1.2.3:インディゴ・スイート
エンヴレンは左肩からタックルを仕掛けるが、ゴブリンはそれを難なく後ろに飛び退いてかわした。
アリルは機体をなんとか転ばないように制御するが、今度はそこにゴブリンが小馬鹿にするようにタックルを仕掛け、エンヴレンはそれをもろに食らってしまい、ゴブリン諸共地響きを立てながら、転がるように倒れこんだ。
そのまま馬乗りになったゴブリンが両腕を振り回し、エンヴレンの顔や胸を激しく乱打する。
コクピットの中も激しく揺れ、前面モニターにもヒビが入り始める。
その状況にアリルは恐怖を抱きつつも、必死でそれを抑え込み、自分を奮い起こした。
「な、め、る、なーー!」
アリルは絶叫し、ありったけの力で機体を跳ね起こし、そのまま形勢逆転。今度はエンヴレンがゴブリンに馬乗りになる形になった。
そのまま左前腕で敵を抑え込み、全重量をそこにかける。
ゴブリンの胸がミシミシと軋む音を立てる。見た目は痩身の素体とはいえ、ゴブリンの二倍近い大きさの金属の塊だ。その重量は、今エンヴレンが使える唯一の有効な武器と言っていい。アリルは全力でそれを有効活用する。
「このまま潰れろ!」
しかし、ゴブリンもただ大人しく諦めるはずもない。
必死で両手足をバタつかせ、その左腕でエンヴレンの動かない右腕を掴み、馬鹿力で引っ張り始めた。
アリルの右側で、コクピットの壁面ごしに金属の軋む悲鳴が響く。
そのまま二体は我慢比べを続けたが、やがて先にエンヴレンの右肩が限界を迎えた。
アリルの右側で、鈍い音に続き、大小様々な金属がねじ切れ、ぶつかり合う音が響く。
「よくもやったな!」
アリルの怒りに怯んだように、続いてゴブリンの胸も限界を迎え、潰れた。
ゴブリンが苦しむように手足を勢いよく暴れさせるが、アリルは決して逃がすことなく、抑え込んだままにする。
そのまま潰れたゴブリンの胸へと、エンヴレンの左手を連続して叩きこむ。
しばらく無我夢中で拳を振り続け、気付いた時にはゴブリンが動きをしなくなっていた。
アリルが機体を止め、勝利に喜びの声を上げようとしたとき、その耳にユウラの絶叫が響いた。
ゴブリンの潰れた胸の奥から、光がこぼれる。
「アリル! 逃げろ! そいつ、爆発するぞ!」
アリルは舌打ちをし、姿勢も方向も考えず、とにかく全力で機体をその場から弾き飛ばした。
直後、閃光が迸り、猛烈な衝撃が襲いかかった。
「俺、言ったよな?」
ボロボロのエンヴレンを見上げながら、ユウラが泣きそうな顔で、非難するように言った。
右腕を失い、胸の装甲もひび割れ、頭部のセンサー群も爆風で全滅。全身、ズタボロの痛々しいエンヴレンの姿。
「俺、絶対に、傷をつけるな、って言ったよな。どうすんだよ、これ……!」
しばらくは申し訳なさそうにしていたアリルも、ユウラの執拗な非難に開き直るように声を荒げた。
「仕方ないじゃん。僕だって一生懸命やるだけやったんだよ。敵だってちゃんと倒せたし」
「時間稼ぎだけで良いって言っただろ。何で全力でプロレスやってんだよ。結果がこれじゃあ、努力なんてしなかったも同然だろ。話になんねーよ」
「うっわー、腹立つ! じゃあ自分でやれば良かったんだ。やれるもんならさ!」
二人の身も蓋もない応酬は、それからもしばらく続いた。
「……じゃあ、お前は何か? 不良品でも掴まされてきたってことか?」
ガラス整備長が、ボロボロのエンヴレンを前に、無表情でユウラに訊く。
「い、いやぁ~……。そういう、わけでは……」
ユウラは必死で縮こまり、ガラスと目を合わせず、とぼけた薄笑いを浮かべながら答える。
「だよなー? まさか、まさか、天下のズィアット社が、こんな状態の機械を納品するわけ、ないもんなー」
「で、ですよねー……」
「じゃあ、こいつはなーんで、こんな悲惨なありさまなんだろうなー」
「な、なんでですかねー?」
「……」
「……」
「……お前、どうすればいいか、分かってるよな?」
ユウラはもう、観念するしかなかった。
「……はい、明日までに、直しときます」
「おーおー、そいつは大変だ。じゃあ、俺は先帰るから。明日、遅刻しないといいな」
「はい」
ガラスはそう言って去ろうとしたが、少し歩いてから振り返り、一言付け足した。
「あ、手当なんて、つかねーからな」
「分かってますよ! もう!」
司令官執務室に、ジェリス指令がペンで机を叩く音が静かにコツコツと響く。
「まあ仕方ない、というか、むしろよくやったと、俺は思うよ」
アリルは直立不動で、それを黙って聞いている。
「いずれにせよ、これは偶発的な事故であり、正規のミッションじゃない。記録には事故としてすら何も残らない。というか、残さないというか、残せないというか、まあ、色々あるというか。とにかく、気にするな、という言い方はおかしいが、別に気に病む必要もない。司令官としての評価ではなく、非公式な俺の個人的意見だが、お前はよくやったと思う、というのは改めて言っておく」
そこまで言い終え、ジェリスはアリルの目を見据える。
その瞳の奥で何を考えているのかは、読み取れない。
「以上。退室していいぞ」
「はい。失礼します」
アリルの去り際、ジェリスはそれを呼び止めて言った。
「もう一つだけ」
「なんでしょう?」
「ミッション・エンジンなんてのは、単なる機械だ。壊しても直せばいい。でも、ミショニストは、お前はそうはいかない。壊れたら替えはきかない。自重しろ」
「それだけ、ですか?」
「それだけだ」
「了解しました。失礼します」
アリルは去った。
ジェリスはいつものように、ため息をついた。
自室への帰り道、廊下の外の月明りをぼんやりと眺めていたアリルは、格納庫の灯りが点いているのに気づいた。
「ひぃっ!」
突然の首筋の冷たさに、ユウラが小さな叫び声を上げた。
咄嗟に振り返ると、缶コーヒーを差し出すアリルの姿があった。
「お前かよ、なんだよ」
「へへ。この間の仕返し。で、ついでにお返し」
アリルはもう一度コーヒーを差し出し、ユウラはそれを受け取って、一口呷った。
「すごいんだね。もう直しちゃったんだ」
アリルが、整備台に直立するエンヴレンを見て言った。
その巨体は、十分に元通りと言っていい状態だった。
「別に。壊れたとこをユニットごととっかえただけだよ。プラモ作るより簡単さ。」
「ふーん」
流石にそれほど簡単なわけはないだろうとは思うものの、具体的なことはよく分からないため、アリルは曖昧な返事を返す。
「まあでも、これで早々に予備パーツは使っちまったからな。補充が来るまでは、訓練でももう無茶なことして壊すなよ」
「うん。分かってる。……なんか、ごめんね」
アリルの突然の謝罪に、ユウラはきょとんとした顔を見せる。
「何が?」
「なんか、無茶苦茶やって、迷惑かけちゃって」
ユウラはコーヒーをもう一口すすってから、なんでもないような声で答えた。
「俺だって的確な指示を飛ばせなかった。もっと冷静であるべきだった。セコンド失格、だな」
それからユウラは、コーヒーの残りを一気に飲み干し、続けた。
「……なあ、アリル。俺たちはバラバラじゃ駄目なんだ」
「え?」
「俺と、お前と、こいつ、エンヴレン。全部まとめて、ひとつながりのインディゴ・スイートなんだ。俺たちは、もっと上手いやり方を見つけていかなけりゃいけない」
アリルはエンヴレンを見上げ、しばらくしてから、黙って頷いた。
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