第31話 戦闘 4



 ドルギージスは、見つめていた。

 宙を回転し散らばる薬莢やっきょうとグリーンの魔法装衣マジカルドレスの少女を。

 あそこまで派手に飛び跳ねると髪量も豊かに見える。

 髪も宙に流しながら回転しているから、そう見えただけなのかもしれないが。

 長い脚を太陽に向けて伸ばし、地面に連射を繰り返す。



 戦いに挑む少女の瞳が、魔怪獣の猟犬に向くことはない。

 豆粒としか見えず―――流石に距離が離れすぎている。

 ドルギージスは今回、なんとしても交戦を避ける。

 魔法少女。

 魔怪人の恐るべき敵。

 そして。


「報告にない奴か……」


 ピュアグラトニーではない、また新手あらて

 そんな相手に考えなしの前情報なしで挑むことは避けたい。

 手の内はさらさない。

 視界ギリギリ、おもに嗅覚で情報を得ようと風下は抑えているのみだ。

 砂浜ではぽつぽつと細い木しか阻害物はない。

 顔を見ようと近づけば撃たれるだろうか。


 もっとも、撃たれるタイミングは掴みつつある。

 また一体、弾丸が貫いて紫のスパークが起きる。



 ドルギージスは観察を続ける。


 なるほど、確かに強い、多少鱗がある程度では一方的にハチの巣にされる。



 視線を忙しく動かしている、首を

 魔法商事。よ。

 その足場には、足元には二人の人間

 空気が弾かれて衝撃が、警官の服を叩く。

 人質のような扱いだ---幼女共々、動けない。


「人間を……!」

 

 守りながら。

 それであの煮え切らない戦い方を。

 


 はっ。馬鹿な女だ。

 つまりは全力で戦っていないということ―――それが猟犬を苛立たせた。

 だが、あそこで釘付けになっていれば手の内を観察しやすくは……あるか。

 

 蟹の隊長トゥラベクは倒した。

 今あの少女を囲んでいるのは、ほぼ無傷の隊。

 ヤドカリ型魔怪獣、グリイデの軍勢。





 ★★★



 しめしめと、グリイデは思った。

 トゥラベクがあっさりとやられたのを見た時は肝を冷やしたが、あの魔法少女、弱い……?

 いや、あの様子。

 人間を守ろうとしているのか。

 移動に制限がかけられているのだ。

 せわしなく周囲を見回し、次々と銃を使う。

 本気で俺たちを全滅させようという意思に欠ける。



 えて俺は、―――走る!


 木の根のような形状の甲殻足が、一斉に砂を蹴る。

 鋭く突きさすような歩法だ。

 今しがた、二体を吹っ飛ばしたグリーンの少女がこちらに向いて銃を構える。

 引き金を引く素振り。


 殻の先端、尖った先を奴に向けて、走っていく。


 ギィン―――背中に軽い衝撃があったが、痛みはない。

 殻で跳弾させた。

 斜めに弾かれ、空へと飛んで行った銃弾。



 狙い通りだ。

 損失、危険、承知の上。

 さらに加速して接近戦を挑む。

 もう撃たせない!




 ★★★





「あ、ああ……キミぃ!」


 突発的な砂嵐のなか、警官は叫んだ。

 ヤドカリが突っ込んできた衝撃で砂が吹き飛んだ。

 尻餅をついたまま動けない。



 渦を巻く貝殻、ヤドカリの魔怪獣。

 その回転する殻が、硬質な金属のようにきらめく。

 魔法少女の放った銃弾に負けずに突っ込んできた。



 弾をはじきつつ、複数の脚で回転し突入する様は、黒いドリルのようであった。

 だが離れてみればどう見てもヤドカリなのだ、この見上げるような怪物は。

 少なくとも、彼はこのサイズの貝殻を、浜辺で拾ったことも見たことすらもない。

 海沿いの―――、そう消波ブロックのような重量感だ。


「キミ……、魔法少女!……さん! 大丈夫かよ!」


「『ピュアコンバット』だ……ちょっと待ってよ、今やってるトコだから」



 見てわからないかなぁ?

 自己紹介をした、イラついたような声だけが届く。

 視線を向けてこない。

 怪物と取っ組み合いである。

 そう言われてしまえば、わかります、見てわかります……警官は黙り込むしかない。

 そんな彼に素早く指示を出す。


「その女の子は守って」


 敵と押し合いはするものの、視線は合っていない、合わさらない。

 下半身を完全に覆ったドリルの如き渦殻に手のひらと肩を押し付けるのみである。


「蟹よりも硬いのかぁ、参ったなあ」


「グググゥ、トゥラベクを倒してくれてありがとうよォ、俺だけが隊長に昇格よ、魔法少女―――お前だけ、倒せばな!」


 砂に埋まるかどうかという位置に、急所である頭部は隠している。

 仲間を殺されて笑みを浮かべる魔怪獣。

 組織内での計算もあったが、戦闘の興奮も半分混じった歓喜だ。


「ああ……角度が悪かったのかな、厄介だね―――ヤドカリくん」



 足場が悪いというやつだ。

 少女の脚力が強かったとして、地面がこう弱ければ敵を押しのけられないだろう。


 空中を高く跳躍していたことも、それに起因していた。

 一方的に空から射撃するという作戦は有効に思えた。

 だが消去法だ。

 走りながら撃つことに不利を感じていた。

 全力疾走が間抜けな滑走になる可能性もある。

 一見したところ、海岸やいそに住む生き物のような敵が多かった。

 彼らは早く、容易に追いつかれる。


「場所、地形的な不利かぁ」


「何をグダグダ言ってやがる! 魔法少女……終わりだぜ!」


 魔怪獣の身体を抑え、動けない少女の背後に、影が連続で飛び出す。

 砂に潜んでいた敵魔怪獣達。

 その黒い影が少女に重なっていく―――!

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