北海道国道40号ばばばばばえおうぃおい~べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ で食べた白い恋人は、別離の味がした

神奈子の初恋相手は私だったという衝撃の事実を知ったのは、大学のゴルフサークルの飲み会からの帰り道だった。

小学生からの幼馴染の結華が、車を持っていない私を家まで送ってくれている途中のことだ。

信号待ちで止まったときに不意に「小学生の時さ。かなこって、晴美に惚れてたんだよ」と教えてきたのだ。

あまりに驚いたので、晴美というのが私のことだということに気づくのに時間がかかったほどだった。

 

飲み会ではいつも通り先輩の自慢話を聞いていただけで、別に小学生時代の話をしていたわけではない。

それなのに、小学生の頃に行方不明になったクラスメートの話をしだすなんて。

あまりにも唐突すぎる。

 

助手席に座っていた私は、思わず結華の横顔を凝視した。

結華はショートカットの髪を耳にかけて、ニッと笑っていた。

面白いことを思いついたときの、結華の癖。

 

考えてみれば、結華が突然変なことを言うのは昔から変わらなかったな。

納得して、私は驚きながらも「なんで今」と聞き返した。

 

「ツイッターで見たこと思い出して」

「ツイッター?」何かかなこと関係あることあっただろうか?

「北海道交通局のツイートだよ」

「あぁあれね。」

 

国土交通省の公式ツイッターアカウントが、1月19日に「通行止めのお知らせ 29日午後4時18分より国道40号ばばばばばえおうぃおい~べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ(9.9km)で通行止を」とツイートしたのだ。

普段は真面目な情報発信をしているアカウントだけに、みな驚いて話題になっていた。

 

「あれがどうかしたの?」

「わからないの?」私の鈍さに、結華は少しいらだった様子で言った。「あのツイートって神奈子ちゃんだよ」

「なんでそう思ったの?」

「だってあのツイートに書いてた29日って神奈子ちゃんの誕生日だし、書いてた道路って神奈子ちゃんがいなくなった場所じゃん」

偶然かもしれないじゃん、と私は思って、「もしそうだとして、あのツイートは何を意味してるの?」と質問した。

 

「もちろん、誕生日祝ってよ、っていう願望でしょ」

笑って答えた結華の表情はどこか暗く、愁いを感じさせた。

「だって神隠しにあって10年誰も誕生日祝ってないわけでしょ」

 

「あの子ってそんなに誕生日にこだわってたっけ?」

私は、結華との会話の重苦しさを変えるべく、どうでもいい質問をした。

 

「昔私が誕生日プレゼントを送ったらキレてたから。こだわり強いのかなって」

「それは、結華が白い恋人を誕生日プレゼントで送ったからでしょ」

「いやでも、かなこって白い恋人好きだったじゃん」

「そりゃ好きだったけどさ。誕生日プレゼントは違うじゃん」

「そのお詫びとして、今日買っておいたんだよね。これ。」と言って、結華はコートのポケットから白い恋人を5個ぐらい取り出した。

 

飲み会が始まる前に、予め買っていたらしい。

何だそれ。準備満タンじゃないか。

 

「はじめから行くつもりだったってこと?」

「うん」結華は申し訳なさそうに頷いた。「ここからだとすぐだからさ。その信号を右に曲がったら、国道40号に入るよ」

「まあ、いいんじゃないの。運転してもらってるわけだし、私は文句言わないよ」

「じゃあ、行かせてもらいます」

 

こうして車は、国道40号に入った。

 

雪はちらほら降ってはいたのだが、道を進むにつれて吹雪が増してきた。助手席から見える視界が白く塗りつぶされていく。

奥に行けば行くほど、車も人もまばらになっていく。

「やっぱ何もないじゃん」

と言おう、と開いた口が固まった。

助手席の窓から、女の子がたっているのが見えたから。

 

「ちょっと止まって!」

思わず叫んでいた。

 

「うわっ。なになに」結華が急ブレーキを踏む。

「少し外出るから、車止めといて。」

「え、ちょっと」

 

私を引き止めようとする結華を無視して、白い恋人を手に取り、車から降りた。

目の前に小学生の女の子が立っている。

結構薄れてしまった記憶をたぐり、思い出す。

 間違いないこの子が、神奈子だ。

 

 

この場所について考える時最初に頭に浮かぶのは、放課後の教室で「みんなでしばれぼっこの所にいこーよ」と駄々をこねる小学生の結華の笑顔だ。

その頃からめんどくさがりだった私は、

「わざわざ遠出して妖怪に会えたとして、何の得があるの?」

と言って、拒否していた。

 

「そんなこと言わないでよ、晴美ぃ。その場所にはね、しばれぼっこっていう妖怪がいるんだって。そしてそいつに自分の好きな人のこと教えると、そいつと死ぬまで続く一生の縁ができるんだって」

「じゃあその縁って何?」

「うーん。なんだろうね…わかった」

素晴らしいアイデアを思い付いたかのような表情を浮かべ、結華は私の方を見て笑う。

「たぶん、結婚できるってことだよ」

 

