1.2.1:エンヴレン


 アリルの突進をかわし、レーンはそのままの流れで振り返りつつ、アリルへと魔法による火球を連射する。


 アリルはすぐさまそれに反応。周囲のフィールドに干渉し、エーテルに対する斥力防壁を張り、火球を真っ向から受け止めつつ再び突進。

 しかしながら防壁越しとはいえ、アリルの未熟な魔力では完全に無効化できているわけではなく、服のあちこちが焦げている。おそらく中の肉体にも多少のダメージがいっているはずだが、アリルは怯まずレーンに向かって突き進む。


 あと数メートル、というところまで接近し、急停止。アリルはこれ見よがしに、その右足に重心を預けた。


「フェイントをかけるつもり、なんだろうが」


 レーンは小さく呟きながら、模擬刀を左に構える。


 その視界の中で、相対するレーンから見て右側に跳んだアリルの体が急に消える。

 レーンはその動きを目では追えないが、頭では十分に予測ができた。

 筋力により右側に跳ねた体を、魔法で無理やり猛烈な勢いで逆側に突き飛ばしたんだろう。魔法で肉体を強化し、慣性も多少は抑えているとはいえ、それでもかなりの負荷がかかったはずだ。


 何度注意しても、この無謀で我が身を顧みない戦い方は変わらない。

 それを分からせてやるためにも、レーンは模擬刀を一気に自身の左前方に振り下ろす。


「あいたー!」


 鈍い手応えのあと、アリルの叫びが響く。


「相変わらず動きが一本調子な上に直線的すぎる。もっと頭を使え。それに攻撃にばかり頭がいきすぎて、防御が疎かになりすぎだ。バランスを考えろ」


 アリルは頭を押さえ、あまりの痛みにその場をのたうち回っている。

 それを気にせず、レーンは続ける。


「とりあえず今日はこんなとこだ。反省点と改善案をまとめて、今日中に出せ。いいな。聞こえてるな?」


 アリルはうずくまったまま、小さく漏れるような声で答えた。


「あ、あい……。ありがとう、ございまひた」





「どう? 良い感じに成長してるでしょ、アリル。ファインのご意見は?」


 その様子を遠巻きに見ていたカノンが、傍らの男に向かって言う。

 筋肉の付いていない、細い体の男は、どうでもよさそうな声でそれに答えた。


「良いんじゃない? ド素人から一か月でこれは大したもんだ。まあ、レーンの言うように、もうちょっと自分を大事にした方が良いとは思うけど。あの向こう見ずな思いきりの良さは諸刃の剣だね。強力な武器にもなるだろうけど、危険でもある。あの子だけじゃなく、周りにも危険が及びかねない。さっさと矯正した方がいい」


 言い終えると、男はひとつ大きな欠伸をし、その場を離れ、歩き出した。


「じゃ、俺部屋戻って寝るから」


 カノンは呆れたように、その背中に向かって言う。


「たまにはあんたもトレーニングしてったら?」


「俺はいいの。そんなのしなくても。天才だから」


「はいはい。まったく……」


 カノンは溜め息をつきつつ、その背中を見つめる。


 ファイン・オーレス。赤のミショニスト。

 普段は適当で、いいかげんで、ずぼらで、やる気のかけらもない男。

 それでも戦闘では存分に活躍し、仲間へのフォローや指示も的確にこなす。名実ともにミショニストのリーダー。


「ま、あれはあれで、あの人なりのペース配分なんだろうけど」


 言いながらカノンはアリルの方へと向き直る。まだ痛みがあるらしく、ゴロゴロとのたうちまわっている。


「あの子もなー。自分を大事にしない戦い方、ってのもそうだけど、なんか今一歩壁があるんだよなぁ」


 この一か月で大分アリルとは打ち解けられたとは思う。

 けれどその一方で、ある一定以上は踏み込めない壁も感じる。

 完全に心を開ききってくれているわけではない感覚。


「まあまだ一か月だしな。これから、か」


 カノンはひとつ大きく息をつき、アリルへと駆け寄っていった。


「よっしゃ、休憩だ。お昼にするぞー」




 

