第7話 暴食 3



「なッ……!?」


 そんな……そんな馬鹿な。

 魔怪獣ミゼヤは目を疑う―――あれではまるで、ポディーデの両腕。


 魔怪獣それぞれが持つ固有のもの―――、人間界の生物では考えられない規模の身体能力。

 腕力自慢の同志を一瞥すれば、身体はもう残っていなかった。

 すべては、残っていなかった。



 腕を丸ごと。

 上腕骨から肩甲骨にかけて噛み千切られてしまって牙で砕くように裂かれた断面から、紫電が散る。

 向き直ったピュアグラトニーの陰で、あきらかになる同志のうけた傷---牙の傷は胸部にまで達していたらしい。

 躱そうとしたポディーデの動きで、攻撃が狙い通りにはいかなかったようだった。

 彼女は顔をしかめっ面に。


「食べ過ぎちゃった~」


 明滅する魔力光の後、爆散する魔怪獣を背にして、オレンジ色の少女はあからさまに、残念がっている―――。

 その結んだ髪が爆風で揺れる。

 


「食べ……?」


 魔怪獣たちが狼狽する。

 この敵……!

 やはり巨大な蛇の口で攻撃することは確かだが―――ただ単に攻撃をするためのものではない。

 異様な変形を見せつつも、両腕の先についているものが蛇の口であると印象づいたのは、見間違い、勘違いではなかったのだ。

 口は食べるためにある。



 一頭の魔怪獣の目の前に立ち、鉄拳を持った、いや鉄拳になったピュアグラトニー。

 利き腕を、肘を曲げる。

 ―――やや大仰な構えにみえた。

 

 

 いや、間違え。見間違えのはずだ。

 その魔怪獣は疑問、困惑から足が止まる。

 細く、鈍く光るピュアグラトニーの拳を睨みながら自分に言い聞かせる。

 似ているだけだ―――何か、幻覚か。

 そう見える何か仕掛けがあるだけだ。

 だって―――こんなことはない。

 こんな奴を、見たことがない。



 逃げ足が固まった魔怪獣が一頭、刺し違えることを覚悟、オレンジ色の首元に牙を突き立てた。

 勢いよく食らいついた獣の牙が白い首筋に触れた。

 食い込むところだったが、鉄拳で胸部から腹のあたりを貫かれたのは同志の方だった。

 吹っ飛び、数秒ののちに土埃を巻き上げて爆発する魔怪獣。



 彼の放った断末魔の紫電を背に、ピュアグラトニーは走り出した。

 戦慄する獣たち。



 今のは違う。

 オレンジの蛇ではない、確かに魔怪獣の能力で、攻撃してきた。

 ポディーデの腕力で。

 完全に『同じ』かどうかは定かではないものの、その威力は同志を貫いた。

 それも一撃だった。



 一撃で―――十分に必殺となることが証明された。




「ミ、ミゼヤ……!」


「ぐッ……う、くそォオ!! 攻撃をやめろ!」


 同志に言い切ってから、皆、自分を無表情で、あるいは困惑を面に出して見つめてくる。

 隊長の姿は―――まだ見えない。

 背を向けて走り出す。

 こうするしかない、苦悶はあった。


「隊長が……来る、までは! 攻撃が当たるのは隊長くらい! だ!一旦引くぞ!」


 殺したのではなく食べた。

 全く想像しない敵の襲撃に、もう残る手はそれくらいか。

 次々と倒され、もはやあのピュアグラトニーを囲めるような数はいない。

 



「ぐ……距離をとれ!早く!全員だ」


 なおも立ち向かう同志はいた。

 逃走の思考回路は無いようだった。


「チィイ……馬鹿ども!あれを見ればわかるだろうに」


耳から首にかけて伸びている通信機は、爪で掻くだけで作動した。


『ォ、グジュライメ隊長ォーー!早く来てください!』


『まだ!あなた言ってたじゃあないですか!この能力があれば無敵だって!見えない位置からでも』


グジュライメ隊長の能力があれば、何か状況を好転できる。

すぐに必殺ではないが、そうして皆で囲むこともできたはずだ

あいつ、あの気分屋。これだけ隊員が追い詰められているときに、まだ来ない。

 てめえの部下が。


『グジュライメェ---ッ! てめえ!早く---』


 怒鳴った最中に地面が揺れて、脚を取られる。

 あたりに地鳴りが聞こえる。


「―――これは!」


 小規模な地震だ---これは、来た! 

