キッキポアポア星人のソテー(夕喰に昏い百合をそえて1品目)

広河長綺

第1話

キッキポアポア星人を殺した後に、松見真緒はいつも高校生の頃を思い出す。

10年前通っていた高校の教室に響く笑い声。校庭から聞こえてくるサッカー部の掛け声。学級委員の仕事。そして転校生の光永奈美。

「告白の返事は、今夜8時に公園で聞かせてよ」と言っていた奈美の笑顔が、自然と脳裏によみがえってくる。

そして毎回毎回毎回毎回、後悔する。

――もし奈美の告白にちゃんと答えていたら、どうなっていただろう


宇宙人と戦った後なのに、高校生のときのことを後悔しているなんて異常だ。

何も知らない一般市民は、そんなことを言うかもしれない。

だが、自衛隊の現場ではその「異常」が当たり前になっている。真緒が特別変人というわけじゃない。兵士たちはみんな、キッキポアポア星人を殺した後に精神を安定させる儀式を編み出していた。

俳句を詠む兵士、フィボナッチ数列を数える兵士。

そんな変なルーティーンが必要になるのは、キッキポアポア星人があまりにも人間ににているからだ。どこをどう見ても人間にしか見えない姿になり、市民の中にまぎれこむ。その擬態能力により、キッキポアポア星人を殺すことは、兵士の実感としては「罪もない一般の人間を殺すここと」に等しいのだ。

だからこそ入念にメンタルを整えなければ。

真緒は、目を閉じて、静かに息を吐いた。

しかしこの日は、キッキポアポア星人を殺す前なのに、ついうっかり、奈美のことを思い出してしまった。


「こんにちは!キッキポアポア星から来ました!光永奈美です」

不意に奈美の声が脳裏で反響した。転校生の奇行に騒然となった教室の空気までもが蘇る。

キッキポアポア星人が攻めてくる前、転校生の光永奈美が自己紹介を教師に促された時のことだった。

教室が騒然となるのも無理はない。まだキャラも知られていない状態の転校生によるトンデモ発言だ。リアクションが分からない。

真緒は、とりあえずこんな変な奴には近づかないでおこうと思っていたのだった。


その甘い思い出回想は、となりから聞こえてきた大声にかき消された。

「大丈夫っすか。いくら冷血な先輩でも、連日殺していると辛いですか」

運転席に座っている後輩の前田順が心配そうに、助手席の真緒の顔を覗き込んでいる。

そうだった。

真緒は、後輩の順が運転する自衛隊の車に乗って、市街地に来ていたのだった。

市街地とはいっても、キッキポアポア星人の空襲のせいで焼け野原なのだが、その焼け跡にホームレスになった人たちがいる。この中に紛れ込むキッキポアポア星人を殺すのが仕事だ。


そんな大事な任務があるのに、どうやら自分でも知らないうちに、白昼夢を見ていたらしい。よくないことだ。高校の友人との思い出に浸るのは、キッキポアポア星人を殺してからにしないと。

「体調が悪いようでしたら、このまま帰ってもいいと思いますけど、できたら先輩の華麗な戦いを見せてほしいです。それをみて僕が勉強したいので」

順は、フランクな感じで任務継続をお願いしてきた。

真緒は、自分の頬をペチペチ叩いて気合をいれ、「わかった。少しぼーっとしてただけだから、今からお手本を見せてあげる。よく見ておくように。質問はキッキポアポア星人を殺した後でうけつけるので、まずは黙って見ててね」と軽口を叩いた。

「了解です!」という順の元気な声を背中に聞きながら、車から降りた。

がれきと砂ぼこりの向こうに、ホームレスの集団がみえる。

道端に座り込んでいる小学生ぐらいの男の子のホームレスに声をかけた。

「ねぇ、キミ、お母さんはいないの?」

「うん、10年前のキッキポアポア星人との戦争で、死んじゃったの」

「ふーん」

改めて、男の子を観察する。ボロボロの服、悲しそうな眼。やせ細った手足が、痛ましい。見た目ではどう考えても人間だ。

これこそが、10年前にキッキポアポア星人が攻めてきて今も倒せずにいる理由だ。最初の戦闘で地球全体に爆撃した後で、家を失った市民の中に紛れ込む。そしてオリジナルの記憶さえコピーして演技を続ける。