「あの嬢ちゃん、大分サマになってきたじゃないか」


 運動場のアリル達の様子を、反対側の整備格納庫から観察していた作業着の男が言う。


「まあ、もう一か月ですしね」


 同じく傍らでアリルの様子を見ていたユウラが答える。


「お前は一か月経ってもまるで成長しないがな」


 男が豪快に笑う。


「よしてくださいよ、オヤジさん」


 ユウラは男にへりくだって言った。


 ガラス・ドネス。

 ミッション・エンジン全機の統括整備班長。

 各ミッション・スイートとは独立した別チームのため、ユウラとの間に直接の上下関係があるわけではないが、担当するエンジンの全てを常に把握しておかなければいけないセコンドにとって、建前はどうあれ、彼の存在は実際的には上司であり、師匠そのものだった。


「俺だって精一杯頑張ってるんだから」


「冗談だよ」


 ユウラが拗ねたように言うと、ガラスはその肩を叩きながら軽く言った。





「あ、そうだ」


 ガラスは突然思い出したように声を上げ、ユウラに向かって言った。


「エンヴレン、完成したってよ」


 それを聞いた瞬間、ユウラの顔がぱっと明るくなる。


「やっとですか!」


「で、だ。お前、ちょっくら受領しにお使い、行ってこい」


 少し間を置き、ユウラの顔が今度はさっ、と曇る。


「それ、俺の、セコンドの、仕事、なんですか?」


 ユウラが疑わし気な視線を送るが、ガラスはそんなのはまったく気にする素振りを見せずに続ける。


「ズィアットの皆々様も忙しいだろうしな。まあ、それぐらいの面倒はこっちで被ろうってことさ。持ちつ持たれつ。情けは人のためならず。売れる恩は売れるときに売れるだけ売っておく。それに、どうせお前、暇だろ」


 最後の言葉に、ユウラが少し考えた様子をみせ、それからとぼけるように答えた。


「い、いや~。俺、色々とやることが……」


「そうか。そいつは大変だな。帰ってからやれ」


 つまらない嘘などお見通しだ、と言わんばかりの有無を言わさない語気。


「……手当とかって、出ますかね?」


「さあな」


 それ以上、ユウラは言葉が出てこなかった。





「エンヴレンを受領しに、ですか?」


 司令官執務室に出頭を命じられたアリルは、そこで指令を告げられた。

 メーカーの工房へ赴き、完成した自身のエンジンを受領してこい。


「ああ。このご時世、手出しをする馬鹿はいないだろうが、曲がりなりにも金を湯水のように注ぎ込んで開発された最先端技術の結晶だ。一応、形だけでも護衛はつける必要がある。その点、一騎当千の魔導士は適任だ。能力は折り紙付き、コストを抑えて、小回りも利く」


