彩りの春が咲いたなら
なつの真波
第1話 咲の巫女
「今年の咲の巫女は、イェリンに決定します」
ショーグレン先生の凛とした声が広場に響いた瞬間、わたしは沸き上がる歓声の中で一人、呆然と前を見据えることしか出来なかった。
もうすぐ春を迎える薄荷色の空を背に、ショーグレン先生はいつもの角角しい目で壇上からわたしを見降ろす。
ううん、わたしを、じゃない。
わたしの横で、わたしの袖をきゅっと握って震えている女の子を、だ。
「イェリン、いらっしゃい」
「……あ……」
名前を呼ばれ、ショーグレン先生から手を差し伸べられ、それでもイェリンは動こうとしない。
わたしはきゅっと一瞬だけ唇を結んで、それから、その口角を持ち上げた。イェリンのその弱弱しい細い肩をぽんと叩く。
「ほら、呼ばれてるよ!」
「で、でも、モニカ、わたし」
「決まったんだよ、イェリン。胸を張らなきゃ、ね?」
満面の笑みを張り付けてイェリンの肩を押す。イェリンは少しだけ困ったような顔をしてから、ふわりと微笑んだ。やわらかく結ったお下げが風に踊るように揺れ、おずおずと壇上へ上がっていく重いスカートの後ろ姿が、うっすらとかすんでいく。
ばか。まだ、だめだ。
壇上に上がったイェリンは、咲の巫女の証になる花冠をショーグレン先生から授与された。
恭しく、その小さな頭に冠を抱き、イェリンはそれこそ花が咲くように笑った。
十二年ぶりにくる本物の春を祝う、色流しの祝祭。
その巫女に、イェリンは選ばれたんだ。
歓声が一層大きくなった。スクールの皆は、ずっと一緒にこの日を目指して来たけれど、それでもみんなどこかで分かっていたんだろう。選ばれるべき人は誰か、ってことを。だから、きっとこんなに素直に祝福できるんだ。
そう。選ばれるべきで、選ばれたのは、イェリンだ。
わたしじゃない。
わたしは、選ばれなかった。
咲の巫女には、もう、なれない。
歓声に紛れるように、壇上に投げられる祝福の声に押し出されるように、ゆっくりとわたしはその場を離れる。
ゆっくり、ゆっくり。
そのはずだったけれど。
みんなの声が聞こえなくなったあたりで気が付くと、わたしの足はもう全力で走りだしていた。
一刻も早くその場から遠ざかりたかったんだ。
こみあげてきた音が喉の奥から漏れてくる。景色全部が歪んで見えた。
ああ、そうだ。
わたしは、選ばれなかった。
わたしは、選ばれなかった。
選ばれたのはイェリン。
わたしじゃ、ない!
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