第8話 とある春の日、奇妙な噂
朝の陽光を受け止める、生い茂った木々。
木漏れ日がきらめく公園を横目に自転車を走らせる、一人の少女がいた。
公園の時計はいま、八時を過ぎた頃。
いつもと変わらないくらいの時間で、焦る必要はないことに安心する。
彼女は目的地である中学校のある方向を眺めた。
土くれが転がりがちな歩道が伸びているなか、ひたすらに、ペダルを漕いでいく。
★★★
―――私、
今日も今日とて、中学生らしく学校へと向かいます。
教室で出会ったささやかな女友達だけでなく、同じ文芸部に所属する子たちとも距離が縮まってきたかなと、思うような思わないような、そんな日々を送っています。
平和極まりない人生を謳歌。
謳歌、出来るといいですね……。
時計が八時半を過ぎたころに家を出て、中学校に向かって自転車を走らせます。
昨日は降っていたはず。
けれど、今朝の空は青く澄み渡り―――いい天気です。
この平和さは、的確に眠気を誘ってきます。
まあ―――起きたばかりですからね。
「おっはよー!」
「わあぁあ!?」
横付けというかなんというか。
マイ自転車にて走行中、隣に突如、女の子の顔面が現れます。
ぐわッっと、―――顔面から現れます。
並走している自転車が迫っていました、いやいや……いつの間に。
「さいかがぼーっとし過ぎてたからだってぇ、近寄るの簡単!」
ところでさ、と笑みを浮かべながらペダルを漕ぐのは友達のアメちゃん。
「ニュースみたー? なんか出たんだってー」
教室では隣の席の
下の名前が
彼女は甘々とした名前でこそありますが、性格はまた別。
声は鞭って感じで、ビシビシ張っている快活なクラスメイトです。
その声はある種の目覚まし時計のように私のシナプスを刺激します。
……で、何のお話でしたっけ。
なんか出た?
なんか出たとは一体どういうことなんでしょう。
「だからァ、出たのよー」
「で、出る?出るって何よ。やめてよ、や、私、オバケは本当に駄目だからって何度も言ってるじゃない!」
「そうじゃなくてさ、真っ黒な化け物!でっかいやつ!」
「お、おんなじでしょ!そんなもの!ダメだって聞きたくない!」
可能な限りイヤそうな表情を作ったのですが、相手は構わず。
良くしゃべる子です。
いつもはもっと喋るくらいです。
「聞きたくないデス」
私は
拒否りマックスの構えである―――登校中に可能な範囲の動き、首をフリフリしているだけだけれど。
でも自転車のハンドルを握っているので、耳をふさぐことはできません。
手放し運転をしようか?
それは嫌だ、と思っている間にも、ノンストップな拡声器
話しかけられ続けます。
黒いバケモノが出た、と喚きます。
「動物みたいなんだけど、どいつもこいつも真っ黒な感じで---基本、紫とかそんな感じで―――でさ、なんか、襲われるらしいよ!」
「そうなんだ」
「あと言葉を話したとか話さなかったとかなんとか!」
「そうなんだ」
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いていたら何なの!」
「大ニュースだよ!さいか、わかってないでしょう!」
その黒いバケモノが出た話が、私を楽しくさせるのでしょうか。
何の意味もないですよ、本当。
「どーせまた、どっか知らない人から聞いたんでしょうよ」
「友達の友達が近所のおばさんから聞いたって言ってた」
「そんなの! ……知らない人じゃんそんなの! ものすっごい他人! ネットの方がまだマシなレベル!」
「さいかも気を付けなよー? 化け物じゃなくても襲いたくなる弱そうな子なんだからー!」
「ううう」
そんな話をしながら学校へ。
自転車をこぎ続けていました。
★★★
問題はそこからでした。
そこからというか、教室に到着してですね。
クラスのみんなも同じような話していたのです。
いわく、見上げるほど大きかったとか、巨大な馬だとか、猪、山羊、
他にも、じっくり見る時間はなくて逃げたけれど、恐ろしい姿を。
たくさん見たというのです。
その大きな手で襲い掛かったところを命からがら逃げてきたというような話が、伝え伝えに。
ただ色んな人が話しているからどれも正確には聞き取れず。
教室では禁止されていますが、ネットに頼る人が。
さすがに興奮収まらない、大事件のテンションで、誰かが開いたスマートフォン。
ネットニュースのトップにも謎の黒々しい生物の文字がしっかりと表示されているそうです。
「そんな……」
本当だったことに恐れおののく私。
心霊オバケ系統の話題はとうに使い切ったから、別の話題を一生懸命考えてきたんじゃあなかったの!?
私が怖がりなのだと知った彼女は度々そういった迷惑行為を行っている、という―――手癖の悪さ、は違うか。
ただただ、悪趣味です。
もはや趣味の一つらしいそれは、過去にも手を変え品を変え。
心霊現象で有名な廃ホテルが県内にあるから行こうよーと言ってきたり。
ワンパターンなのでさすがに飽きてきたなあと思っていた矢先でした。
ツチノコはあんまり怖くはないけれど。
むしろ、ゆるキャラでしょあの子。
「だーかーら、言ったじゃん!さいか。いるんだって『黒いバケモノ』!」
ポン、ポン、と肩をたたくアメちゃん。
他の子も続々とドアから入ってきて、授業の準備が着々と進んでいきます。
開いた机が減っていき、オーディエンスがそろっていきます。
「はぁ……」
ため息をつきます。
私はただ、この学校でそこそこに目立たないように毎日を過ごしたい、それだけができればいいのに。
前にそんなことを呟いたら飴ちゃんは、ため息をついていました。
本当にそれだけぇ?―――と。
「本当に怖がりよねー、さいか自体がまず怖くないし。誰だって普通は怒ったときとかさァ、あるよちょっとは。怖い瞬間」
「ごめんなさい」
「いや謝るとかじゃないけどさ……ほんと、どっかに置き忘れちゃったんじゃないの?怖さー」
近くにいる男子がそれを聞き、ゲラゲラと笑いました。
まぁ、気分悪い。
見たくなーい。
「はぁい、おはようございますよ!
がらりとドアをスライドさせ、女性教諭が入ってきます。
本当……静かが一番ですよね先生。
「今日はねぇ?皆さんに素敵なお知らせです!」
クラスがざわつく。
今日はねぇ?のように言い聞かせるような言葉が特徴的。
優しい声で、保育士さんになった方が良かったことは確定的に明らかと、もっぱら評判の
「なんとこのクラスに……転校生がやってきます!」
「おぉ……!?」
ねえ聞いた?
アメちゃんが私の瞳を見つめて、期待の笑みを見せました。
どよめきが、クラス中に伝搬しています。
いや私に聞かれてもわかりませんよアメちゃん。
でもヘイトが私からそれるなら何でもいいや、この時点ではそう思っていました。
さて、どういうことでしょう……突然のことで私は戸惑いますが、黒いバケモノの話がこれで途切れたことに、安心は出来そうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます