第12話∬ 歌は良いね○○○の文化の極みだよとでも言いそうなレストラン
『さぁ、ここからは一人ずつその歌唱力を審査していきましょう!』
ステージ上の芸人さんがそう言ってボーカル審査の開始を告げる。
控室にいる俺達は、ステージ上の映像が映されたモニターでその様子を確認していた。
「始まっちゃったね……
華音、大丈夫? あまり練習できなかったけど……」
「ああ、大丈夫だ。
むしろ万里子のお陰で助かったよ。
少しだけでも練習できたことがありがたいくらいだ」
「でも驚いちゃった……
歌、自身がないって言ってたけどものすごく上手いんだもん」
ポニーと國崎さんのやり取りを聞きながら、内心俺も驚いていた。
國崎さんの歌、そこらのアイドルよりよっぽど上手かったからな。
「審査はエントリーNoの順番通りだから…… 華音は三番目だね。
一番最初は、満月ちゃんか」
ポニーの言葉通り、画面には深山の姿が映る。
『それでは、エントリーNo.1 深山 満月ちゃん。
ボーカル審査のトップバッターとして、
思いっきり歌っていただきましょう‼︎』
「それでは、エントリーNo.1 深山 満月ちゃん。
ボーカル審査のトップバッターとして、
思いっきり歌っていただきましょう‼︎」
ステージに立つ深山のマイクを持つ手が微かに震えているのが見えた。
それはそうか。
こんな状況で緊張しない方がおかしい。
加えてトップバッターだ、そのプレッシャーは想像以上だろう。
しかし、その過去に浮かぶ笑顔からはそんな諸々の気持ちを必死に押し殺す深山の覚悟が見て取れた。
「満月ちゃんが歌ってくれるのは、
大石ルミさんで、『It's Just Love!』だ!
大昔のアニメの主題歌をチョイスした彼女の意図……
その辺も含めて気になる満月ちゃんの歌、まずは聞いてみよう!」
芸人さんの言葉とともに、今日のイントロが流れ始める。
古いアニソンのようだが、残念ながら俺の知らない曲だった。
あの芸人さんが言う通り、その選曲の意図が気になるところだ。
果たして、どんな歌なのか。
「前触れもなく呼び出すの 天気がいいから
わたしを待ちぼうけさせて 何様のつもり?
走ってきたの わかってるけど
そんなことはあたりまえよ〜♪」
その歌詞を聞いて、その選曲の意図を理解した。
何というか、深山にピッタリの歌詞だと思った。
高飛車で素直になれない女の子のチグハグな気持ちを歌い上げたその歌詞は、ツンデレな深山そのもののような歌だった。
あの曲を深山が知っていて選んだとは思えない。
おそらくは店長の入れ知恵だろう。
しかし、驚くべきはその歌唱力だ。
天は二物も三物も深山に与えたらしい。
金持ちの家柄、美しい容姿、そして、圧倒的な歌唱力。
以前聞いたピアノの演奏に全く引けを取らないその歌は、思わず鳥肌が立ってしまうほどのものだった。
思わずどんなアニメの曲だったのか調べてみたが、どうやら有名なロボットアニメのエンディング曲だったようだ。
動画があったので見てみると、少しきつそうな金髪の可愛い女の子がアフリカ?のような場所で動物と戯れる映像が流れた。
なんと言うか、ロボットアニメと全く関係ないその映像は、その女の子のオフショットの映像のようで微笑ましかった。
深山の方もだんだん気持ちが入って来たのか、審査項目に入らないのに軽快なダンスを織り交ぜながら楽しそうに歌っていた。
時折客席の様子を映すカメラの映像を見る限り、客席のお客様達もそんな深山の歌とパフォーマンスに聞き惚れ、見惚れているようだった。
「Just Love! 気にくわないアイツ
イジワルをしちゃうのは “好きだから”よ
Just Love! 気になるから いつも
ムリなこと言っちゃうの ちょっと ご・め・ん…
…Just Love…」
そして、最後のフレーズを歌いきった深山は、胸いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくり吐き出した後、丁寧にお辞儀をする。
すると、その数秒後に客席から溢れんばかりの拍手が沸き起こった。
「ありがとうございました!!」
そんな客席に向かって、深山は笑顔で手を振って応える。
先程の顔見せのときのツンツンした様子とのギャップに、その胸を撃ち抜かれたであろうお客様達が思い思いの言葉を深山に投げかけていた。
「いやぁ、トップバッターのプレッシャーを跳ねのけて、
完璧に歌いきった満月ちゃん……
その選曲の意図もばっちり伝わったとおもうぜ……
好きだからわがままを言って相手を困らせたくなる。
好きだから意地悪をしてしまう……
それは男でも女でも共通して覚えのある甘酸っぱい恋心だよな。
俺は満月ちゃんのことを深くは知らないが、
それでもあの曲は『満月ちゃんの曲』だと思えたよ。
本当に素晴らしい歌声をありがとう!!」
割れんばかりの歓声が鳴りやまない中、深山はステージ上からもう一度客席に一礼して、大きく手を振りながらステージを後にするのだった。
「いやいやいやいや!
