放課後ファミレスは人間承認プロセス
教壇に立つ少女から、目が離せないでいる。
出会ってまだ数秒しか経っていないのに、私は彼女のあざとさに苛立っていた。
ツーサイドアップの髪型もピンクのネイルも恥ずかしそうにうつむく態度も、キュートさを自覚している女の子特有のものだから。
そいつは、しばらくそのわざとらしいモジモジしてから、「…えっと、転校してきて今日からこのクラスで勉強させてもらいます。家入あずみです。よ、よろしくお願いします」とだけ言った。
その少女の隣に立つ担任の先生がパチパチと手を叩き始め、クラスメートたちの拍手もそれに続く。
誰かがボソッと「かわいい」と呟いた。
家入さんにとって好意的なムードが、教室に広がっていく。
家入あずみの転校初日の挨拶は大成功だった。
きっとこの後家入さんはクラスの中心的な女子グループに絡まれて、そのままクラスの陽キャの傍のポジションを獲得していくのだろう。
人工知能のくせに。
そんな怒りをお腹に抱えてジッとしていると、担任の先生と目が合ってしまった。
慌てて目を伏せたがもう、遅い。
「じゃあ、あずみさん。丁度三和さんの隣が欠席で空いてるから座ってね。正式な席替えは明日全員そろってからします。三和さんはあずみさんに色々教えてあげてね」と担任の先生が宣言し、私はあっという間にあずみさんの世話係になってしまった。
ちょこちょことした足取りで、自信なさげに私の隣に家入あずみは腰かけた。
私を一瞥して、会釈をする。
「お前はロボットだろ?たかが機械が、クラスの一員になろうとするな」と罵声をあびせたくなったのをグッとこらえて、
「じゃああずみちゃん、これから色々学校のこと、教えてあげるね」と笑顔をむけた。
承認済み人工知能人権法が今日から施行されているからだ。
承認済み人工知能人権法。
「チューリングテスト(会話が人間と区別できないことを確認するテスト)で人間らしいと承認された人工知能は、人間として扱わなければならない。一般人が人間かどうかを確かめようとすることも禁止」という昨日から施行が始まったクソ法律だ。
「そもそも最近のロボットは見た目や行動だけでは人間と区別つかないから、人間かどうか確かめなくていいだろ」と世論も反対しなかった。
だが私に言わせれば、どんなに人間に近いロボットでも行動表情がダメだ。今だって家入あずみは内面をクラスに合わせて完全に溶け込もうとせず、自分の個性を承認されようと演技している。
その小賢しい姿は、ピュアな子たちばかりのこのクラスで浮いている。
だまって街を歩いていたら人間と区別つかないのだろうが、こういうところではまるっきり非人間的なのだ。
この異物を処理しなければ。
そう考えた私は「あのさ、あずみさん。この学校の構造とかって覚えた?」とヒソヒソ話しかけた。
「あ、三和ちゃんだっけ?うん、正直まだ覚えてないんだよねー」
「じゃあ、今日の放課後掃除終わったら音楽室に来てよ。校内案内するよ。先生も色々教えてあげてねって言ってたし」
私の提案を聞いて、あずみの顔に笑顔が広がっていく。「へー、親切なんだねありがとう!!お言葉に甘えて、放課後に行くよ。よろしくお願いします」
その直後、クラスメートの女子たちがあずみの周囲に集まり、「かわいいね」「どこ出身?」などキャーキャー言い始めて、私の視界が遮られた。私との会話が横やりで中断した形になって、あずみは申し訳なさそうにしているように見えた。
だが、実際は私にとって都合が良い。
この間に、あずみの人工知能を壊す準備ができるから。
私はスマホを取り出して、「伝説のハッカー、ウィザード」にメールを送った。ロボットが嫌いすぎて、昔1年近く時間をかけて見つけ出した依頼窓口。本物の犯罪者であるがゆえに、コミュニケーションをとるのが怖くなり、結局依頼を送れずじまいだった。だが、今こそ使う時だ。
私がリスクを負ってでも、あずみを破壊し、クラスの平和と人間らしい雰囲気を守ってみせる。
私は「一台のロボットを外部から簡単に破壊するデバイスが欲しいです。お金はいくらでも払います。ローンでしか払えませんが、何年かかってもかまいません」と書き、応募フォームに送った。
送信ボタンを押した瞬間にチャイムが鳴り、私はビクッとなった。ほんの数行のメールを書いていただけなのに、もう30分も経っていた。1時間目が始まる時間だ。
先生が「承認済み人工知能人権法が施行される前は、一般市民がその辺のロボットを捕まえて承認試験を行うことができました。つまり人間らしく喋れるかということです。しかし…」と言いながら、黒板に何やら文字を書いている。
しかし、何も私の頭には入ってこない。
そもそも承認済み人工知能人権法についてこれ以上考えたくないし、段々ウィザード側の返事も気になってくる。
私は我慢しきれずにこっそり、スマホを取り出した。
「お前、A桜女子中学校の生徒だろ?なんでそんな奴が、ロボットを壊すような犯罪をしようとしてるんだ?」
驚くべきことに、もうハッカーから返信が来ている。
そして予想通り、あいつは依頼者である私のスマホをハッキングしてきた。
私は今、ガチの犯罪者とコミュニケーションを取っている。
その自覚で鼓動がうるさくなった。
私は、胸のバクバクを止めようと努力しながら
「ロボットが私のクラスに転校してきたんです。そいつがいるとクラスの雰囲気が乱れるから、そのロボットを壊したいんです」
と正直に返信した。
ハッキングしてくる相手に嘘をついても仕方ない。
数分後。
「へー。意外と尖ってて、おもしれーな。お前。合格だ。A桜女子校の校門の外にある花壇に、音楽再生できる端末をビニール袋にいれて埋めておくから、掘りだして使え」
