第28話 店ではないけれど通常営業(?)のレストラン
「どうぞ、『サイドカー』です」
「どうもありがとう」
MIYAMA主催のパーティーが始まってからこっち、バーカウンターは盛況だった。
次々に入る注文を捌きながら、俺はもしかすると本当にこの仕事が向いているのかも? なんて思ってしまう。
「うん、おいしいね。こんな腕のいいバーテンダーの味を、まさかファミリーレストランで楽しめるなんて……深山さんは相変わらず面白いことをお考えになるな……」
「ありがとうございます」
俺達がトワイライトガーデン由芽崎店の従業員であることは、パーティー最初の挨拶のときに深山のお父様が紹介してくれていたので、このパーティーにいらしている方は全員がそれを知っていた。
宣伝効果は抜群だが、その反面プレッシャーも大きかった。
これで何か失敗をすれば、それはそのまま俺個人ではなく、店長や店……いや、下手をすればトワイライトガーデングループの信用を損ねてしまう可能性がある。
レストランバーテンダーとしての初仕事が、こんなVIP塗れのパーティーになるなんて……流石はあの店長の店だ。
俺はいつも以上に気合を入れて、本気モードで接客に当たるのだった。
テンポよく入るオーダー。
藍澤さんが色々と気を回してくれていて、間に料理なんかもすすめてくれているので、なんとか捌けているが、それでもひっきりなしに様々なカクテルを作る状況は初めてだ。
レシピを間違えないのも当然だが、簡単な会話とその人の顔色を見て、若干の味の微調整もしなければならない。
スクリュードライバー、マティーニ、バレンシア、グラスホッパー、バーテンダー、ギムレット、レッドアイ、ハーフムーン……
扱う酒の種類も、作る手順も完全にバラバラなメニューを、オーダー順に必死にこなしていく。
混乱しそうになる頭をフル回転で整理して、覚えておいた顔と名前で簡単な挨拶をこなしながら、カクテルを並行で作っていく……正直、頭が爆発しそうだった。
「あんた、忙しそうね……」
「そんなことは……と言いたいですが、確かに忙しいですね……どうかされましたか、お嬢様?」
そんな大混乱の中、華やかなドレスを着込んだ深山が俺に声をかけて来た。
思わず視線が行ってしまいそうになる、胸元の大きく開いたワインレッドのドレスが、ばっちり着こなせているのは、やっぱり深山の整った顔と、洗練されたスタイルの成せる業だと思う。
なんと言うか、語彙力に欠けるのを承知で言うなら、『まさにお嬢様』といった風格だ。
しかし、この忙しいときに……一瞬そんなことを考えた俺だったが、そんな深山に対する気持ちはすぐに霧散した。
「ごきげんよう、坂本様。いつも父がお世話になっています」
「おお、深山さんの娘さんか! いやぁ、綺麗になったなぁ……前はまだ、女の子って感じだったのに……もう立派なレディーだ」
「そんな、私なんてまだまだ未熟ものですよ――」
深山は、オーダー待ちのお客さんに話しかけて、自然に場を繋いでくれていた。
「そこにいらっしゃるのは、松岡先生じゃないですか?」
「ああ、君はもしかして満月君かな? すっかり綺麗になって……一瞬誰だか分らなかったよ」
「あらあらお上手ですね……先生もお元気そうで何よりです――」
カウンターのお客さんに目を配って、カクテルを飲み終わった方に優先的に声をかけて、次のオーダーのタイミングをずらしてくれていたのだ。
本気で忙しかったので、その気遣いには本当に助かった。
深山の参入で、リズムを作れた俺は、物珍しさで殺到していたお客様の波をなんとか捌ききることが出来た。
藍澤さんと深山がいなかったら、俺はとっくにパンクしていたので、感謝しかなかった。
「お嬢様、お心遣い感謝いたします」
「べ、別に私はお客様達とお話していただけだから!!」
「はい、心得ております。ですが、助かりましたので……どうか感謝をお受け取り下さい」
俺がそう言って、カクテルグラスを深山に差し出す。
「あのね、私はお酒は飲めないんだけど……」
「オリジナルのノンアルコールカクテルでございます。お嬢様をイメージして作りました」
「そ、そう。それじゃあ頂くわ……」
