行方不明者届

 雪が降る中、もうこの二年で慣れた道を歩いていく。


 頭を軽く横に振ると、いつの間にか髪に積もっていた雪がサラサラと落ちてきた。深く帽子を被りなおし、何気なく左手の小指を立てる。


 「約束、したのに・・・。」


 今日あいつが消えた夜を夢に見たからか、約二年前以上前にあいつと交わした約束を思い出した。


 いきなり頭にドンッと殴られたような衝撃が伝わり思わず足を止める。

 

 頭を手で支えて痛みを抑えようとすると胸がキュッと縮んだように痛くなり、次第に頭に針で刺されたかのようなチクチクとした痛みが加わった。息を吸う音がハッキリと耳の奥から聞こえてきて、自分の呼吸がひどく荒れ乱れていたことに気が付いた。心臓があるだろう場所を服ごと力強く掴んでゆっくりと息を吐く。

 ドクドク言う心臓の鼓動がおとなしくなっていくのを感じてもう一回大きく息を吸う。

 頭と胸の痛みが遠ざかっていったことも感じて前屈みになっていた姿勢を正す。

 そして再び新雪のせいでちっとも安定しない足元を進んだ。


 少し重い扉を引きずるようにして開けると、パチパチと薪の燃える音が耳に入ってきた。

 視線の先に見慣れた赤みがかった茶髪の女性を見つける。

 その女性は俺に気付くと、グルンとこちらを向いてその勢いのままこちらに詰め寄ってきた。女性は驚いているような納得しているような謎の表情を浮かべて俺を見ていた。


 「そんなことだろうとは思ってたけどさ…」

 「どうしたんですか?」

 「もう…ハル、今日何の日か分かる?」

 「今日…?」


 首を傾けて思い出そうとするも何も出てこないままいるとハァと大きなため息をつかれた。


 「今日は、着任式でしょうが」

 (ああ…そういえば)

 「コートちゃんと持ってる?流石に室内だし帽子はいらないけど。」

 (あれ…着任式、って何だっけ?)


 疑問が一個解決した矢先にもう一個疑問が生まれて傾げた首がさらに曲がる。数秒程二人の間に何も変化が無く、ついに呆れ100%の口が開かれた。


 「ハル…このバッカ…!」


 呆れられたというより怒られたような気がする。


 「あ、セイカ先輩おはようございます。」


 そういえばまだ言っていなかったと思い出して挨拶をする。

 会釈をしようとしたが、いつの間にか顔のすぐ下に潜り込まれていて頭を下げる余地が無い。俺の顎辺りに位置する顔は最早変顔の域に達しているほどで、相当呆れられているのだとわかる。


