第2話 神樹カーネリア
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村の奥は、本当はあんまり行っちゃいけないといわれている。村を囲むアグーの森。アグーの森は、村の中と違ってまだ色づいた木々や葉が残っている。もちろん、白化した木や草花のほうが圧倒的に多いのだけれど。
そのアグーの森の中にある、ひときわ大きな樹。
神樹カーネリア。
天からの柱のような、大地に突き立った太く大きな幹は濃い茶色の肌をしている。カーネリアの樹だけは、冬を迎えることはない。十二年に一度の本物の春が来て、夏が来て、すぐに長い長い冬が来て、村中から色が抜け落ちていって、偽春がきて、また冬まで過ぎていっても、カーネリアの樹だけは色鮮やかな本物の春の色のままだ。
だからこそ、神樹だ。
そしてわたしたち、この村に住む民――【カーネリアの子】は、この樹がなくちゃ生きていけない。
本物の春を迎えるために、この樹の神霊力が必要だから。
わたしははっと大きく息を吐いて、神樹を見上げる。その吐いた息ももう白くなく、春はすぐそこなんだと伝えてくる。神樹に手を触れると、そのごつごつした木肌が潤っているのさえ分かった。
かつて、長い長い冬に支配され、世界中から色という色が失われた時代。聖女カーネリア様はその身を持って神に祈りを捧げ、春を呼んだという。そしてその身体は時を止めてなお、神樹としてこの地にある。
いまでも、春は毎年は来ない。来るけど、それは偽春だ。暦の上、気候の上では春だけど、でも、春の色は失われたままだ。
本物の春は、色鮮やかだ。木々が碧く色づき、花は色とりどりに咲き、風さえも色を帯びる。失われた色を取り戻す。
本物の春。
十二年に一度だけの、本物の春。
でも、わたしたちはその本物の春を知らない。前回の本物の春の年に生まれたのがわたしたちだ。
彩りの候補生になるわたしたちは、本物の春を呼ぶ力を持つと言われている。春に祝福されて生まれた子どもたちだから。
そして、その中でも春を祝う祭典、色流しの祝祭で主役になれるのは、彩りの神子と咲の巫女のふたりだけだ。
わたしは、選ばれなかった。
「モニカ」
ふいに、声がかけられた。
ああ、いま一番会いたくない声の主。
やさしくて穏やかな、大好きな声。
「モニカ?」
「アーヴィ、わたしいま、アーヴィに会いたくないの」
突き放すようなわたしの声に、背中で微かに笑いの気配。
「うん。だろうね」
頷きながら、でも、アーヴィはゆっくり近づいてきた。後ろからそっと、わたしを抱きしめる細く、けれど力強い腕。
「でも僕は、モニカに会いたい」
だからこっちを向いて、と、アーヴィの手がわたしの頬にかけられる。
しかたなく、見上げた。少しだけ頼りなくて、でも、わたしに良く似た気の強さも少しだけ見え隠れしているまなざし。色抜けしていない、真っ黒な髪。わたしと正反対の、わたしの片割れ。
「アーヴィ、わたし、ダメだった」
アーヴィは微笑んだまま、わたしの色抜けした真っ白な髪を撫でている。
「わたし、選ばれなかった。アーヴィは選ばれたのに」
大好きなわたしの片割れ。わたしと同じ顔を持つアーヴィ。でも、わたしだけ七歳の冬に色抜けしてしまって、髪は白く目も水色になってしまった。アーヴィは色抜けしていない。真っ黒な髪に、紺碧の瞳。その深い湖のような目が、わたしは好きだ。かつてはわたしも持っていた、紺碧の瞳。
アーヴィは選ばれた。男の子代表の、彩りの神子に。
でも。
「イェリンだよ」
「そっか」
きっとアーヴィだって、どこかで分かっていたんだろう。選ばれるべきは誰か、ってこと。
くしゃくしゃと、アーヴィがわたしの頭を撫でる。
「イェリンが選ばれて嫌?」
「ううん」
ぎゅっと、アーヴィに抱き着いた。胸に顔をうずめて、ふるふるっと首を振る。
「イェリン、すごいの。すっごい頑張ってたもん。すっごい綺麗だったもん」
「うん」
アーヴィだって知っている。わたしたちはいつも三人一緒だったから。同じ日に生まれたわたしとアーヴィ。その三日後に、お隣に生まれたイェリン。お陽さまみたいな髪の色を持つイェリン。怖がりで、自信なんていつでもなくて、だから誰より目いっぱい、練習して、練習して、頑張っていた女の子。
「でも」
分かっている。分かっている、けれど。
「くやしい」
「うん」
アーヴィがもう一度ぎゅうっとわたしを強く抱きしめる。春を呼ぶ、彩りの神子にえらばれた男の子の腕の中、選ばれなかったわたしは、わんわん、泣いた。
◆
でも、泣いたのはその日だけ。
だっていつまでも泣いていたら、そんなの
それに、イェリンにだって気を遣わせたくない。
選ばれたイェリンは、悪くない。
だから、わたしはいつも通りスクールに通う。
色流しの祝祭は、主役以外も忙しいしね。
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