グラスを受け取った深山は、そのままそれを口に運んだ。
「あ、美味しい……」
「お気に召したようで光栄です。そうですね……名前は『ムーン・ドロップ』とでもしましょう。お嬢様の好きな味に仕上がっていると思います」
「うん、私の好きな味だわ……ムカつくけど美味しい。今度店で出すようにしたら? 未成年にも楽しめるメニューも必要でしょ?」
「確かに……ですが、このメニューはしばらくはお嬢様限定としておきますよ」
「……っ!? あにそれ? カッコつけすぎじゃない? っと、呼ばれたから行くわね」
悪戯っぽく笑って空になったグラスを差し出すと、深山はそのまま人混みの中へと消えて行く。
「なんだかんだで、あいつも忙しそうだよな……」
「………………これ」
「あ、藍澤さん、ありがとうございます」
不意に、オレンジジュースを差し出されてそちらを見ると、少し疲れた顔の藍澤さんだった。
「では、藍澤さんにはこちらのカクテルを……」
前に出したものと同じ『シンデレラ』を渡すと、藍澤さんはそれを一気に飲み干した。
「大丈夫ですか? 忙しさが半端なかったですよね……」
深山のお父様が、『今度始める新サービスのデモンストレーションです』なんて言って紹介したもんだから、物珍しさでお客様が押し寄せてしまったのもあって、普段の店のピーク時の三倍の忙しさをほぼ二人で捌いたのだ。
藍澤さんも疲れているに違いない。
「………………流石に、疲れた」
「ですよね……」
そう言って二人で笑い合う。
「これでいつもの時給だったら、流石にクレーム上げてましたけど、二倍って言うんだからまぁ納得ですね……」
噂によると、深山のお父様からのボーナスが出るのだという。
額が予想できなくてちょっと怖いが、貧乏人の俺にはありがたい話だ。
いわゆるアイドルタイムに入ったらしい。
多くのお客様が、それぞれのテーブルで料理を囲みながら歓談しているのが見える。
バーカウンターはしばらく、たまにやって来るお客様の対応と、テーブルを回って飲み物を承るスタッフからの注文の対応をするだけになっていたので比較的ゆっくりできた。
「やぁ、しばらくぶりだね、神越君」
「み、深山のお父様!? しつれいしました。ご無沙汰しております……どうぞおかけください」
優しく声をかけて来てくれたのは、深山のお父様だった。
俺は深山さん(深山のお父様というのもどうにも据わりが悪いので)をカウンター席にご案内する。
「今日は本当にありがとうございます。料理もカクテルも大評判です。お客様方も、君達の丁寧なサービスに大変満足されているようですよ」
「勿体ないお言葉です。もしよろしければ、何かお作りいたしましょうか?」
「……うん、では、軽めのものを」
カウンター越しの穏やかな会話。
前にもこんな風に少しお話させて貰ったが、何だろうか……微妙な違和感を覚えた。
付き合いが浅いのに、そんな風に感じるのは少々変ではあるのだが、『違和感』としか言いようのない不思議な空気。
それが何だかは分からないが、いつもの深山さんとは明らかに違って感じられた。
「どうぞ、『ジン・フィズ』です」
「ありがとう………………」
その沈黙は、不思議と居心地が悪かった。
何かを探るような、そんな空気。
深山さんは、俺に何かを話そうとして躊躇っているように見えた。
こんなとき、バーテンダーの仕事は一つだった。
「それにしても、大きなパーティーですね……それが普段同じ職場で働く友人の家で開かれていると思うと、何だか不思議な感じがします……」
「……満月は、お店ではちゃんとできているのかな?」
「ええ、しっかりと接客をこなしてらっしゃいますよ。私も最初はびっくりしましたけど……」
話しやすい話題をふって、お客様の緊張や不安を和らげることだ。
流石に、俺に対してだけ横柄な対応をしている話は伏せておいたが……。
「私も、いつも娘さんにはお世話になっています」
「そうなのかい? 私の聞いた話では、どちらかと言うと娘の方が君に迷惑をかけているように聞こえていたが……」
「いえ、今の職場を破格の条件で紹介してくれたのも、満月さんです。本当に、彼女には感謝しているんですよ」