 「ハル、あんたそういうとこまであいつに似なくていいと思う…。私が孤児院にいた時はもうちょっと、空気読めていたはずなんだけどなぁ…」

 「それで、コートですか?」

 「え?」

 「今確認したら一応持ってたんですけど、着ればいいんですよね?」


 口から出た言葉は思った以上に速いうえに固かった。その声に自分でも軽く驚いていると、呆気にとられたような顔で答えが返ってきた。


 「あ、うん…コート着るだけで大丈夫なはずだから。後少ししたら新人の子が来るから準備しといて。」

 「分かりました。」


 そう返しながら自分の机に進み、コートを椅子の背もたれにかけてそのまま立ち尽くす。

 目はきれいさっぱりとした机の上に一つだけ乗ったプリントに向かう。




 『行方不明者届 対象:ノア(行方不明時:一六歳)』




 傷付くことが分かりきっているはずなのに、この一年で何度も身に持って体感して理解したはずなのに、自然と目が文字を追ってしまう。

 そこにはあいつの名前、略歴、行方不明までの経緯が冷淡で無機質な字によって書かれている。



 そして捜索結果。




―死亡の恐れ、多いにありー




 頭に雷光が轟いたように痛みが発生して、その痛みが全身に伝わってくる。荒い息を口の中で吐き出して軽く吸う。

 八重歯で下唇を押さえて呼吸を強引に落ち着けると、口の中に気持ちの悪い温かみが広がった。

 右手の甲で口を拭うとべっとりとした赤い血が付いていた。

 そのまま手を左右に動かして血を拭う。ちょっとだけ残った血を飲み込んだ喉がゴクンと大きく鳴った。


 一度大きく息を吸う。


 椅子に座り倒れこむように背もたれに体重をかけ、声にしてもハッキリと聞こえそうなくらいに、吸った時よりもさらに大きく息を吐く。

 息を吐いた流れのまま目を閉じて、必ずどの記憶でも中心にいるあいつの姿を目蓋裏に思い浮かべる。

 俺より2か3㎝程小さいノアはその僅かな差を気にしていたらしく、どこかに出かける時はその身長差分以上の厚底になっている黒いブーツを必ず履いていた。

 だから外では本当に、本当に少しだけノアが高いのだが、室内に入るとブーツを脱ぐからいきなり縮んだように見えてかなり面白かった。

 それを言ったらきっと顔を真っ赤にして拗ねるだろうから試したことは無いけれど、ずっと後、二人ともいい大人になった頃に言ってやろうと考えたこともあった。

 あの頃思っていた未来とは、時間を無意味にでも過ごしていれば必ず来るものだと、そう思って疑ったことはなかった。

 でもノアがいなくなってからは、全くと言っていいほどに変化の無い時間を無駄に消費するのが現実で、未来なんてつらい現実を耐えきるための都合のいい言葉なんだと気付いて、理解してしまった。


 (擦れた大人になっちゃったかもな、俺)


 こんな俺を見たらノアは何て言うだろうか。

 いくら問いかけても返ってくるはずのない事ばかり考えてしまう。そんな思考がグルグルと脳内を廻り気持ちをさらに下げていく。


 何故だか最後にノアに触れたときの温かさを思い出した。

 あの時抱いた不安は、ノアが消えてしまう予兆だったのだと、だからあんなに怖くて怖くて仕方が無かったのだと、何度も何度も理解してきた。その度に何度も何度も自分を問い詰めて苦しんできた。もう、自問自答し続けるのにも疲れた。

 子供の頃には、大小関わらず毎日何かしらの出来事は起こっていたから、一年が経つのは凄く長く感じた。でもこの一年は、毎日全く同じ一昼夜を三六五日繰り返しているような感覚で、ひどく疲れるくせに長い一年だった。これがもう一年、十年、もしかしたら死ぬまで続くのだと考えてしまう。


(それなら、いっそ…)


 底なんて知らない心の中の深い沼は、気持ちだけでなく体感温度までもをどんどんと奪って下げていく。目は相変わらず閉じたまま顔を上に上げ、大きく息を吐く。

 何かが頬と触れた。

 じわじわと顔全体に沁み込んでいく温かさは、心の奥深くに沈み込んでいた意識をゆっくりと引き上げてくれるようで安堵の息がこぼれた。


 「ため息ばっかついてると幸せが逃げていくよ、って院長先生に教わらなかったの?」


 目を開くと片手ずつにマグカップを持った優しい呆れ顔の先輩がいた。


 「セイカ先輩・・・」


 顔だけを上げているせいで息がしづらく、ほぼ吐息のような声で大好きな先輩の名前を呼ぶ。

 セイカ先輩は軽く笑うと、俺の頬に当てていたマグカップを無意識のうちに組んでいた手に置いて渡してきた。

 空っぽになった左手で眉間に手を伸ばしてくる。そして人差し指でグリグリと痛くはないほどの強さで、いつの間にか固まっていた俺の眉間をほぐす。

 息が少し苦しくて軽い呻き声のようなものをあげていると、満足したのか指が離れたので首を戻す。

 セイカ先輩は隣の椅子に勝手に座りマグカップに入った何かを一口飲むと、からかっていても奥底にある優しさが消せていない声色で話し始めた。


 「こんな怖い顔してたら後輩くん怖がっちゃうよ?」


 手に収まっているマグカップに入っているのは、温かいホットココアだった。


 「さっきはごめんなさい。」


 マグカップから漂う湯気ごとココアを飲む。


 「別に、俺が悪いだけですし。」


 いつのまにか置いてあったミルクを少し入れて混ぜていると、ふっと微笑み、話を続けた。


 「あのさ、何その話し方」

 「え?」

 「何で敬語なんて使ってるの?」

 「それは・・・」


 何でと言われても、覚えてないから説明が出来ない。

 どう説明しようかボーっと考えながら、手に包んでいたホットココアの波紋を見る。


 「この二年でしみついちゃいましたし…」


 誤魔化すような口調で話すと、セイカ先輩がいきなり顔を指差して、謎の問いかけをしてきた。


 「私は?」

 「え?セイカ先輩。」


 何か間違っていたかとやや不安だがこの人の名前を間違えるはずが無いと即答すると、軽くムッとして答えた。


 「それだって。」

 「はい?」

 「いつから“セイカ先輩”なんて呼んでるの?」

 (いつから…?)


