第26話 ハングドマン④

 両手で押し込まれた刃先が食い込んだ部位からは、血液の代わりであるオイルが漏れ出し、袖を伝って床に垂れている。最後までアリシアは避ける素振りも防御の構えも取らなかった。衝動的に刺したバルカナッツォは、息を荒げ一歩二歩と後ずさる。返り血の如く手に飛びかかったオイルは生々しい感触を彼に覚えさせる。外では生きる為に使う短剣も、自分の憎しみで刺した経験は無い。全く違う感触と感覚が彼の全身を駆け巡る。


「ふふ……肩…ですか。心臓部分——動力炉——は狙わなくて良かったのですか?」


 そう言って、アリシアは自らの肩を抑える。ほんの数センチ下にズレていれば致命傷だった。


「くそっ…何なんだよ…今、本当に殺す気だったんだ。あんた、もうボロボロで見かけ倒しの人形だから、子供でも破壊出来るって…」

「誰から聞いたか知りませんが、間違いありません。そして、私に防ぐ手段はありません。必ず破壊されるでしょう」

「じゃあ何で…何で突っ立ってたんだよ!」


 怒りに任せて衝動的に刺した彼には言える立場じゃないが、どうしても腑に落ちなかった。


「黒幕を吊り上げなければならないからです」

「黒幕? それ本気で言ってんのか…?」


 アリシアは強い意志を瞳に宿し、バルカナッツォへと向ける。


「貴方の気が晴れれば、黒幕の情報を話すかもしれない。貴方の気を晴らすことに、私の命が必要なら…えぇ、今すぐにでも差し出しましょう」

「狂ってる…狂ってるよあんた…」

「我々を機械人形と言ったのは誰ですか? 機械人形が自分を駒として捉えるのが不都合でも?」


 理解できないと、腰を抜かしたバルカナッツォはその場に倒れ短剣を落とす。アリシアから合図するまで今日は傍観していろと言われた国王も流石に彼女が刺された時からは顔が引き攣っている。


「がは…すげぇなオイ」

「国王、彼を捕縛しなさい。聞きたいことがありますので」

「お…おう…誰か! この男を捕らえよ」


 バルカナッツォはやって来た衛兵たちにより縄で縛られ床に座らされる。顔を伏せた彼は歯軋りしながら恨みをこぼす。彼の瞳には大粒の涙が溜まっていた。


「それでも、オレは柊木冬馬が悪人と言い続ける。奴は、与えられた力で役目を果たせず、それを都合良く未練と解釈した。奴がオレから妻を奪った。生まれたばかりの息子を奪った…」


 涙と嗚咽で膨れ上がった顔のままバルカナッツォは語る。


「私もバルカナッツォさんの言い分、分かります」


 アリシアの眉がピクリと動く。そう口にしたのは明美であった。彼女はバルカナッツォが護衛を担当している来訪者でもある。


「東明美…」

「付き人とかは関係ないです。来訪者が倒す敵の情報なのに、来訪者にすら黙っている事が納得いきませんよ! そんな、隠してたら…後めたい何かがあると思いますよ…」


 悲しそうな眼で訴える明美にアリシアは表情を悟らせないために顔を伏せた。そして、小さな声で彼女たちに聞こえないよう「ごめんなさい」と呟く。


「アリシアさんは、どうしてそこまで柊木君に尽くすんですか? 仲間だったから?」


 今度は風が尋ねた。ハートやザフキエルを含めて、過去の柊木冬馬を知っていた人物たちは皆、等しく力を貸して助けている。側から見れば過保護な程に。


「いいえ。昔の仲間だけならここまでしません」

「じゃあ何で…や、やっぱり、そういう……」


 少し頬を赤く染めて、しどろもどろになりながら聞く風にアリシアは凛とした佇まいを崩さず答える。


「償いです」

「償い…ですか?」


 そう言われてもピンとこない風は首を傾げる。心当たりのあった石墨はアリシアに問いかけた。


「それは勝手に召喚して戦わせたことに関して…なの?」

「それも一つ。本当の償いは…私が本来の役目を果たせなかったから、ですよ」


 自傷気味に語るアリシアは普段の強い印象が抜け落ち、弱さを隠す事なく見せていた。


「冬馬の能力は知っていますね?」

「一応、本人から聞いた程度には」

「では、昔話を少し…国王、椅子と飲み物を。それと、バルカナッツォ。今から見せる映像で貴方の気が少しは晴れるかもしれません」


 言われるがままに国王が動き、アリシアの傷は応急手当される。やがて、じっくりと話す態勢が出来上がると、アリシアは耳型ヘッドギアを開放し、中から小さな箱取り出して風たちに見せた。


「アリシアさん、それは?」

「私の『記憶』。これを…ここに挿して…」


 アリシアは国王の部下に持って来させた映写機のフタを開け、中に小さな箱を挿し込む。フタを閉じてボタンを押すと、ホログラムの映像が風たちの前に映し出された。最初に映し出されたのはアリシアの視界ではなく、ある国を外から撮った映像。


「この映像は、私を含めた数人の記憶を元に構成された限りなく本物に近い記録です。巫や秋も…そして彼も出てきますよ」

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