第33話 何だよこの高校!




 日々の習慣とはなんと恐ろしいんだろう。

 折角青森に来たという事で、目覚ましのアラームはつけていないはずなのに……いつもの時間に目覚めてしまった。


 ただ、隣の海真と……なぜかその隣に居る透白は夢の中。カーテンを開けるのは流石に可哀想だ。

 かと言って、もう1度寝るのは難しい。となれば……




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 流石に早い時間ともあって、旅館内も静まり返っている。そんな中俺は1人、大浴場に向かって歩いていた。


 結局何もしないよりはサッパリしたいし、雰囲気の違う露天風呂も満喫したい。

 若干のウキウキした面持ちのまま、大浴場へ続く暖簾をくぐると……


「えっ? 掃除中?」


 入り口に立って居る掃除中の立て札。しかし、幸いな事に女湯の方だけだった。


 良かった。

 なんて安心した時だった、その清掃中の女湯の扉が開いたかと思うと、中から誰かが出て来る。


「ふぅ。あら?」


 黒髪を後ろに束ねたTシャツ姿の女性。ただその顔が見覚えがあった。


「あっ、おはよう。真也姉まやねえ


 ハッキリ言って、宮原家は……かなりの大家族だ。母さんの兄妹も多い方だし、その兄妹の子どもも然り。まぁ、自分の兄妹もかなり多いから、言えた義理じゃないんだけどさ?


 この人も、真也姉なんて呼んでるけど本当の姉じゃない。まぁいとこのお姉さんだね?

 宮原真也。透白と花那のお姉さんで長女。大人びた雰囲気を醸し出す大学生だ。


 ちなみに、この宮原家に住んでいる人で……その姿を見せて居ないのはあと1人。母さんの年の離れた妹。つまり俺達の叔母さん。

 ただ、叔母さんと言っても……年は結構近かったりする。もちろん叔母さん呼びをすると、般若の様な顔になるから禁句だ。

 聞くところによると旅行に行ってるみたいで、大人連中は婚前旅行だなんて言ってた。けど……その騒がしさは見慣れているから、話を盛ってる可能性も十分にあるし、本当かどうかは定かじゃない。


「おはよう。湯真起きるの早いね?」

「まぁいつもこんな感じだよ。真也姉は……」


「ん? 私は見ての通りお風呂掃除よ?」

「こんな朝早くからしてるの」


 昨日も大学の関係で遅かったのに朝から手伝い? 凄いな……

 真也姉の見た目は、どちらかと言うと真白さんに似ている気がする。そして落ち着き払った性格も。けど……


「えぇ。それに掃除ついでにお風呂入ろうかなって思ってね?」

「朝風呂かぁ。実は俺もそれ目当てだったんだ」


「そうなんだ。じゃあどうせだし……一緒に入る?」

「はっ? なっ、何言ってんだよ」


 時々見計らったかの様にイジって、俺達の反応を見て笑顔を見せる。

 なんと言うか小悪魔と言うか……そんな人だ。


「ふふっ」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「おっしゃ! ついて来い!」


 朝の静けさはどこへやら、辺りを包む騒々しさ。

 出来る事なら、あの朝風呂で日本の文化に感謝を浮かべていた時間に戻りたい。


 そんな思いを常々感じている俺が……いや? 俺達が居るのは……黒前高校の廊下。そして目の前には、体育館への扉が迫っている。


 いやいや、マジで来たけど? 本当に良いのか?

 いくらなんでも飛び入りの参加。しかも直近のインターハイ決勝で戦った高校の生徒。監督さん並びに他の部員の視線が怖い。


「おい透白? 本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫」

「ちゃんと挨拶すれば大丈夫だろっ」


 お前らポジティブコンビの考えが怖いよ。


「私達もお邪魔して大丈夫なのかな?」

「んーどうだろ? でも他の高校の中に入るのってなんかドキドキしないっ?」


 それにこの2人に関してはバスケ部でもないしな? マジで只の見学だぞ? 良いのか? 本当に?


 そんな一抹の不安なんてお構いなしに、ついにその扉は開かれた。


「よっしゃ、ようこそ? 黒前高校バスケ部へ!」


 勢い良く開かれたと同時に、一斉にこちらを向く部員達。


「おはようございま……す」


 キャプテンの登場に挨拶はするものの……その声には戸惑いも見える。


 だから言ったじゃねぇか。やっぱ……


「えっ? あの人達鳳瞭の……」

「雨宮兄弟?」

「えっ? まさか……」


「…………」


「「本物ー!?」」


 その瞬間、一気に騒がしさの増す体育館。そしてまるで餌を見つけた肉食動物の様に、こっちへ近付いてくる黒前高校バスケ部の部員達。

 その勢いは、まさに予想外。


 はっ? えっ? 何これ? 他校だよ? しかも男子に至っては決勝で戦った相手だぞ? しかも負けた相手なんですけど?


「うおー。また会えるなんて!」

「キャプテンのいとことは聞いてたけど、こんなにも早く再開できるとは!」

「1対1しましょ!?」

「何言ってんだ、俺が先だって」


「えっ? ちょっ……」

「うおっ、もしかして俺達すげぇ人気者?」


 バカ、そんな訳ないだろ? 大体こういうのはな? 部員が騒いでも監督が……


 ガラガラ


「おいおい、朝からずいぶん騒がしいじゃないのー」


 って、まさか?

 一気に囲まれ四方八方から言葉が飛び交う最中、耳に響く1本の声。その独特の雰囲気を感じ取るのは一瞬だった。そして自分の感じたそれが正しかったと知るのも。


「なになに? 有名人でも来たのかー?」


 やっぱり黒前の監督じゃねぇか!

 その独特な雰囲気と話し方はどんな人でも印象に残る。黒前高校を全国屈指の強豪校へと育て上げた……その名は魔術師まじゅつし不思木ふしき。その名前はもはや全国に知れ渡っている。そして何と言っても、俺の父さんの恩師でもある。


「おー監督! 鳳瞭の雨宮兄弟連れて来たぞ?」

「ん? 雨宮兄弟……」


 ほらっ、ちょっと言葉詰まってるじゃん? これ帰れとかって言われるんじゃないのか? 大体そうだよな? 


「練習参加してもオッケーだよなぁ?」


 いやいや、いくら教え子の子どもだからって、他県のライバル校だぞ? 練習メニューとか戦術とか知られるのはリスクが……


「おっ、いいぞー? むしろ大歓迎だ」


 ……はっ?


「よっしゃ。決まりだな」

「おーい、皆聞いてくれ。今日は鳳瞭の雨宮兄弟が練習に参加する。こんな機会は滅多にないぞ?」


 ……えっ? 何それ?


「思う存分楽しめー」



「「うおぉぉ」」 



 たっ、楽しめって? ちょっと? 本当に良いの? ……マジ?



 …………何だよこの高校!



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