「はあ……」


「なにより、自分専用のエンジンなんだしな。それに、どうせ暇だろ?」


「暇です」


 アリルはジェリス指令の目をまっすぐに見つめ、間髪入れずにはっきりと答えた。


「気持ち良く言い切るね」


 ジェリスは苦笑するしかない。


「ま、遠足気分で行ってくればいいさ」





 それから数日して所定の日時が訪れ、アリルとユウラはズィアット社を訪問していた。


「開けますよー。下がってくださーい」


 ズィアット社の担当の者が二人にそう告げ、エンジン専用輸送車両、ラエダの後部コンテナを開放した。

 その中から、上半身を軽く起こした姿勢で寝そべる巨人がゆっくりと姿を現す。

 それを、アリルが目を輝かせながら見守る。


「これが、僕のエンジン……。エンヴレン!」


 外装はほぼ純白。関節部は黒く、左肩の一部だけが藍色に塗装されている。

 また、この状態は拡張装甲を着けていない基本素体のみのため、色も形状も極めて質素で、あまり特徴的とは言えない。


「なーに初めて対面しました、って面してんだよ。何度か、もう見てるはずだろ?」


 エンヴレンとの対面に感動しているアリルに、ユウラが水を差す。


「えー。だって、これまでは中身むき出しの作りかけしか見たことなかったし。こうして完成したのを見ると、やっぱ感動だよ」


「ふーん、そんなもんかね」


 言いながら、ユウラは手元の資料をペラペラとめくる。

 GME-I1.0 ENVREN。

 インディゴ・スイートのミッション・エンジン。

 通例、エンジンは各ミショニストの特性に合わせて、基本コンセプトからすべて、完全な専用機として開発が行われる。

 しかし、このエンヴレンの場合は肝心のアリルの能力が完全に未知数のため、設計作業が大いに難航。結局は基本素体と拡張装甲のセパレート構成を前提とし、初期仕様として無難に汎用性の高い暫定標準装備を用意。実戦を通じてアリルの特性の解析を進めた上で、改めて素体の調整及び拡張装甲の挿げ替えにより、真のアリル専用機へとアップグレードする、という何とも遠回りな開発過程を辿っている最中だった。


「ま、その辺考えると、恩を売る、っていうより、無理難題聞いてもらってる恩返し、なのかな」


 続けて、資料のページを次々にめくる。


「拡張装甲はもうしばらくかかる、と。今回は基本素体だけ。でもまあ、アリルも実戦投入はまだ先だろうし、実機で訓練ができるようになるだけでも進展か」


 そう呟くと、ユウラは資料をまとめ、担当者との受領の最終確認に入った。


「おいアリル。すぐ終わるから、先にコンテナに入って、蓋閉じてろ」


 アリルが言われた通りにするのを見つつ、さっさと確認を済ませ、ユウラもラエダの運転席へと上がった。




 

 運転席の中は、存外に狭かった。


 この空間は車体の制御のみならず、ミッション中はちょっとした簡易前線指令所のような役目も果たす。シートの周りにもそのための機器がびっしりと並び、そこは結構な圧迫感に包まれていた。


「シートのクッションぐらいは、もう少し柔らかい方が良かったな」


 ユウラはそうぼやきつつ、動力機関と思考機関をスタート。車体が命を吹き込まれ、振動を始める。少し遅れてシートの周りのモニター群にも灯りが点き、その一つにコンテナ内で簡易座席に座り、ベルトを装着するアリルの姿が映し出されていた。ユウラはその映像を眺めつつ、車体制御システムのチェックを済ませる。


「よーし、それじゃ、出すぞ」


 ユウラはコンテナ内のスピーカーを通じてアリルに告げると、挨拶代わりにクラクションで担当者に合図をし、アクセルペダルに掛けた右足に力を込めた。

 巨大な車体がゆっくりと動き出す。

 車体後部の光学センサーと連動したモニターには、離れた位置にいる担当者が片手を振って挨拶を返してくれているのが見えた。




 

 それから数時間、ラエダは何もない郊外の直線道路をただひたすらに走っていた。


 何もない一本道。二車線の道路の他には、本当に何もない草原を何時間も突っ走る。

 人の気配どころか、動物の影すらも全く見ないので、ユウラはとっくの昔にハンドルを自動運転に預けていた。

 しかし、それでも流石に居眠りをするわけにはいかず、狭いシートの中で小さく身をよじり、大きく欠伸をする。

 最初の内はアリルと会話をして気を紛らわせていたが、それもとっくに話題が尽きていた。


 手持無沙汰で地図を確認する。基地まではまだしばらくかかる。

 ユウラはまた欠伸をした。


「これ、本当に俺が来なきゃいけない仕事だったのかよ……」


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