AS123

エリー.ファー

AS123

 指示が飛んだ。

 私たちは静かに動き出す。

 殺さねばならないということだそうだ。

 何も地球のために生きている訳ではないのだから、こんな指示など無視してしまえばいいとは思う。

 でも、やめることはできない。

 使命感というやつである。

 失ってしまったら最後、明日など来てはくれない。

 譲れないものを一つ一つ束ねてしまうと、綺麗になりすぎてしまうから、私も私の友達もそこから遠ざかるようにして生きていくことしかできない。

 目的地は北海道だった。

 そこまでヘリコプターに乗って移動することになっている。

 黒い壁と黒い床、そして全身を黒く塗った仲間たち。

 私は呼吸を整えながら作戦の内容を頭の中で繰り返していた。

「なぁ、あんたって何年もここの隊員なんだろ」

 隣に座っている男性隊員から馴れ馴れしく話しかけられた。

 慌てふためいてしまう。

 大体、こういう時というのは、沈黙と相場は決まっているのである。何故に話しかけてくるのだろう。自分の中のタイミングが崩れてしまい、呼吸が乱れる。

「私はここで、八年になる」

「八年か。本当なんだろうな」

「そんなことで一々、嘘などつく必要があるか」

「ない。そう思うからこそ質問したいことがある」

「なんだ」

「これは大義か」

「どういう意味だ」

「この死に、何か利益はあるのか。それとも誰かのためになっているのか」

「死ぬと決まった訳ではない」

「死ぬさ」

「死にに行くのか」

「死にに行くのさ」

「お前は向いてない。戦うということへの意思がない。駄目だ。ここに残れ」

「俺は失うつもりだ」

「失うことなど考えるな」

「分かっているけれど、それが最後には覚悟へと変わる」

「意味は分かる。けれど、これ以上会話をする気は全くない。黙っていろ」

 たまに現れるのだ、こういう輩は。

 不憫だとは思うが、そんな生き方を正解だと思って戦場に飛びだされたのではたまったものではない。

 戦力としてカウントすることはできない。

 既に燃え尽きた命が一柱。

 それくらいの価値しかない。

「なあ、もう一つ質問をしたいんだ。」

「勝手にしろ」

「戦いに正義と悪はつきものか」

「それを考えてどうする」

「天国に行くのか地獄に行くのか。それをいつも想像する」

「馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しいものか。重要だ」

「天国も地獄もない、死んだら死んだままだ」

「そんなことはない、きっと死後の世界はある」

「いや、ない」

「いや、ある」

「いや、ない」

「いや、絶対にある。なければ、なければ寂しくて死にそうだ。今ここで、死んでしまいたくなる」

「寂しくなるのにか」

「人間は矛盾した生き物だ」

「寂しい言葉だ」

「リアリズムが心を錆びつかせる」

 私は目を瞑った。

 そして。

 ゆっくりと目を開ける。

 誰もいなかった。

 私一人である。

「どうでしたか」

 白衣の女性が現れる。

「何がですか」

「治療の方は、いかがですか」

「治療というのは」

「あなたは昔、戦地に仲間たちとともに飛び立って、勇敢に戦いました。しかし、残念なことに最後は貴方だけが生き残って帰ってきたのです。罪悪感なのか、あなたは不眠症にかかってしまい、今はその治療の時間です。どうですか、心の中を覗いたような気分になったのではありませんか」

 私は自分の手を見つめる。

 強く握りしめていたのだろう。

 爪が皮膚を破り、肉に突き刺さっていた。

 手から。

 血が滴る。

「眠れそうだよ」

「それは良かった」

 いや。

 残念だよ。

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