PREDICTION
律水 信音
prologue
暑い夏がやってきた。
妹は私よりも早く夏休みに入るようで、学校から大量の荷物をランドセルにしまいこんで帰ってきた。だが、追い打ちをかけるように妹は学校で育てている朝顔の鉢植えごと両手で抱えていた。後で親に取りに行ってもらえばいいのに・・・。
小学一年生のパワフルな妹に呆れながらも微笑していると、玄関の外に朝顔を延々と続く暑さを作り出す太陽によく見えるよう置き、私に向き直るとにかっと笑い元気よく「ただいま!」と言った。
おかえりの一言と共に、私と正反対のその表情は少し羨ましく感じていたが、それよりも興味・・・というよりは懐かしさを思い起こさせたのは太陽に真っ向勝負を挑むかのように開花した朝顔の方だった。この花を見るたびに私は、とある空想を脳内メモリの回想をしながら果てのない妄想劇へと駆り出すのだ。
それは、記憶の改竄であり、可能性への陶酔である。
時に私は五歳児に戻りたいなぁと思う。きっと誰もが一度は「昔に戻りたい・・・」と口に出さなかったとしても、叶わずとも期待をこめて考えたはずだ。
人によって、戻りたい時期が異なるだろう。
大学時代に戻って人生の夏休みを堪能したいとか、高校時代に戻ってもう一度受験勉強に取り組み有名大学に合格してやろうとか、中学時代に戻って青春を謳歌したいだとか、小学生に戻って毎日呑気に過ごしたいとか。
学業、恋愛、スポーツなどなど、もう一度セーブポイントからやり直してみたいという発想は人間誰しも持ち合わせていると私は思う。
ではなぜ私は五歳児に戻りたいのか?今こそ日本国民に教えましょう。
絶対音感が欲しい。それだけ。
特定の年齢で音楽の指導を受けることで出来るような、そんな事をどっかのバラエティで紹介していた気がするが、とにかく私の中に微かに残る中二病がそう囁いていた。
仮に絶対音感を得られたとして、デメリットも存在する。
まず、過去に戻る時点でデメリットは少なからず発生してしまう。一番厄介なのが黒歴史の復活だ。これはもう災厄といっていい。それを変えるために戻ったとしても、運命の集束により同じ結果になる可能性もある。そうなると一度経験した苦い思いを再び味わうことになる。地獄だ。
では私の場合を考えてみよう。戻る時間が長ければ長いほど、良いこともあれば辛いこともある。
五歳ともなると、乳歯が永久歯に生え変わることにより歯医者への通院が余儀なくされる。小学生になれば今現在の私の記憶を保持している事を前提とすると、活発かつ純粋無垢な同級生たちとの再会となるわけだ。十六歳では回りの感性や行動についていけないだろう。
まぁ、そんなこんなで面倒くさくなるのは目に見えているので、ここらへんでいつも妄想をやめてしまう。・・・というのは嘘で僅かだが続きがある。
小学校が嫌いだったわけではないが、別段残っている記憶もない。
あ、いや少しくらいはあるかな。点々としてはいるが、どうでもいいことに限って覚えていたりする。
ここまでが妄想の一環である。そして朝顔の記憶が蘇るのだ。
残っている記憶その一、親が書いた読書感想文が最優秀賞を取ってしまったこと。
夏休みが明けた後は、書いた記憶のない感想文の修正やら清書やらを担任に押し付けられ、休み時間がきれいになくなってしまった。
記憶その二、防犯ブザーにめっちゃ興奮したこと。
なんかかっこいい、それだけ。でもすげー優越感があった。戦隊ものの見過ぎだったんだろうか。
記憶その三、これが最後。これが本題。それは朝顔が枯れたこと。
毎日水をやっていたにも関わらず、あの野郎枯れやがった。おかげで観察日記がなくなってよかったが、一人だけ自分の朝顔がないことに、子供ながら自分は周囲から浮いていると感じていた。
しかし、きゅうりの苗を植えたときは異常なまでの成長ぶりを見せた。
朝顔が生まれ変わり心機一転して成長したかと思うほど、ずば抜けて大きくなった。それはそれで浮いてしまっていた私であったが、立派なきゅうりに育ったことに感動していた。
漬物にしたんだったかな・・・・・・?
長い回想を経て私は朝顔を一瞥し、妹に手を洗うよう言い聞かせてから自室に戻った。
今日は期末テスト最終日で早めに学校が終わったのもあり、クーラーのない部屋の暑さをかき消すよう、窓を全開し空調できるような配置に扇風機を置いて涼んでいた。
早く夏休みにならないかなぁ・・・。
憂鬱そうに氷菓子を食べながら、夏休みの課題のことを考えないようにして長期休暇の計画を練る。
・・・とくになんもないよなぁ。音楽でも始めてみるか・・・?絶対音感はなくとも鍛えれば相対音感なるものが手に入るかもしれない。純粋に音楽は聞かない日はないくらい好きだし、やってみる価値はあるな。
この時は私の夏休み至上、最高にめんどい課題が高らかに声を上げ両手を広げて待ち構えていることなど想像できるはずもなかった。
ふと、背筋に寒気を感じた私はぴんと背筋を伸ばすが悪寒ではなく氷菓子が冷たいせいだ、などと心だけでなく暑さで第六感もたるんでいるようだった。
――――まさか、世界樹を育てることになるとは思っていなかった。
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