第16話 狂気 7
涼しい風がゆったりと吹き抜けてゆく―――星が瞬く夜空。
草原がさらさらと揺れていた。
その場所は魔法協会の豪奢な建物が真向かいに望める、世界のどことも知れない場所。
視界にそびえたつのは、魔法協会所有の建物だった。
彼らの視界には小さな動物、否―――マジカルマスコット達がちょこちょこと、短い手足で歩いている。
マスコットはすべて年齢などまるで感じさせないが、視界にいるのは幼子ばかりであった。
人間が
まだ何も知らない―――!
人間界で今、何が起こり誰が戦っているのかも知らない幼子。
それを眺めることが、数少ない彼らの癒しでもある。
人間界をマジカルな側面から守護する、調律者。
所属するマジカルマスコットが、人間界中世の趣を残す城塞廊下を歩いていた。
幼い子供たちを眺める―――平和そのものである。
「急速冷凍? ああ―――そういうことかヨヨ……」
ややくたびれた風貌の
二頭身マスコットがくりかえし頷く。
そのままグイ、とグラスの中の液体を自らの口に流し込む。
手足が短いので、すべての動作が赤ん坊のようなそれである。
魔法協会の以前の配属先で、世話になった彼はターゼルというマジカルマスコットで、メルテルの級友である。
彼もまた、現在の魔法協会に所属する会員。
そして人間を守るために日夜、動いている。
正確には人間界全体を―――
内政への通達など、事務の関係を担当する彼らにとって、実際にサポートするメルテルからの報告は重要だ。
それと同時に、ただ純粋にメルテルの持ってきた話に興味を寄せて。
楽しんでいる。
そんな節もあった―――。
「魔法少女は当然、ウチらのところにも連絡が来ているヨォ」
「じゃあ確定で、『氷属性の魔法少女』ってえことなんだろネ? その、『ピュアマッドネス』はネ」
キツネのぬいぐるみの様な者も、尾っぽを振りつつ口を開く。
イグナシィは盛り上がる。
もう一人―――いやもう一匹の級友だ。
同じく二頭身で、伸びをした腕は頭頂部にやっと届くくらいの短さである。
彼女は、ちらっとだけれど資料の映像でも見た―――そう付け足しつつ笑顔になる。
「確かに氷属性だ―――ネ。うん、氷属性っていう顔をしているぜ!」
「そう、そうヨ! 言われてみれば『氷』だヨ! 確かに氷属性っていう顔をしている。上手く言えないけれど、どちらかというとそういう顔つきだヨ、あの子は。こう……輪郭、薄いというかヨ~」
そして、能力性質についていくつかの前例を上げつつ喜ぶ。
歴代の魔法少女達についての話だった―――。
『歴代最強』を筆頭として、個性豊かな少女たちの闘いの記録。
国防のため仕方ないとはいえ、心が躍るような伝説もあった。
二頭のマジカルマスコットは、いくらでも増しに増して続けられるこの話題で、なんやかんやと盛り上がっていた。
今年度もどうやら、日本の平和は無事守られそうだ。
全ては順調に進んでいる。
大勢はそうなっていた。
現在、魔怪獣討伐が順調であるという報告が多くなり、自然と余裕が出た様子だ。
多いどころか、障害、不具合。
大きな欠点が、見つからない状態。
敵の規模が全くの不明だった頃から比べれば、緊張感など消し飛んでいる。
無論、問題が何一つないわけではない。
今後のことは誰にもわからないと、メルテルは慎重だ。
国王に良い知らせをしなければ、出来なければ―――どのような未来が待ち受けるかわからない。
彼の進退どころかすべてにかかわる。
魔法協会、マジカルマスコットのこれから。
とはいえ。
この数日は戦術的戦況的に、優位との意見が協会組織内でも大勢を占めた。
国王側にも良い報告が出来ている。
この状況が続くことに、何の問題があるというのだ。
安堵し、口数が増えているものが多い。
何も知らない者たちは……。
ターゼルは笑顔で話題を振る。
もっとも、見たところ何がどの表情なのかわかりにくいマスコット達である。
これはこれで、ポーカーフェイスともいえるが。
「メルテルヨぉ、結構リーチがあるのか? そのぅ―――冷凍魔術はヨ」
「違う」
メルテルが短く答えた。
「え?」
「氷属性の
「でもでもヨ、じゃあ魔怪獣を凍らせたっていう、それは?」
「嘘だったのかネ?メルテル」
メルテルは黙り込む。
魔法協会の面々の発言を、拒否するわけでもなく、黙秘でもない。
ただひたすらに悩んでいる。
説明に、苦心している。
間違った表現は、実際に担当している自分としてはしたくない。
誤報は避けたいと言わんばかりに。
視点は夜の草原を眺め続けるのみ。
風が一度通り、止んでも言葉がまとまらないままだ。
「非常に複雑な能力であるとしか……そんな、
日本の平和を守っている魔法少女の現状を間近で見ているメルテルの口は重かった。
「確かに、一人一人、個性的な能力を持っているからネ」
「こないだもほら―――、あっただろ……まあ何を基準にするかは、怪しいところだけれどヨ」
イグナシィとターゼルは呑気そのもので、顔を見合わせる。
結局のところ、優位ならば何でもよいのだ。
彼らの言っていることは言っていることは間違っていなかった―――
魔法少女という存在を長年見てきた彼らにとって、よほどの能力でないければ何も感じないところがある。
ああ、そう―――で終わるのだ、話は。
間違っていなかったが、実際に間近で見たメルテルは説明できない。
ひたすらに苦心する。
「たくさんの魔法少女を知ってはいるけれど―――どういった能力なのか。 まるでわからなかったんだ、一体全体……!」
★★★
「ピュア……マッドネスゥ……?」
フィルハリーはついに敵の名前を聞き出すことができた。
だが、敵である、敵であると思われる少女の名前を知って。
それで困惑はまるで解決しないのだが。
室内の戦慄に毛を逆立て続ける魔怪獣。
いかん、気圧されてはいけない―――!