 いつからだっただろうかと、おぼろげな記憶を何とか思い出す。


 (あっ・・・!)

 「たしか、二年前にサンタになった時に誰かから年上の人には先輩って呼ぶんだよって言われて。たぶんそれがきっかけで、敬語も…。」

 「おー誰だろう…。」

 「ちょっとそこまでは…忘れちゃいましたけれど…」

 「あ、あいつかぁ…」


 自分ですら覚えていないその人にセイカ先輩は心当たりがあるのか、目を閉じて眉間にしわをよせると「ああぁ・・・」と何度か大きくため息をつきながら頷いた。


 「大方あのバカでしょ、あいつ礼儀みたいなところ細かいから。」

 「あいつって?」

 「レオだよ、覚えてない?」

 「あー…」

 「まぁ私達と違って裏の事務仕事担当だし、事務所も場所違うから中々会わないもんねー。ぎりっぎり、ハルの時の着任式にはいたからそこで言われたんじゃないの?」

「ああ、レオ先輩か。そうだった気がします。」


 言われてみれば何故忘れていたのか分からないくらい鮮明に、あのキリッとしたつり目を思い出せる。礼儀にとても厳しいが、おかげで仕事でどこへ行っても、苦労せずに済んでいる。

 たしかだが、二年前の着任式の後にある簡単なパーティーで会った時に、孤児院時代の流れで「レオ兄さん」って呼んだら、「もう大人になったんだから目上の人には敬語を使いなさい。それに年上の人には兄さん姉さんでは無くて先輩と呼びなさい。」と注意された。


 レオ先輩はセイカ先輩の一個上で、しょっちゅう言い争いをしては院長先生に怒られていた。ことごとく思考が真反対らしくいつもちょっとしたことで喧嘩して最後は実力行使に発展することなんて日常茶飯事だった。

 口喧嘩ではレオ先輩の圧勝でいつもセイカ先輩は号泣していたが、その手前で実力行使にうつるとセイカ先輩の圧勝だった。

 その喧嘩を止めるのが一個下の俺達の役割だったが、暴れだしたセイカ先輩は本当に止めるのは大変だった。

 

 「ねぇ、何か変なこと考えてない?」


 声をかけられたことで、大変な日々を思い出しているうちに無意識にセイカ先輩をジトーっと見ていたことに初めて気付いた。


 「い、いや、別に何とも無いですよ?」

 「ほんとかなぁ・・・」


 ジロジロと見つめられていると罪悪感も何も無いのに目を背けた。

 その状態からセイカ先輩が諦めて疑いの目を外してくれるまで幾秒かしか経っていないのに、精神的には一時間くらいの疲労感だった。


 「あのね、私は別に礼儀とか気にしないから。」

 「はぁ。」

 「ていうかむしろ昔通りに呼んでほしいんだけど。」

 「なるほど、つまり…」

 「タメ口で、ね?」

 「はい」


 こういう時俺に拒否権など存在しない。素直に頷くことが大切だ。


 「セイカ先輩じゃなくてセイカ姉さん」

 「…」

 「いいね?」

 「…はい」

 (顔は笑っているのに全く心が笑ってない笑顔って、俺初めて見た気がするなぁ…)