無理無理無理無理!!
緊張した、緊張した、緊張した、緊張した!!」
控室に戻るなり、その場にへたり込む深山。
その額には大量の汗が浮かんでいて、それがいくつも頬をつたって落ちていた。
「はい、満月ちゃん。
すっごく素敵な歌だったよ!!」
「ありがと、万里子。
けど、やっばいわよ、あのステージ。
当たり前だけど、みんなが私を見てるんだもん。
あの状況で歌うとか……
私今までこんな風に思ってなかったけど、
これからは歌手やアイドルのことをもっと尊敬しようと思ったわ」
「あはは…… そんなこと言って、
満月ちゃん、すごく堂々と歌ってたよ。
私、思わず聞き惚れちゃったもん」
そんな深山に、ポニーはおしぼりとタオルを差し出す。
それを受け取って、顔の汗をタオルで拭きとったあと、おしぼりでゴシゴシと顔を拭く深山。
「はぁ~…… 緊張した。
正直、もう二度とあんなことしたくないって気持ちだけど……
これから、最低でもあと二回はあそこに立って、
似たようなことをしないとなのよね……
あはは、正直死にたいわ」
「本当にお疲れさまだよ。
一発目にここまでのものをやられちゃうと、
あとからやる私達的には、プレッシャーだなぁ……」
そう言ってモニターを見つめるポニー。
そこには再び芸人さんが映し出される。
『それでは、エントリーNo.2 藍澤 飛鳥ちゃん。
先程の満月ちゃんの圧巻のパフォーマンスのあとはやりにくいかも知れないけど、
ここは頑張って歌ってもらいましょう‼︎』
「それでは、エントリーNo.2 藍澤 飛鳥ちゃん。
先程の満月ちゃんの圧巻のパフォーマンスのあとはやりにくいかも知れないけど、
ここは頑張って歌ってもらいましょう‼︎」
マイクを持って、目を瞑ったまま佇む藍澤さん。
深山のようにその手が震えてはいないが、見た限り少しだけ表情がかたい。
彼女もまた緊張をしていることが、その顔から伝わってくる。
「飛鳥ちゃんが歌ってくれるのは、
ずっと真夜中でいいのにの、『暗く黒く』だ!
そのミュージックビデオも話題になった、
ドラマチックな歌詞が特徴的なこのナンバー……
果たして飛鳥ちゃんはどんな風に歌い上げてくれるのか、注目だ!」
その言葉を受けて、藍澤さんは深く静かに息を吸い込んだ。
この曲にイントロは無い。
むしろほとんどアカペラに近い歌い出し。
静かにつま弾かれるピアノの音が、歌い出しのあとに声に寄り添うように流れるのが特徴的な静かに始まるのだ。
藍澤さんは、この難しい歌い出しをどんな風に歌うのか。
彼女のあまりに魅力的すぎる声もあいまって、会場の期待は一気に高まっていた。
そんな中、藍澤さんは静かに声を発するのだった。
「触れたくて 震えてく声が
勘違いしては 自分になってく
成りたくて 鳴らせないが息途絶えても~♪」
その歌声が会場に響き渡った瞬間、客席の誰もが静かに息を飲んだのが分かった。
その一瞬で、藍澤さんは会場の全員の心をその歌声で掴んでしまっていた。
ミュージックビデオの映像が、当たり前のように頭にフラッシュバックする。
泣き叫ぶ幼子を見つける、可憐な容姿のヒューマノイド。
幼子の成長と、その先に訪れる悲しい別れ。
それがその歌い出しに、全て込められていた。
正直、この選曲は反則だ。
こんなにも藍澤さんの声にマッチする曲は無いんじゃないかと思わされてしまう、本当に完成された歌だった。
あの魅力的な天使のような可愛らしい声が、切なげに掠れて聞く人の胸を揺さぶる。心を大きく揺れ動かされる。
近くで鼻をすする音がしたと思って横を見たら、深山が涙を流していた。
でも、その気持ちは分かる。
かくいう俺も、鼻の奥がツンとしていた。
「備えられた孤独が こんなに尊いならば
疑う必要もない 信じてる必要もない
連鎖よ続け」
一気にアップテンポに切り替わる曲調。
そこから畳みかけるように歌う藍澤さん。
その曲の疾走感と消えることのない切なさに心がどんどん揺さぶられる。
その歌にどんどん引き込まれる。
もう、会場はステージ上の藍澤さんによって完全に支配されていた。