私はうんざりして、大きなあくびをした。「だったら余計興味ないよ。もっと大人になって結婚に興味がでてから行けばいいし」

 

「いやしばれぼっこと話せるのは子どもだけなんだよ。大人になるとしばれぼっこの声は鈴の音に聞こえてしまうから、会話が成立しないんだって」

「そもそもそんなに遠くまで行くのが面倒」

「そんな冷たいこと言わないでよぉ」見捨てないでくれと言わんばかりの顔で結華はゴネた。「バス代払うからさぁ。かなこと私だけだと、心細いよー。」

 

私は驚きのあまり、目を見開いた。「え!かなこ行くの?」

 

私の驚愕の声に、「うーん。面白そうだなって思ったから」と、机に突っ伏して寝ている神奈子が寝言で応じる。ずっと眠っていたせいで、放課後になってることに気づいていなかったらしい。

寝癖だらけの髪をかきながらもそっと起き上がる。

 

神奈子は、授業中も大抵眠っているような、のんびりした子だ。休み時間など、私に子守歌をせがんでくる。もう小学5年生なのに、だ。

 

そんな精神的に幼い神奈子と、冒険心を満たすためなら危険に飛び込む結華が、遠出して妖怪に会いに行く?冗談じゃない。

 

「ね。不安でしょ?私と神奈子だよ?」と、私の心を見透かした結華がニッと笑う。

「もうわかったよ。ついていくだけついていくから、縁結びは勝手にしてよ」

「ありがとう」

結華がバンザイをして喜んでいると、浩司と友恵が「なになに。縁結びって聞こえたんだけど」と首を突っ込んできた。

 

2人は、クラスでおそらく唯一のカップルだ。小学生で付き合うというのは、大人っぽくなりたいという気持ちがなせるわざで、そんな二人にとって「死ぬまでの縁」という言葉は次のステップとして魅力的に聞こえたらしかった。

 

「うん、今から3人でとっておきの縁結びスポットに行こうと思って」

結華の説明に、友恵の表情がパッと明るくなる。自分たちも行きたいというハイテンションな声で、結華に頼んだ。

「じゃあ私たちも一緒にいっていい?」

「いいねぇ行こう行こう」

結華と友恵と浩司が盛り上がっていたせいで、私は「友恵と浩司が行くんだったら、私は行かなくてもよくない?」と言うことができないのだった。

 

バスにみんなで乗り、目的地を目指した。クラスメートと遠出をするというのは、遠足に近い感覚があり、結構楽しかった、ように思う。 

 

「さて、着いたね。あとはこのあぜ道を進むだけ。じゃあ、どうぞどうぞ。」とバスから降りるや否や、結華は色々まくしたてた。

「いや、なんでだよ」私は思わず不機嫌な顔になった。いらつきながら尋ねる。「今までさんざん私たちをひっぱってきたくせに、ここで先頭をゆずるな。縁結びのパワースポットなんでしょ。」

「いや、でも妖怪は妖怪だからさ。こわいじゃん」


「じゃあ、私たちが一番最初に行くよ。」と手をあげたのは浩司だった。

結華の表情がぱっと明るくなった。「そう?じゃあお願いします」

 

結華をはじめ、みんな少し怖くなってはきていたが、それでもまだ遠足気分は続いていた。


先頭を歩いていた友恵と浩司が立ち止まるまでは。

 

「ねぇ、なんで止まるの。ねえって、え…」

2人に声をかけながら近づいて、2人の顔を見た途端、眼を見開いて動かなくなるかなこ。

その表情には、大きな恐怖がうかがわれて、私まで足がすくんだ。かなこが何を見たのか。二人がどうなっているのか。

とてつもなく、おぞましい事が目の前で起こっている予感がした。

確認したくない。怖い。

 

だが、結華は、私ほど恐怖に対する本能が薄かったらしい。あっさりと、2人に近づいていく。そうなると今度は私だけが一人で後ろに立っている状態になってしまう。

私もしぶしぶ結華の後ろをついて歩いた。

 

 

「また、三人で私をからかってるの?もう、いい加減に」

そして、私と結華の二人も見てしまった。

友恵と浩司の顔が全く同じになっていたのを。

お面のように無表情な、色白の幼稚園児の少女だった。

身長も、服も、後ろ姿も友恵と浩司なのに顔だけが違う。

それはまるで、首から上を引きちぎって少女の首を乗せたようにも見える。

 

 

突然、少女の口から、「ばばばばばえおうぃおい~べべべべべべべべべえべえええべえべべべえねえねえ。遊ぼ遊ぼ」という前半意味不明な声が飛びだした。

 

「何だよぉ、お前ら。遊ばねえよぉ」と結華が、必死に反論する。

「ここにいたらそのうちヒマになって、私たちと遊ぶようになるよ」

神奈子の目から涙が流れた。「出してよ。帰りたいよ」

「私たちは何もしてないよ」しばれぼっこは、笑顔を崩さない。「お前たちが勝手に入ってきたんだよ。私たちはお前らを保護してる。加害者みたいに言わないでよ」

 