 そんなどうでもいいことを考えて現実逃避を目論むものの、それすらも見通していそうなセイカ先輩、いやセイカ姉さんの笑顔があまりにも怖くて反抗する気も失せた。

 別に、元々何となくの流れで呼んでいただけだから特に反対する理由も無いのだが。

 セイカ姉さんはマグカップに残った何かをズスッと全て飲み干すと、先程までとの威圧感のある笑顔から一転して、いつもの見慣れた悪戯心のある優しい笑顔に変わった。


 「落ち着いた?」

 「…!」


 本当にセイカ姉さんには頭が上がらない。


 「…ありがと、セイカ姉さん。」


 セイカ姉さんは俺の小っちゃい心なんて全部見透かして包み込んでくれる。これだから皆に好かれている。

 主に俺達年下達に対して起こる悪戯さえ無くなれば完璧なのだ。

 まぁ完璧超人なんてそうそういられても困る。そういう存在は院長先生だけで充分だ。


 知らない間に緩んだ表情にココアの優しい茶色の水面で気付くと、その全てを飲み干す。両手に包まったマグカップの底には固まったココア粉の固まりだけが残った。

 セイカ姉さんはニッと満面の笑みになると椅子から立ち上がって俺の手にあるマグカップをスッと奪い去って元気良く言った。


 「じゃあ、後輩くんそろそろ来るから片付けよっか。」

 「うん。」


 二人でマグカップを洗って部屋全体の片付けをする。

 しだいに五人くらい先輩方が来て片付けや準備に加わった。片付けとか準備というのはやればやるほどどんどん細かいことが気になっていくもので、全然終わらない。


 そうこうしているうちに時間が経っていて、一段落ついたと思うと、トントンと軽い遠慮がちなノック音が部屋に響いた。


 「し、失礼します。」


 セイカ姉さんに連れられドアから現れたのは、俺の白髪に近い金髪とは違う、色のハッキリとした金髪の男の子だった。

 緊張しているのか全身を強張らせたその子は、俺と目を合わせるとパアッと顔を輝かせてこちらに駆け寄ってきた。そしてその勢いのままギュッと記憶より大きくなったもののまだ小さい体で必死に抱き着いてきた。


 「ハル兄さん、久しぶり!」

 「久しぶり、カイ。」


 カイはそのままニッと笑うと、満足したのか俺の腕から離れたが、他の人達にも一通り挨拶を済ませるともう一度戻ってきた。

 何を話そうか迷っているのか鮮やかな青い目を色んな方向に移動させている。その様子はとても愛らしくていくらでも見ていられる程だったが、さすがにかわいそうに思えてきたので俺は改めて祝いの言葉とわずかにからかいを口に出した。


 「着任おめでとう、カイ。いらっしゃい地獄へ、なんてな。」


 カイはとても喜んで感謝を伝えてくれたが、最後のからかいには文句があるらしくすぐにムッとしながら続けた。


 「地獄とか言っちゃダメ!世界中の夢を持ってる子供に失礼でしょーが!」


 ハイハイと受け流すがカイのまっすぐな瞳が擦れた俺にはまぶしすぎた。それを誤魔化すようにカイの頭をガシガシと力強くなでる。


 「あーもう!子供扱いしないでよ。」

 「俺から見たらまだまだ子供だから。」

 「もーそういうことじゃなくてー!」


 慌てて反抗してくるがその力を抑え込んで、さらにカイの髪をかき混ぜる。


 「私からしたらハルも充分子供だけど?」


 すっかりカイの髪がボサボサになった頃に、セイカ姉さんが紅茶を三人分持ってきた。おしゃれなティーセットが乗った銀のお盆をすぐ傍の机に丁寧に置くとこちらに振り向いた。


 「着任おめでとう。仕事頑張ってね、ホンット大変なんだから。」

 「セイカ姉さん、この職場って、地獄で間違ってないよね?」

 「うん、特に十二の月はねー。クリスマスまではただの地獄だから覚悟しとくんだよ。」

 「あれは…本当に辛い…」

 「本当にね…」


 二人で去年までのクリスマスを思い出し、話していると、一向に納得していないらしいカイから反論の声が上がった。


 「それは、セイカ姉さんとハル兄さんが根性が無いからでしょ!いつも途中で投げ出そうとするし。」

 「でも、ちゃんと最終的には終わらせてるんだから許してよ!」

 (これに関してはセイカ姉さんに同意)