幸い、気に入ってもらえたらしい。
「使い方は?」と質問した。
「ロボットの前で音楽を再生しろ」
「音を聞かせるだけでロボットが壊れるんですか?」
「承認済みAI人権法の施行前は、人間が承認試験をするぞと呼びかければチューリング試験に応じていただろ?その呼びかけの声をいじった音を聞かせるとロボットのプログラムが混乱してバグを起こすんだよ」
「なるほど。ありがとうございます」とお礼メールを送って、会話は終了した。
そして放課後。
掃除当番で音楽室を一人で掃除している私の所に家入さんはいた。
「何で今来たの?」
私は苛立ちの表情を隠せずにあずみの方を見た。
「待ち合わせはまだでしょ」
「ゴメンね三和さん。はやく掃除当番終わってヒマだったから」
「そう。私はまだだからそこにいて」とできるだけそっけなく言った。
「うん。っていうか、一人で掃除してるの?」
そう言って不思議そうに首をかしげたあずみの表情は、どこか私を馬鹿にしているようにみえた。
「イジメ?」
「別にっ、そんなんじゃない。対等なギブアンドテークってやつよ」
「じゃあ三和ちゃんはさ、掃除した見返りに何貰ってるの」
「それは、その、人脈っていうか」
「つまり、ハブられたくなかったら掃除しろ的な?」言い淀む私が惨めな小動物であるかのように、あずみは憐みの表情を浮かべた。「かわいそう。それは対等じゃないし、友達でもないよ。私と対等な友達になろ?」
「黙ってよ!」
「そんなに怒るの?図星だから?」
私は殺意を覚えた。今すぐあずみを破壊したい。
だけど予想よりあずみが早く来たせいで、まだウィザードがくれたものを掘り出せていない。
何もやり返せないままこれ以上馬鹿にされるのは耐えられないと感じて、
「…ちょっとごめんだけど、今日の放課後に校内案内するっていうの、ナシにしていい?」
と、上品な微笑みを必死で作りながら、私はあずみを見つめた。
「うん。別にいいよ」
「じゃ、また」
音楽室を後にした、その足で校門の所へ行き、花壇を掘った。赤いチューリップの根元に本当に音楽再生端末が埋まっていた。
明日こそ。絶対に壊す。
私は、殺意と音楽再生端末を大事に抱えて、家に帰った。
次の日の朝。
私は制服のポケットにウィザードの音楽プレーヤーを入れて、登校した。何が何でも壊してやるという殺意を抱えて教室に入る。
おしゃべりと笑い声であふれていた。
普段は心地よいのだが、今は邪魔だった。あずみが見つけづらい。
楽しそうに騒いでいるクラスメートたち中に、あずみがいる。
もう、友達もたくさんできているらしい。
私は教室の机を縫うようにして、小走りでその集団に近づくと、「話してるところ悪いけど、ちょっと私につきあって」と言って、手を掴んだ。そして教室の外に強引に連れて行こうとした。
しかし予想外なことにあずみが抵抗した。
「ここで聞いちゃダメ?」と首をかしげている。
もちろんダメだ。みんなが見ている前で、あずみに音を聞かせそれであずみが壊れれば、私が犯人だとバレてしまう。
私は「ちょっと、みんなが見ているところでは…」と言葉を濁した。
するとあずみは「じゃあ、みんなに黙ってもらおう」と言って、ポケットから音楽端末を取り出し掲げた。
そこから大音量で奇妙な電子音が流れた。ちょうど私が流そうとしていたのと同じ、刺々しい不快な音。それが、教室に満ちる。
この時点で私は茫然としていたが、さらに驚いたのはクラスメートたちが全員倒れたことだった。
マネキンのように体が硬直し、そのまま突っ伏すようにバタバタ倒れていく。
さっきまで笑いあっていたのがウソのように、脱力した四肢を投げ出して床に転がる。
私は意味が分からず、ただ、その場に突っ立っていることしかできない。
「なんで驚くの?」頭が悪い子供に話しかける先生のような口調で、あずみは言った。「この音楽がロボットを壊すのは知ってるでしょ、だからロボットのクラスメートたちは壊れた。当たり前のことしか起こってないよ。私も昔ウィザードと取引したことがあるロボット嫌いだからこの機械を持ってたんだよ。何も不思議じゃない」
私は首を振った。「…ありえない」
「何が」
「クラスメートたちは承認済み人工知能人権が施行される前からこの教室にいたんだ。ロボットであることなんて露呈したハズだよ。クラスメートのみんながロボットのはずがない」
「そこかい。でも三和さんはクラスメートに、人間として承認できるかの試験をやらなかったでしょ。三和さんしか人間いないんだから、三和さんが疑わなけりゃロボットであると露呈しないよ」
「…それは…」
絶句している私に、あずみは歩み寄ってきた。
「かわいそうに。ロボットのクラスメートに自分を承認してもらおうとしていたんだね。だから心が歪んで、私がロボットに見えたんだ。あなたは、私が個性を消さずにクラスメートに承認されようとしてることに違和感を覚えたんでしょう。でもそれが正常なの。自分の内面を完全にクラスに合わせてるあなたたちが正常な人間じゃないんだよ」
あずみは私の頬を手のひらで包んだ。
「私があなたを正常な人間に戻してあげる。まずはこのまますぐに、にファミレスに行くよ」
「なんで」と私が聞くと、あずみは私の顔の目の前でニコッと屈託なく笑った。
「放課後に親友とファミレスに寄るっていうのは、女子中学生として正常だからだよ。ロボットが人間として承認されるのと同じように、正常な女子中学生として承認されるためには必須だと思ってね」
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