真夜中、男の苛立たし気な舌打ちは人の気配の無い町に、思いのほかよく響いた。

 将来見込みのない馬鹿を焚きつけて連続殺人犯に仕立て上げ、その犯行を眺めるのが十日に一度の数少ない楽しみだったというのに。先月、そいつが逮捕されてしまい、楽しみを奪われてしまった。腹立たしい、と男は女受けしそうな顔を醜悪に歪めながら、もう一つ舌打ちをした。色々と囁き、唆し、行動にうつる様にするまで、それなりの時間を要しているし、これから他の馬鹿を唆し焚きつけようにも、そんなことをすれば、暫くはあらぬ疑いを掛けられる。色々と時間を無駄にさせられている。それが何より男には腹立たしかった。それもこれも。

「あの餓鬼のせいだ」

 殺人犯が逮捕されるきっかけは、先月起こした事件。その時の殺しを確かに目撃されていた。目撃していたのは、男も犯人も知っている少年であり、普段の鬱憤を晴らすのもかねて、口封じのため、殺すつもりで暴行を加えた。だが、確実に息の根を止めるより先に、近づいてくる懐中電灯の明かりに、川へ突き落しそのまま逃げている。意識もなく、息も止まりかけていたはずで、殆ど死んだようなものだと思っていたし、念のためと翌日少年の身内などにそれとなく探りを入れたが、行方不明だと言っていた。だからこそ、死んだものと思っていたのだが、ふたを開けてみれば、どこかで生きており、目撃証言があげられ、連続殺人犯は逮捕された。暴行の罪で自分も逮捕されるのではとおもっていたが、その気配は全くなく。一応、殺人犯にも義理人情の様なものはあったらしい。ならば、早い所目撃者を始末すれば、心配事はなくなる。自分で動かなければいけないのは癪だが、仕方がない。だいぶ連続殺人犯が逮捕された時の空気も薄れ、なにより目撃者の生存は確認した。近々仕事にも復帰するらしい。だが、隠れている場所だけがわからず、その場所の当てもない。その為、男は夜になると、当てもなく一人街を歩いていた。

 今日も収穫は何もなく、そろそろ帰るかと踵を返した男の視界に、懐中電灯の光がうつる。向かい側から、それを手に誰かが歩いてくるようだ。目撃者を逃がす原因が、懐中電灯の明かりだった為、その明かりだけでも腹が立つ。再度進む方向を変えたいところだが、相手からはぼんやりとでも、自分の姿が見えているだろう。ならば、ここで変な動きをするのも疑われると、男は平然とした様子でそのまま歩き出す。ずんずんと距離をつめ、すれ違おうとした瞬間、懐中電灯の動きが止まった。スッと真正面から男の顔を照らすようにそれを向けられ、眩しさに目を細める。

「澤山英明だな」

「ええ、そうですが。随分と失礼ではないですか?人の顔に懐中電灯を真正面から向けるだなんて」

 懐中電灯の持ち主は、男-澤山英明-を無表情に見つめている。いつもの善良な仮面をかぶり、暗に懐中電灯を退けろと言うが、持ち主にそれをする気配はない。もっと言えば、澤山はその男を知っている。よく職場で見かける警察官だ。しかし、制服ではないことから、仕事中ではないだろう。だったらなおの事、なぜ自分の邪魔をするのか。苛立たし気につま先が地面をたたく。

「高岡浩司郎を唆し、連続殺人事件を起こさせたほかに、未成年への暴行。身に覚えがあるだろう」

「だとしたらなんだい?唆したとは言うが、行動をしたのは奴だし、暴行に関しても、未だに私は逮捕されていない。それが答えでは?」

「ああ。だからこそ、お前は生きていてはいけない」

「警官が殺しでもする……っ!」

 笑い飛ばしてやろうとするより先に、喉に鋭い痛み。懐中電灯で目潰しをされている間に、警官が距離を詰め左手に握っていた何かを、澤山の首へ突き刺したのだ。一度それが引き抜かれ、吹き出した血を浴びながらも警官はさらに一歩澤山へ距離を詰める。

 殺される。恐怖で逃げようとする澤山を突き飛ばし馬乗りになると、鈍く光る鋭利な何かが振り上げられた。

「お前がいると、あの子が平穏に生きられない」

 その言葉を最期に、澤山の命は完全に断ち切られた。

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