 この仕事の大変さは体験してもらわなければ一生伝わらない気がする。気が付いたらあっという間にその時期になるから楽しみに待っといてもらおう。

 そう考えている横で、セイカ姉さんは必至に大変さをカイに訴えかけていた。カイはしばらく不満げに聞いていたがしばらくすると諦めたのかコテンと首を傾げた。


 「仕事が大変なのは分かったよ。でも、僕は頑張るから。」

 「カイは変わらず頑張り屋さんだねー。じゃあ、期待しとくからね?」

 「うん!任せておいて!」


 セイカ姉さんに頭を撫でられ、喜びで頬を真っ赤にしながら笑って返事をするカイの姿を見ながら、机に置かれたティーカップを二つ取る。

 その一つを飲みながらもう一つをカイの頭に乗せた。


 「俺らに出来ることなら何でもするから遠慮せずに言うんだよ。」

 「うん、ありがとハル兄さん。」


 カップを頭から胸の前辺りにまで移動させて受け取ってもらう。

 カイは慎重に一口目を飲んだが熱すぎたようで、小さい口で一所懸命にフウフウと息を送り込んでいる。

 それを横目にもう一つのティーカップも持ってきて、ミルクポットと一緒にセイカ姉さんに渡す。

 セイカ姉さんは片手に何とか収まるくらいの大きさのポットに並々の入ったミルクをカップの中に全て注いだ後、机に一度カップを置いて自分のバックからポットを二つ取り出して戻ってきた。一つ目の木の円形の蓋をパカッっと開けて、そのままドボドボとポットに入っていた角砂糖を一かけらも残さず紅茶の中に投入する。二つ目の蓋も開けると、ポットいっぱいに入っていたハチミツも入れて、スプーンで優しくかき混ぜる。

 そして何も異常など起こっていないと言わんばかりの無表情のまま、一口、二口と飲んでいく。時々ふわぁっと温かい幸せな息を吐きながら、柔らかな笑顔が混じる。


 セイカ姉さんの甘党っぷりはきっと一生変わらない。そう確信できるほど初めて見てから大体早十七年、この常軌を逸した行動は長く続いている。

 とはいえ、何度見ても衝撃とは薄れはしても無くなりはしないモノであって、思わずその光景を眺めてしまう。

 それはカイも同じなようでチラリと顔を見ると、目を軽く見開いてボソッと言葉をこぼらせた。


 「セイカ姉さん、昔より悪化してない・・・?」

 「ごめん、否定できない。」


 仕事の忙しさに比例しているのか、年々セイカ姉さんの摂取する糖分量は増加していっている。

 まだ孤児院にいた頃はカップ一杯につき角砂糖とはちみつはポット半分ずつだったはずだ。それが、この数年でここまで成長してしまった。さらにこの前から砂糖たっぷりのミルクまで追加し始めたから、もう手遅れだと思う。

 机にもたれかかり自分の手元の紅茶を見る。

 アールグレイの赤茶の奥深いが爽やかな色。

 これがセイカ姉さんのカップの中ではどんな色に変化しているのだろうかと、気になりはするが何だか恐ろしい予感がして止めた。


 三人ともしばらくは、紅茶を飲んだりクッキーを食べていたりしていたが、一段落したのかセイカ姉さんが口を開いた。


 「ねえカイ、引っ越しって終わった?」

 「ううん、まだ家具とかが全然届いてなくて、一週間後くらいに来るらしいんだけど…」


 セイカ姉さんは悪戯を思いついた時の笑顔を隠そうともせずに浮かべて、次の一言を放った。


 「じゃあさ、その日私とハルが手伝いにいくから、鍋パしよ。」

 「「へ?」」


 何故か強制的に俺まで参加を決定されている。

 衝撃を受けた俺と声が重なったカイは、困惑した顔で少し申し訳なさそうに答えた。


 「えっと、お手伝いしてくれるならすごくありがたいんだけど…いいの?」

 「ぜーんぜん大丈夫。それに、ハルの手料理食べたいでしょ?」

 「食べたい‼」


 ワイワイと話が進んでいく二人に、無駄だとわかってはいるが一応確認をする。


 「あの、ちなみに俺の拒否権は…」


 「「無い」」


 「デスヨネー」


 勢いよく満面の笑みで答えられた俺には、人権なんて無いに等しい。もう考えるのが面倒になってきたのでそういうことにしておこう。

 やるとなったら全力を尽くす。

 俺は腹をくくって、当日のメニューを考えることで現実逃避を図った。

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