目の前の、奇妙な敵に恐れを……恐れを抱いて……?
しかし、知らない名前だ。
船内の魔界獣から一度でもそんな話、ひとことの噂でもあっただろうか。
呻吟をしようにも、敵は眼前。
駄目だ、記憶にない。ということは。
服をオレンジからブルーに変えた、というような可能性も、あるにはあった、だが。
「ピュアグラトニーじゃあ―――無いんだな! やはり!」
フィルハリーの威圧じみた態度。
それに若干だが顔を上げ、不機嫌そうになる少女。
口を嫌そうに開け、首を傾げるしぐさ。
「あぁ……! あれと一緒にされるのか……ま、はっきり言って気分は悪いがね…… 『魔法少女』であることには違いない―――」
「同じだ、同じ! 殺して回っているんだ!」
フィルハリーは駆けだす。黒く唸る、猛獣。
「―――返してもらうぜ!」
その初速はさすがの獣といったところで、ピュアマッドネスは直立状態のまま目を見開く。
魔法少女を攻撃すると見せ、仲間の身体を奪取した。
同志であった牡鹿の身体を、彼は抱きしめて駆けだす。
後ろ足のみでも強靭な足腰で部屋の奥へ。
―――出口はある。
その先に何があるかは見えないが、そこから出るしかないだろう。
何かにぶつかったわけではなかった。
だが、その時牡鹿の身体に亀裂が入る。
冷凍された身体は、動きに耐えられなかったのだ。
フィルハリーは目を見開く。
すまない、ヘミオー。
脚の先がまず折れ落ちて、落下した牡鹿の首がカシャンと音を立てる。
「ヘミオー!……お、まえ……」
同志の肉体の破壊、それを予想していないかったわけではなかった。
フィルハリーは、これでいいと思った。
敵の手に落ちるくらいなら……!
わけのわからない、異様な敵の手に落ちるよりはこうする。
わかってくれ、ヘミオー。
砕け散ったかつての同志に目を奪われる。
「何をするか貴様ァ―――ッ!!」
激高したのはピュアマッドネスだった。
甲高い叫びをあげ、同時に壁に自身の利き腕を叩きつける。
否。
壁にあった数センチ四方のスイッチを押したのだ―――それこそが行動目的であり。
部屋の天井四方から機敏に変異が起こる。
鞭のようにしなるワイヤーが、フィルハリーに発射され伸び迫った。
ばちん、と接して固定される。
「な……ッ! あ……?」
肩などに接着しただけのワイヤー上の物体に、戸惑う獣―――なんだこれは。
この、攻撃?
ピュアマッドネス、この敵。
いや、しかし痛みなどどこにもないぞ……!
となると拘束か?
俺を逃がさないようにするつもりなら、取らないといけない。
ワイヤーに爪を伸ばすよりも先に、白魚の様な指が、次のスイッチを叩いた。
発光したのはフィルハリー。
「ぎぃ……あ゛ああああああああああ ああああああ」
フィルハリーは激痛に叫んだ。
チェーンソーの切断音の如き激音が響く。
赤、水色、紫。夜空の花火じみた色を燃やし、部屋全体を染め上げる。
高圧電流が電線と、フィルハリーの身体を通っている!
「あ あああああッ!?」
激痛と振動を止められない四肢。
彼の脛筋がひときわ大きな誤作動を起こし、身体が宙に舞う。
その衝撃で、電流は止まるというわけでもない。
未だ魔怪獣を抵抗として作動中である。
続けて歩み寄る者。
ピュアマッドネスは白い
「その検体はこれから作業に入る予定だったんだがねッ! どうしてくれるッ!」
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