真緒にできることは、自分の直感を信じてキッキポアポア星人を殺すことだけだ。

だから、真緒は男の子に向けて銃を撃った。

「ぐあああああ」

腹部をうちぬかれて、少年は転げまわって痛がった。その耳元で、

「私の質問に答えなさい。そうしたら、こっそり助けてあげる」と、囁いた。

「うぅぅ、なんだよ」

「光永奈美という女性を知っているか」

「あぁ知っている。」少年型キッキポアポア星人は必至で何度もうなずいた。「ここから100メートル東にいったところにある廃墟にいる」

「ありがとう。死ね」


真緒は、即座に頭を撃った。

すると少年の死体が、ゆっくりと解け始めた。

これが「キッキポアポア星人の死体溶解現象」だ。撃ち殺して初めて、そいつがキッキポアポア星人かどうか判明する。

そして目の前でキッキポアポア星人の崩壊が全体の半分くらいまでいった時、いつものように高校時代の後悔がフラッシュバックした。


奈美の姿を思い出す。

今回思い出したのは、初めて話しかけた日のことだった。

転校してきて、1週間。

奈美はすでにクラスから浮いていた。

最初の自己紹介で宇宙人などと言ったら、そりゃそうなるだろう。

何となく気になって、真緒は奈美に近づいた。学級委員としての義務感も心のどこかにあったかもしれない。

それだけで、教室の中にヒソヒソとした騒めきが広がった。

「ねえ、キッキポアポア星人ってどういう意味?」

「んー?」奈美は首を傾げた。「そのままの意味だけど」

「じゃあ、地球の外から来たってことでいいの?」

このままだと、奈美と永遠に会話がかみ合わないきがして、奈緒はさらに突っ込んだ質問をしてみる。

その突っ込みに対しても奈美は「えーっと、まずね、地球が天の川銀河系ってところに属しているのは知ってる?その銀河系にすら属していない遥か外の星からきたんだよ」と、さらにぶっ飛んだ答えを返してきた。

「はぁ」ここまでくると、真緒としては奈美の設定に沿った言葉を返すしかない。「はるばる地球までようこそ。地球での生活は大変でしょう」

「うーん、キッキポアポア星人は地球人に完全に擬態できるから、そんなに苦痛じゃないかな」

「それで、なんでキッキポアポア星人は、地球にきたんですか?」

「そりゃあ、宇宙人が地球に来る理由なんて一つでしょ。地球侵略だよー」

とんでもないセリフに茫然としながらも、この時点ですでに真緒は奈美との会話を楽しみ始めていた。真緒は誰と話しても苦痛を感じていたのだが、奈美にはその苦痛がなかったのだ。

