悪夢の始まり

 とてつもなく嫌な予感に襲われ目を覚ました。


 隣に眠る幼馴染の姿を確かめてギュッと自分より僅かに小さい背中を抱きしめる。 昔、まだ二人ともあの孤児院にいた頃は、怖い話を聞いた後はお互いに怖くて、よくこうして眠りについていた。あの頃と同じように、黒髪の幼馴染がちゃんとここにいると実感したくて、身体いっぱいで彼の体温を感じる。


 昨年成人を迎え、孤児院から出て俺は兄や姉達と同じように“サンタ”になった。


 慣例では一人暮らしを始めなくてはいけなかったが、唯一の同い年であるノアと相談して二人で住むことになった。慣例といっても、何となく続いてきただけだから、特に何も反対はされなかった。


 この生活を始めてそろそろ一年が経とうとしてはいるが、幸いなことに今のところ大きな問題や困ったことは何も起きていない。


 強いて上げるのならばノアが高熱を出して、ここ一週間看病のために二人とも仕事を休んでいたことぐらいである。

 だがそれも昨日には起き上がってしっかりとしたご飯が食べられるくらいにまで回復していた。今日は大事をとって休んだが、明日には復帰出来るだろう。


 だから心配することは何もない。


 何も無い、はず、なのだ・・・


 収まるどころか膨らんでいく不安に比例してノアを抱きしめる腕の力が強くなっていく。こちらからは見えない顔が歪んだのか、ノアの体が微かに強張り同時に小さく呻き声が聞こえた。腕の力を緩ませると、寝返りで顔をこちら側に向けた体に右腕が巻き込まれた。

 余程痛かったのか眠りが浅くなったらしいノアは口元を幾度も微かに動かしている。起こさないように慎重に両手を背中に伸ばして再びギュッと抱きしめる。


 そのまま目蓋を閉じて眠りに入ろうとはするが、胸に残ったモヤモヤとした恐怖が脳を刺激して中々眠れない。

 体を丸めるとノアの体と温もりに包み込まれるようになった。ノアがちゃんと自分の傍にいることを確かめながらそのままゆるやかに眠気に身を任せた。




空が明るんできた頃にもう一度目を覚ますと、俺の腕の中にたしかにいたはずのノアは、姿を消した。







ーそして一年が経とうとしている今も、その姿は誰一人として見ていないー



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