 事情を知るミゼヤの脳裏に、敵を翻弄する隊長の姿がはっきりと浮かぶ。

 地面に穴が開いた。ぽつり、と土の表面が落下し、その代わりに捻じれた鉤爪が出現した。


 そうして現れたのはオレンジ色。

 ピュアグラトニーは彼の間合いに詰め寄った。


「あっ……!?」


 ミゼヤは能力を知っていた。

 足場が崩れ、逃げ足をとられる様子は、足首が液体に包まれるようだ---俺は見た。見たことがある。これを。

が自慢していたのを思い出す。


 地面を走って逃げるしかない人間どもにとって、最大の恐怖にちがいない。

 見えない位置から襲える。

 

「隊長って、言ってるのはいたよ~」


 見つめるピュアグラトニー。

 瞳はぱっちりと開いていた。少し頬の大きな、ただの少女にしか見えない。

 ミゼヤは思った。

 見覚えのある鉤爪に変形しているのは腕部だけだった。


「は、はあっ……!?」


「聞いてもいないのに自慢してた~、あんまり美味しくはなかったな~~~」


「……おっ」


 鉤爪が、ミゼヤの胸に深く突き刺さる。

 ばちいぃ、と魔力光がスパークし、爆散した。



「―――くそう!ミゼヤがやられた!」


 獣たちは距離をとっていく。

もっとも、残りは三頭しかいなかった。

 その行動中、背を向けて走り出すあいだにも、一頭が蛇牙に貫かれる。

背後から断末魔と魔力光の閃光が、逃げる足元を照らす。




「……!」


「知らせ……」


 知らせなければ、せめて仲間たちにこの、敵対種族の存在を知らせなければならないと最後の一頭は考えた。

 大木が頭上を薙いだと思ったが、オレンジの腕だった。

 

 どうしてこうなったのだ。感情エネルギーのかけらを採取する。我々の隊に与えられたのはそんな仕事だったはずだ。

 危険性はゼロだったはずだ、言ってしまえば。

 それが何でこんな。

 何故。一体何者なんだ、多大なる損失を被っただけでなく、敵の正体を知る余裕もなかった。



 地面の下を移動できるのはわかる、それでも四足歩行の全力疾走なら、逃げかえって報告ができる。

 エネルギークリスタルをこぼし落とす魔怪獣が視界にいた、だが目を惹かれるわけにはいかない。



 地面を警戒しつつ、駆けたが、違うものが背後に迫っていた。

 棒のように細長い手足、四足歩行で獣のように地を駆ける---オレンジ色の少女である。

 

 獣の少女はひときわ強く跳躍し、前足から爆発するようにオレンジの蛇が出現した。

 肩の後ろから迫る牙と開いた口腔を視界に捉えた時には、もう逃げるすべは残されていなかった。



 体内から湧いて出た蚯蚓のような放電が不気味だった。

 ばちばちと、音は聞こえるはずだが意識が遠のく。 

 終わりが近い。

 

 言い残す言葉は。


「なに……もの……いったい」


「ピュアグラトニー」


爆風を浴びた少女は、森林の方を一瞥する。


「って~~~、最初に言ったよねぇ」


「それだけじゃあ伝わらないんじゃあないかな」


 魔怪獣ではない。

 抱きしめたくなるぬいぐるみの様な生き物が降り立った。


「名前だけ教えてもね」


「う~~~ん、そっかぁ」


 もはや爆発跡しか残っていない一帯を、見まわしていたが---。


「飛んでる蝉みたいのがいたはず~~アレもやるよ。今、見てたもんね」




★★★



 疾駆する。

 大した仕上がりだと、マジカルマスコットのメルテルは思った。

 

 イヌのぬいぐるみ―――何も知らない人間は、彼を見て、そう印象づけることだろう。

 彼は二頭身で魔法少女の脇を駆け、森林を跳ぶ。

 魔法少女の導き手であり、同時に魔法協会の会員でもある。

 日本の平和を守る使命を与えられた者だ。


「これなら---この戦闘能力なら日本の平和を守ることは可能」


 森林を移動する---視界は高速で移動する樹林だけかと思いきや、たしかに奥に飛んでいるターゲットは見えた。

 蝉の魔怪獣の影は見えていた。いずれ追いつける。

いま、木に止まったようだ---何かやっている。



 それにしても異質だね。

 魔法少女の持つ魔法戦杖マジカルステッキは発動と同時に、一人一人違う能力を発現する。

 それによって戦い方はひとりひとりで完全に異なる。

 強力な能力を持つ魔法少女、ということならば自分も目にしてきたけれど---。


「もう少しだよ~メルテル」


四足歩行の力を得た彼女は、人間形態よりもロスなく深山を走破できる。



「ピュアグラトニー、どこまで強くなれる……無限の可能性を持つ、キミは」



 彼女は最後の魔怪獣を追いかけ、疾駆する。

 蝉の魔怪獣だ。

 いつからかはわからないが、戦っているところを見ていた。

 おそらく同じ部隊の者だろうと思われる。



 森林地帯を飛翔するのは厄介と思われた。

 逃げられる可能性があったが、しかしこの分ならば問題ない。



魔法戦杖マジカルステッキが発動すると、その杖の形状は完全に失われ、固有の能力となって現れる。

 

 魔法協会が定めた魔法少女、その名はピュアグラトニー。

 その主な攻撃は変形した両腕。


 単なる攻撃規模の巨大化、増加ではない。

暴食グラトニー

 その能力性質は、敵魔怪獣の

 及び---消化・吸収である。

 

「キミはどこまででも強くなれるよ」





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