頭に浮かぶミュージックビデオの映像。
それはきっと、聞いている人達全員の頭にも浮かんでいるのだろう。
信じられないけれど、そんなことを実現してしまう……
藍澤さんの歌は、そんな別次元のレベルのものだった。
深山の歌も凄かった。
会場もその歌声に沸いていた。
でも、それを越えて余りある、圧倒的な表現力。
正直な話、俺もここまでのレベルの歌を歌える自信はない。
恐らく、このボーカル審査では、俺は藍澤さんを越えることは出来ないだろう。
そう痛感させられる、圧倒的な歌声だった。
だが、このオーディションは歌手のオーディションではない。
あくまでも役者のオーディションだ。
恐らくそこに、俺は勝機を見出すしかないかも知れない……
藍澤さんの歌はそのまま終盤に差し掛かる。
会場もそうだが、この控室にいるオーディション参加者でさえその歌声に魅了されていた。
皆が言葉を失い、モニターを食い入るように見つめていた。
深山だけじゃない。
ポニーも國崎さんも、他の参加者たち全員が、静かに鼻をすすり目の端にたまった涙を指先でそっと拭っていた。
幼かった少女は、亡きヒューマノイドの面影を受け継いで旅立っていく。
そんなミュージックビデオの映像が頭の中を駆け抜ける。
気が付けば、藍澤さんの歌は終わっていた。
ふぅ…… と、小さく息をつく藍澤さんの息遣いが聞こえるほどに、会場は静まり返る。
そして、その数秒後、会場が揺れているのではないかというくらいの喝采が巻き起こった。
控室まで響くその喝采が、彼女の歌の素晴らしさを物語っていた。
「………………ありがとう、ございました」
ペコリとお辞儀をして、ステージを後にする藍澤さん。
「………………っは⁉ しまった、完全に仕事を忘れてた。
いやぁ、なんて言ったらいいのか……
言葉が全然見つからないぜ…… 参ったね、こりゃ。
バカみたいだと思われるのを承知で、思ったままを口にすると、
『マジですげぇ』としか言えないわ。
いや、原曲も凄いが、飛鳥ちゃんの歌もそれに負けないくらいに凄かった。
話題になってたMVが見えたって人も多かったんじゃないかな?
少なくとも、俺には見えた。全部見えた。泣きそうになった。
文句なく最高の歌だった!! 本当に素晴らしい歌声をありがとう!!
ってか、飛鳥ちゃんはプロの歌手とかなんじゃないのか?
そう思わされる、圧巻の歌声だったな!!」
そう語る芸人さんの言葉に、俺は激しく同意する。
本当に圧巻の歌声だった。
いや、マジで藍澤さんってすごい人だったんだな。
なんと言うか、これから彼女に対する見る目が変わってしまいそうなそんな素晴らしいパフォーマンスだった。
「………………緊張した」
控室に戻って来た藍澤さんがそう呟くと、そんな彼女に深山が飛びつくように抱きついた。
「すっごい感動した!!
飛鳥先輩、あなたは歌手になるべきよ!!
このオーディションがどうなるかは別として、
私がお父さんに掛け合って、飛鳥先輩をデビューさせられるように――」
「………………満月ちゃん、落ち着いて。
私は別に歌手になりたいとか思ってない……」
「うそっ?! 勿体ないわよ!! 絶対に才能があるのに!!」
深山の言葉には激しく同意するが、藍澤さんにその気がないのに無理にそうさせるのも違う気がする。
そんな風に考えていたら、不意に藍澤さんと目が合った。
『………………あなたはどう思う?
あなたも私は歌手になった方がいいと思うの?』
それはいつものアイコンタクトではあったが、なんだろうか。
ほんの少しだけ、こちらの様子を伺うようなニュアンスを感じるのだった。
いや、どうだろうか。
こんな才能を眠らせておくのは惜しいとも思うが、そうすることで彼女が遠くに行ってしまうのはなんと言うか寂しいとも思う。
なんて、まるで彼女のデビューが決まっているかのような想像をしてしまうような、藍澤さんの歌声の衝撃がしばらく俺達の頭の中に鮮烈に残るのだった。
続く――。
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