたー。比野の恋愛に興味ないアピール。

 比野に好きな人のタイプとか訊いても、えーわかんなーいとか言って、具体的なことはなにも答えない。アタシのそーゆー事情はいっぱい訊いてくるのに。なんか、ズルい。


 「友達と過ごすことに満足してちゃオシマイだって。恋愛には興味あるんでしょ?だったら、自分で恋愛すればいいじゃん。今のうちにしか出来ないことだってイッパイあるし」


 アタシの提案に、なぜか比野は呆れたようにため息を吐いた。

 はぁ?せっかく人が親切に言ってあげてるのに、なんでそういう態度になんの?訳わかんないだけど。


 比野は、じゃあと話を切り返す。


 「今のうちにしか出来ないことって、例えばどういうこと?」


 そりゃあ、二人で雰囲気の良いレストランで夕飯食べたり、寒いねーなんて言い合いながら手を繋いでイルミネーション見に行ったり、お互いに内緒で買ってきたプレゼントを交換しあって盛り上がったり…あれ?これって、今じゃなくても出来るじゃん。


 いやいやそれだけじゃないと雑誌、漫画、友達の話、映画など、アタシの脳内にある知識と乙女的想像力を必死に働かせて、絞り出した結果。


 「合法的に制服デートができる」


 比野は短い前髪をハラリと揺らし、呆れたように吐き捨てた。


 「オッサン」

 「オッ、オッサン…!」


 その無慈悲な一撃はアタシのピュアで繊細な心を粉々に砕き、膝から崩れ落ちた。

 普段からオシャレもせず、誰と会話しても頬を紅く染めない、枯れたメンタルの持ち主である比野にオッサン呼ばわりされる日が来るとは思わなかった。そして、悔しいことになにも言い返せなかった。


 オッサン…。アタシの恋愛センスって、オッサンだったの?


 「まぁ、デートの内容なんて人それぞれだし、そんなに落ち込まなくていいんじゃない?」


 失意のどん底に叩きつけられたアタシに、ありきたりな慰めの言葉を掛ける比野は弄っていたスマホの画面を見せてきた。そこに写し出されていたのは、学校から三駅分ほど離れた場所にあるコーヒーチェーン店で販売されているクリスマス限定コーヒーの画像だった。


 「それよりも、これ。気にならない?」


 そのコーヒーは、普段より三倍くらい盛られたホイップクリームの上に、靴下の形をした可愛いクッキーとクリスマスカラーの細かいチョコレートがカラフルにトッピングされていた。


 「えっ!?カワイイー!これ、新作じゃん!めっちゃ気になるんだけどっ!しかも、今日から飲めるじゃん!比野、今すぐ行こうっ!」


 アタシのテンションは二次関数グラフのような急カーブを描き、曇っていた瞳なら輝きを取り戻した。比野のいいように機嫌をコントロールされているような気もするが、こうやってアタシの喜ぶツボを知ってくれているのは、アタシを理解わかってる友達なんだと実感できて素直に嬉しい。オッサン呼ばわりしたのは根に持つけど。


 それから、同じ制服を着た生徒で混み合う電車に乗って約十分。白い顔の女性の周りにうにょうにょした線がクネッてる看板が目印のコーヒーチェーン店で新作の季節限定コーヒーを頼み、カウンター席に並んで座った。


 飲む前に、まずは記念撮影。

 アタシはインフタとかにこーゆーのをアップするタイプじゃないけど、いつも可愛かったりキレイなものは思い出として撮っておくようにしている。


 派手にデコレーションされたコーヒーを撮った後に、アタシと比野はそのコーヒーを顔に寄せてツーショットを撮る。中学二年生の頃に知り合ったばかりの比野は写真を撮られることを嫌がっていたけど、アタシがねだっているうちに渋々付き合ってくれるようになり、今ではカメラを向けるとポーズを取ってくれるようになった。


 「その写真、私にも送ってね」

 「オッケー」


 アタシはメッセージアプリを開き、一番上にある比野のアカウントに画像を送った。

 それにしても、比野のアイコンめっちゃ恥ずかしいんだけど。この、アタシと比野のツーショットのプリって半年くらい前のやつだっけ?


 「ねー。このアイコン、そろそろ変えてくんない?アタシ、これ加工薄くて他の人に見られたくないんだけど」


 同じようにスマホを弄りながら、ストローを咥えてる比野は、こっちをチラ見してヤだの一言だけで済ませた。


 「じゃあ、アタシのアイコン、今撮った比野の顔にしちゃうよ?いいの?」


 と、脅しをかけるも、ついにこっちを見ないでやればいいじゃんと答えるだけだった。その素っ気ない反応にムカついたアタシは、全く加工されてない比野の顔を手早く切り抜き、アイコンに設定する。


 「ほら!これ、どうよ!盛られてない顔を他人のアイコンにされるの、めっちゃ嫌でしょ!」


 アイコンをドヤ顔で比野見せる。すると、比野はあざとく小首を傾げて、意地悪な質問をしてきた。


 「私、可愛いでしょ?」


 眼鏡越しに輝く真っ黒で大きな瞳に、間近で見ても毛穴が見えないほど丁寧に手入れされた肌。慎ましい薄紅色の唇。その平均以上のパーツをより良く見せる顔の角度。悔しくも嘘はつけないアタシの胸は、その抗えない可愛さにキュンとしてしまった。


 「ぁ…えと…」


 すぐに答えを返さずに狼狽ているアタシに、比野はジリジリと詰りよる。


 「ねぇ?どうなの?可愛いの?可愛くないの?」


 ホイップクリームとコーヒーが混ざった美味しそうな匂いが、比野の潤いのある唇から漂う。少しつづ、少しつづ近寄ってくる顔は、ついに鼻先が触れるかどうかといったところまできた。


 アタシと比野の吐息が混じる。泳いでいたアタシの眼は比野の瞳に吸い込まれる。アタシは小さく喘いだようなか細い声で、囁いた。


 「カワイイ…。すっごい、カワイイ」


 それを聞いて満足した比野は、でしょ?とイタズラを成功させたような無邪気な笑顔で笑い、顔を離した。


 もしかしてあのまま何も言わなかったら、アタシのファーストキスを奪われてたかも。

 アタシは、そんなことを気の抜けた頭でぼんやりと考える。


 比野の眼はマジだったような気がする。間一髪で危機を回避したようにも思えるけど、なんかヘンだ。

 アタシは、地面に届かない足をふらつかせ、コーヒーを飲んでいる比野を見つめる。

 比野となら良いかなって思っちゃった。


 陽が落ちた帰り道。

 あまり人通りのない道を、二人並んで歩く。あれからなんとなく無言が続いてた。今更、会話しなくても気まずくなるような関係ではない。しかし、アタシから会話を切り出そうとすると喉に言葉が引っかかってしまう。

 

 比野はふわりと溶ける白い息を吐き、相変わらず飄々としている。

 ヤだな。なんか意識しちゃってるの、アタシだけなのかな?


 気がつくと、比野を見送る駅の改札まで戻っていた。内心、もう少しだけ話したかったなと残念がるアタシの一歩前に出た比野は、スカートを靡かせアタシの方へ振り向いた。

 比野が見せた頬は、寒さのせいなのかいつもより紅く染まっていた。


 「今年のクリスマスは制服デートね」


 比野の急な提案に、アタシは思わず笑って応えた。


 「イイねっ!それっ!めっちゃ楽しみ!」


 改札を抜けた比野を見送った後、踵を返すと駅に飾られたイルミネーションがキラキラと点滅していた。



end

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女子高生の聖夜前々々日 怜 一 @Kz01

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