その時はまだ、キッキポアポア星人という言葉を知っているのが、全人類の中で真緒と奈美だけだった。

キッキポアポア星人が攻めてくる1日前のことである。


今日の「後悔のフラッシュバック」はそこで途切れた。気が付くと、男の子の形をしていたキッキポアポア星人は死んで形を失い、完全なゲルになっていた。

死亡を確認した後で、自分がさっき奈美の居場所をつきとめたことを思い出し、真緒は駆け足で車に戻った。

「さて、何か質問があったらして。そのうえで先に基地に帰っておいて。後で私も行くから」

「じゃあ質問です」

「はいどうぞ」

「まおさんは、今から一人でどこに行くのですか。そして行先は、さっきコソコソとキッキポアポア星人と話していたことと関係あるのですか。」

「もし、質問に答えなかったら?」

「上官にチクります。」

車の中が数秒間、無音になった。

「…ついてきなさい」

今は順と言い争っている時間も惜しい。仕方なく、2人で車に乗って廃墟に向かうことにした。


「すいません。でも、そろそろ僕も先輩と一緒にキッキポアポア星人を殺したいんですよ」

廃墟に向かう車の中、順はそう言って、銃をねだってきた。

「了解した」真緒は準備していた順用の銃を渡した。「これが銃。使いなさい」

「ありがとうございます。しっかり援護します」

そんなことを話しているうちに、教えられた廃墟に着いた。

廃墟は元はコンビニだったようだった。しかし、窓はすべて割れ、棚は倒れて、商品の残骸だけが床に散らばっている。


「それじゃあ入るよ。ついてきなさい」

真緒は車からおりるとすぐに、廃墟の入口へと走った。

その背後で銃声がなった。

振り返ると、順が銃を向けていた。

真緒は驚かなかった。これを予想して、空砲しか入っていない銃を順に渡したのだから。

「・・・先輩、性格わるいですねぇ。あんなに僕と仲良くなった振りしておいて、心の奥ではキッキポアポア星人だと疑っていたんすね」

「わたしを殺そうとしたお前のほうが性格わるいけどね」

「それも、そうですね」真緒が銃を向けるのを観念したように眺めながら、順を模倣したキッキポアポア星人は笑った。「最期に教えてくださいよ。僕のどこが人間として不自然でしたか。」

「話していて楽しかったところだ。私は子供のころから、人と話すのが楽しくないんだよ。私が話していて楽しかったら、そいつは人間じゃない」

「・・・なるほど。真緒さんは、かわいそうな人ですね」

それが「順を模倣したキッキポアポア星人」の最後の言葉となった。


荒れ果てたコンビニの中は、人の気配はないように感じた。

本当にこんなところに、奈美がいるのか。と疑い始めた時、

「あまりジロジロ見ないでよ」

突然後ろから、声をかけられた。不意はつかれたが、驚きはしなかった。奈美はいつも真緒のことを驚かせようとしてくる。その性格は十年たっても変わっていない。

「えーっと、久しぶりって言えばいいのかな。」

「ああ、久しぶりだね、真緒。」

いつもキッキポアポア星人を殺すたびに、後悔するたびに思い出していた顔が目の前にあった。


自然と、初めて話した日の記憶が蘇る。

「それで、何すればキッキポアポア星人に対する協力になるの?」

学校で話しかけたあとに、半ば押し切られる形で、真緒は奈美を家にあげていた。

「えっとね」奈美は、真緒の家の中をジロジロ見ながら、嬉しそうにお願いしてきた。「キッキポアポア星人に地球人の常識を教えてほしいの。その方が擬態したときにバレない演技ができるでしょ」

「いいよ。それぐらいなら」

「じゃあ質問です」奈美はノリノリで質問を始めた。「ある地球人が歩いていると、目の前にお金が落ちているのを見つけました。さて、こういう時地球人はどうするのでしょうか」

「いや、そんなこと聞かれてもこまるよ」

「困る、とは」

「だって、地球人によって行動は違うだろ」

「へー、つまり地球人は同じ刺激に対しても個体によって異なる反応をかえすんだね」

「いや、普通そうでしょ」

「うーんと、キッキポアポア星人は全員完全に同じ神経システムを持ってるし、そのシステムの形式は死ぬまで変化しないんだよ。だから全員おなじリアクションしかしないんだ。」

「へえー変わった生き物だな」

普通に感心して、慌てて奈緒は我に返った。いや、「そういう設定」ってだけだから。ただよくできた設定なのは間違いない。

「ねぇ、地球侵略の協力者になってほしいんだけど、いいよね」奈美は奈緒のほうに身を乗り出して、グイグイきた。

「いいよね、って勝手に決めないでよ」

「あのねー、これは私の優しさなんだよ。地球侵略の協力者にすることで、真緒ちゃんは助けてもらえるでしょ。せっかくの気遣いなんだから、素直にありがとうって言えばいいんだよ」

「なんで、私だけ特別扱いされるの?」

「えっとね。それは奈緒のことが好きだから。」

いきなり、とんでもないことを言い始めた。真緒は顔を赤くして、「いやおかしいでしょ」と言い返すのが精いっぱいだった。

「私は本気だから。告白の返事は今夜8時に、駅前の公園に言いに来てよ」そう言い残すと、「ちょっと用事があるから」と真緒の家を後にした。

しかし、そのロマンチックな約束が守られることはなかった。


真緒の父が帰宅してきたからだ。真緒の父は防衛省に勤めていて忙しく、家にほとんど帰ってこない人だったが、その日は夕方なのにかえってきたかと思うと真緒を思いっきり叩いたのだった。

「いったい何を家にいれた!はやくその化け物の居場所を教えろ!」


そう言って激怒する父から知ったのは、今さっき自宅のパソコンから人間の文明レベルを超越したコンピュータウイルスが防衛省のパソコンに侵入しあらゆる情報を盗み「キッキポアポア星人」というメッセージを残したということだった。この時になってはじめて真緒は、奈美が普通の人間ではないと知った。そして真緒と奈美の待ち合わせ場所を防衛省に教えたのだった。