「うおー。おおお」と叫び、結華ががむしゃらに周囲の雪の壁を掘っていた。

その判断は、おそらく正しい。しばれぼっこに命乞いしても無駄だろうと感じる。

だから私もしばれぼっこを無視して、周囲の雪を必死で掘り始めた。

 

 

「言っとくけど、ここから逃げたら体に大きなダメージが入るよ」

「結局、しばれぼっこが脅してるじゃん」

「フフフフフ。」

しばれぼっこは、私の突っ込みに少し笑っていたようだった。


気がつくと、普通に道に立っていた。自分たちの背丈よりも高く積もっていた雪も、全く存在しない。下に視線を向けると、地面には数センチだけ雪が積もっている。それをみて自分たちは異界にいたんだと実感している時、ふいに白い雪に赤い液体が垂れた。

イチゴシロップをたっぷりかけたかき氷みたいになる。

自分の鼻血だとわかるのに時間がかかった。

 

ここにきて、しばれぼっこたちの「ここから出ようとすると体にダメージが入るよ」という言葉を思い出した。

息が苦しくなってくる。

もう死ぬのかなと思った時、背後から「おーい!」という呼び声が聞こえてきた。

 

振り返ると、2人がぐったりした結華を抱えている。

2人は「結華とが、いきなりどっかいってびっくりしたよ。救急車よんだからね」と言いながら、私の所に走ってきてくれた。

その言葉を聞いて、私は「よかった、これで4とも無事だ」と思い、気を失った。

 

 

 

 

その後は、私と結華は病院で目覚めた。ずっと生死の境をさまよっていたという。

医者曰く、50%くらいの確率でしんでいただろうとのことだった。

あの世界から出ようとすると体に大ダメージが入るといったしばれぼっこは正しかった。

 

しかし、私と結華はまだいい。問題は、神奈子だった。だれも覚えていない。

そもそも私ですら倒れる直前「4人いる。これで全員無事だな」と思ってしまったのだから。

私と結華だけが、しばれぼっこにとってのイレギュラーとなり、神奈子の記憶を保持できていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして10年たち、今。

目の前に、神奈子がいる。あの時と同じ、小学5年生の姿で。

やはり、しばれぼっこの空間は現世と時間の流れが違う。

私は、おそるおそる神奈子に近づき、触れようとした。

 

しかし、見えない壁に拒まれた。

私が驚いていると、神奈子がうっすら目を開けた。

私は慌てて、持ってきた白い恋人を神奈子に向かって投げた。

神奈子は寝ぼけているらしく、特に何のリアクションもなく、寝転がったままで白い恋人を拾った。

うっすらとしか開いていない寝ぼけ眼で、包装紙をとって、パクパク口に入れる。

 

3個ぐらい口に入れたところで、神奈子はうつらうつらし始めた。

少しおやつを食べると、すぐに眠くなる。

神奈子の特徴だ。

さいごの仕上げとして私は、子守歌を歌い始めた。

小学生の時以来でブランクがエグイので、歌えるか不安だったが、神奈子の前では勝手に歌えた。


 

子守歌を歌いながら、思い出す。

あのしばれぼっことの邂逅の、6年後に、浩司と友恵が死んでいたことを。

小学校から大学までいっしょの結華とは違い、2人は高校を別の所にいったので、結華は知らなかったのだろう。

そして、問題なのはその死に方だった。

浩司の方は、不審な点はなかった。信号無視のバイクによる不幸な事故死。問題は、友恵の方だ。彼女は、いきなり心停止したのだという。

高校生という若さであり得ない話だ。そしてその死んだ時刻が、数秒のずれもなく、浩司が死んだ時刻と一致していたのだった。


2人は心中したのかと最初は疑った。でも2人とも自分の死のタイミングを調節した形跡がない。そもそも2人の付き合いは、大人っぽさに憧れた小学生の遊びであり、中学生の頃には解消していた。

そうして私は、私だけは気づいたのだ。

 

――しばれぼっこが結ぶ「死ぬまで続く縁」とは、「死が結び付けられえた縁だから、死んだ後でその縁は解消される」という意味なのだ、と。


そうなると問題になってくるのが、神奈子が私のことが好きでしばれぼっこに縁結びを頼んだ可能性があることだ。

そうすると、神奈子がしばれぼっこの空間から出ようとすると、神奈子の体に大ダメージが入る。それで50%の確率で死ぬ。そして神奈子が私と縁結びしていたら、私も死ぬのだ。

そんなのはごめんだった。

だから私は、神奈子が神隠し空間から帰らないようにしなければならない。そのためには、神奈子には二度寝してもらう。


結果的に、白い恋人と子守歌が役に立ったらしい。見ると、神奈子はしっかり眠っていた。よかった。

ほっと胸をなでおろし、私は車に戻った。


「もー、どこいってたのよ。晴美。心配したんだから」と結華が怒っている。

でも、そんなこと言っておきながら、結華は車から全く下りていない。

当然だ。友人や淡い恋心のために、自分の身の危険にさらすことなどしないから。

そう考えることが大人になるということだ。



結華が車を発進させた。神奈子が遠ざかっていく。

その時、何か声を聴いたきがした。

もう一度聞いた時には、その声は鈴が鳴る音にしか聞こえなくなっていた。

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