「君が、そう言ってくれるのは素直に嬉しいよ……娘に良くしてくれて、本当にありがとう」
本当に柔らかく笑う素敵なお父様だ。
深山への愛情が、その言葉から溢れるほど伝わって来た。
それからしばらくは、深山さんの質問に俺が答える形で、主に深山の話題で盛り上がった。
俺はレストランや学校での深山の様子を語り、深山さんは家での彼女の様子を教えてくれた。
「君は本当にしっかりとしているね……娘と同じ年には到底見えない……ご両親のご教育が素晴らしかったんだろう……」
「あはは、色々厳しい父でしたからね……」
俺にはもう、両親はおろか家族も親戚もいないが、それをここで言うのは無粋だ。
かと言って、もしかすると深山から俺の境遇は伝わっていたかも知れないので、何とも微妙な返答をすることしか出来なかった。
「………………」
深山さんは、俺の出した三杯目のカクテルをゆっくりと飲んで、何かを決意したような顔をして俺の目を見た。
「それでは、私は一度失礼するよ……また後で、君のカクテルを飲みに来るからね」
「ありがとうございます。お待ちしております」
俺に一礼して、バーカウンターを去っていく深山さん。
そんな深山さんのさらに向こうから、俺は視線を感じてそちらを見た。
すると、そこには店長が立っていた。
一瞬だったので自信はないが、俺を見ていた店長の顔。
それはどうにも不安そうな、苦痛に耐えるような表情に見えたのだ。
準備のときといい、何だか様子がおかしい。
何がと言われると、はっきり何がとは言えないのだが……。
店長の様子は、明らかにいつもと違っていた。
そう言えば、酒好きの店長が今日はまだ一度もこのカウンターに酒を飲みに来ていない。
こんなイベントだ。
『今日は無礼講でしょ!』とか言って、タダでカクテルを飲みまくるくらいのことを店長ならしそうなものなのに……。
まぁ、これだけVIPの押し寄せるパーティーでは、店長もいつもの調子ではいられないのかも知れないな。
なんだかんだで、深山さんはうちのレストランの経営母体のトップなわけだし。
ここでいい加減なことをすれば、彼女の進退にも関わるんかも知れない。
……でも、やっぱり彼女らしくない気がしてならなかった。
深山さんに、店長に……一体どうしてしまったのか。
「すみません――」
「はい! ただいま」
そんなことを考えていたら、また一人バーカウンターにお客様がやって来てしまう。
そこからまた、次々とオーダーが飛び込んでくる。
カンパリオレンジ、ジン・フィズ、モヒート、モスコミュール、マリブ・コーク、スカーレット・オハラ、ウォッカ・アイスバーグ、ボンド・マティーニ……
俺はまた、そのオーダーを順番に作り上げて次々とお客様にお出ししていく。
どうやら、先に食事をお楽しみになっていたお客様達が、第一陣でお酒を楽しんでいたお客様達からの評判を聞いて押し寄せて来たらしい。
カウンター席はすぐにお客様で一杯になってしまい、差し詰め第二陣とった感じで、再び俺と藍澤さんは地獄のような忙しさの中に飲み込まれてしまうのだった。
お客様のオーダーの切れ間に、店長の方に視線を戻すと、楽しそうな声であふれる、にぎやかなパーティー会場に吸い込まれるように消えていった店長。
慌ただしく駆け回るポニーや八重咲さん達とは対照的な店長の姿が、俺は妙に気になって仕方がなかった。
「こちら『アレキサンダー』になります」
でも、そんなことにかまけて、レシピをミスするわけにはいかない。
俺は、自分のギアをまた何段か上げて、全力で押し寄せるお客様を捌くことに集中する。
そうすると、必然的に、店長や深山さんのおかしな様子のことなど、当たり前のように忘れてしまうのだった。
ただ、目の前に現れては去っていく大勢のお客様と向き合って、その方に合った最善のカクテルを作ってお出しする。
それだけに集中しなければ、ミスをしてしまいそうだったから。
だから、そんな大盛況のバーカウンターを奥様と一緒に眺めながら、悲壮な顔で何かを話す深山夫妻の様子など、俺には気付きようもなかったのだった。
続く――。
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