その結果、防衛省はキッキポアポア星人が攻めてくる中で、ベストをつくし、攻撃は許したものの、防衛省をサイバー攻撃した奈美を公園で射殺したはずだった、のに。


「なんで生きているの」

今、真緒の目の前には、あの日と同じ、にやにや笑いを浮かべた奈美がいる。

ストレートな疑問をぶつけられて、奈美は大げさにわざとらしく顔をしかめてみせた。

「ひどいなぁ。まずは謝ってよ。待ち合わせに来なかったばかりか、かわりに軍隊を送り込むなんてさぁ」

「そっちが、私の父のパソコンを攻撃したからでしょ。はじめから防衛省のPC目当てに私に近づいたの?」

「ううん、真緒のことが好きだからだよ」

「黙れ!」真緒は奈美の足元に一発銃を撃った。「なんで生きているのかいいなさい!」

奈美は静かに説明を始めた。その落ち着きっぷりは、真緒がどうせ奈美を殺せないと見透かしているかのようだった。

「教室にいたのも今話しているのも、奈美のコピーのキッキポアポア星人だからだよ。あの日公園にいたのは、本来の、つまり人間の奈美だった。だから奈美は殺されても、真緒の親友の私はここにいるってわけ」


真緒はその奈美の説明を何度も、頭の中で繰り返した。確かに辻褄は合っている。しかし、

「嘘ね」

「どうして嘘だと思うの」

「今、あなたと話していて不愉快だから。私はキッキポアポア星人と話していると楽しい気分になるの。だからあなたは、人間なんでしょ。」

「根拠が弱いねぇ。論理的な真緒らしくない。逆に人間だとしたら、なんで私は生きてるの?」

少し考えて、真緒は自分の推理を披露した。

「あの日公園にいたのは、キッキポアポア星人が見つけて拉致した、奈美によく似た人間の女の子だった。日本中からさがせば、奈美とそっくりな女の子だって見つかるでしょ。もちろん身元確認したらすぐにバレるけど、次の日にキッキポアポア星人による地球への本格攻撃が始まったから、戦争の混乱でうやむやになったってとこでしょ。」

「でも、その女の子が行方不明になったら、ニュースになってそっちが記録にのこってるはずで、、、」

「いいえ」奈美の反論を真緒は遮った。「キッキポアポア星人が、その奈美のそっくりさんと入れ替わったんでしょ。そうしたらバレない。」

「ふーん、辻褄はあってるね。でも真緒の推理は、奈美の説明を否定できていない」


真緒は、あえて奈美の言葉を無視して、質問を投げた。

「最期に2つ質問あるんだけどいいかな?」

「なに?」

「なんで、人類を裏切ってキッキポアポア星人の味方になったの?なんで私に愛の告白なんてしたの?」


奈美はヘラヘラ笑いながら、答えた。

「答えは1つで十分だね。普通に生きるのが嫌で嫌で仕方なかったから。人類を滅ぼすのも、同性に告白するのも普通の人はしないでしょ?だからしたの。」


心の奥ではわかっていたことだった。奈美の薄っぺらさも、友情があったわけではなく「はじき出されたもの2人が一緒にいた」だけなのだということも。

事実から目を反らして、幸せな思い出を見ながら後悔して、センチメンタルな気分になりたかっただけだった。なんて無駄な「後悔」だったのだろう。


もう迷わない。


真緒は奈美に銃を向け引き金をひいた。頭が吹き飛ぶ。四肢が脱力した死体が地面を転がり、バウンドした。しかし、死体は溶けなかった。つまり、真緒の推理が正しかったのだ。


撃たれる直前、奈美は「私が死んで後悔するぞ」と言っていた。

だからどうした?と真緒は思った。今も毎日後悔しているのだから、後悔が一つ増えても、何も変わらない。

真緒は明日のキッキポアポア星人との戦いに備えるため、急いで車に戻って基地へ車を走らせた。青春の後悔を廃墟に放置して。

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キッキポアポア星人のソテー(夕喰に昏い百合をそえて1品目) 広河長綺 @hirokawanagaki

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