Episode.10 闘う者たち、倒れた人たち
オズワルドさんが街から宮殿への道に差し掛かろうとした時、ふと立ち止まって僕を振り返った。
「そういえば、軍にもご案内差し上げなければいけませんでした。急な戦いに備えるため、軍務に就く者たちが寝泊まりする基地は、街の外周を巡っている門の内側にいくつかあるのです。主たる基地はそう遠くございません。そちらへお連れ申しましょう」
僕は道々、「軍」というものについて考えていた。この世界には侵略者が襲い来て、それらから人々を守るのが「軍」らしいけど、それは一体どんなものだろう?「ギフト」と呼ばれる超能力とは、どういうふうに使われるのだろう?もしかして、それで命を落とした人も居るのだろうか…?そう考えても、僕には想像することしか出来なかった。
オズワルドさんと僕が着いたのは、大きな煉瓦造りで塀が横に長く続いている、太い鉄柵が締め切られた建物だった。門の中には大きな訓練場のような広場があったけど、今は人は居ない。
「あまりお手間は取らせません。まずは我が軍の兵士の一部の者にご挨拶をお願い致します。」
「は、はい…」
僕はいささか緊張しながら、タカシを抱えて門をくぐって大きな煉瓦の玄関を通り抜けた。煉瓦で出来ているのは壁だけで、扉は木、床は切り出した石のようだった。広い廊下を突っ切って奥へ奥へと歩いて行く。
中央の廊下には左右から何本か網目のように道が交差していて、途中で軍人なのだろう人が左の廊下から現れた。でも、イメージしていたような迷彩柄の服ではなくて、西洋の甲冑のような、何かとても硬い殻のようなものを頭からかぶって、顔だけを覗かせたような恰好の人だった。その人はオズワルドさんを見てすぐに敬礼のポーズを取り、僕たちが通り過ぎるまでそうしていた。
そして一番奥の廊下を右に折れて、突き当りの左手には、割と小さ目の扉があった。でも、他の扉とは違って、ライオンの形に紋章が彫り込まれた鉄の細工が取り付けられている。オズワルドさんがその扉をノックすると、「なんだい」と、中からいくらかうるさそうに返事をする声が聴こえてきた。オズワルドさんが扉を開けようとする前にその扉は開き、中から酒臭い女の人が現れた。僕はびっくりして後ずさる。
「オズワルド様か。なんだい?なんでそいつはタカシ様を抱いてるんだい?」
僕の腕の中のタカシはちょっと居心地悪そうにじたばたと暴れて逃げようとしたけど、僕が何度か撫でていると、やっと我慢してくれたのか、大人しくなった。それを見て、その女の人は何か納得したような顔をする。
「お兄様を見つけたので、紹介に上がったのだよ。おはようヴィヴィアン」
「ああそう。はいおはよう」
オズワルドさんは体を避けて僕が良く見えるようにしてくれたけど、その女性は興味もなさそうに、赤く染めた長い髪を振り乱してすぐに部屋の中へと踵を返し、窓際へ歩いて行った。彼女はくすみかけた白いTシャツとデニムの短パンに、ブーツといういで立ちだったけど、そのブーツには、さっき見た甲冑の人と同じ、とても硬い殻のような何かが使われていた。
部屋の中には、五人の男女が居た。窓際に居る赤い髪のヴィヴィアンさんと、それから恐ろしく背が高くて筋骨隆々の男性が一人壁際に、少し小柄な金髪の男性が部屋の中央に、おかっぱ頭で華奢な女性が部屋の隅の椅子に腰掛けていた。それと、窓際にあるベッドでは白髪の小さな男の子が寝ている。そんなに小さな子がこんなところで何をしているんだろうと僕が考えている間にも、僕には好奇と疑いの視線があけすけに注がれていたようだ。
「アンタがお兄様とやらかい」
興味深げに、でもどこかふざけているように、胡椒の効いたような笑い顔で、とても背が高い男の人が僕に近寄って来て、手を差し出す。僕は片手にタカシを抱えたまま、なんとか握手をした。
「俺はジョンだよ。ジョン・ローランド」
「あ、初めまして…」
ジョンさんも硬い殻で足を覆うようなブーツを履き、デニムパンツの上にランニングシャツ一枚だけなので、筋肉の張った肩と腕が、いかにも軍人といった感じだった。
「ひょろひょろしてて、アタシたちのとこじゃ大して役にも立たなそうだねえ」
窓際のヴィヴィアンさんは、乱れた髪を指で梳きながらそう言う。
「そ、そんな言い方よくないよヴィヴィアン…」
部屋の隅に座った小柄な女性はそう言って立ち上がり、ヴィヴィアンさんに近寄る。でもヴィヴィアンさんはうるさそうに手を振って「いいんだよ」と言うだけだった。おかっぱの女性はそれ以上強く出られないのか、部屋の真ん中でおろおろしていたけど、僕を振り返って慌てて頭を下げた。
「あ、あたしは日野吹雪といいます!よろしくお願いします!」
そして、日野さんが頭を上げてから、ちょうどさっきから僕に向かい合って立っていた金髪の男性がゆっくり近寄ってきた。その男性は眩しい笑顔ではにかむように笑って、いくらかこちらを気遣うように頭を下げていたので、僕より背が小さいのに、もっと小さく見えた。
「俺はロジャーだ。すまないな、こいつらは今気が立ってるんだ。今朝は大きな闘いがあったんでな」
そう言った彼の目には、体の小ささに不釣り合いなほどの、人を惹きつける男らしい煌めきがあった。
「そ、そうなんですか…」
すると、オズワルドさんが僕の後ろからこう喋り出す。
「軍はまだ小さいですが、様々なギフトを持った者がおります。この者たちは、その中でも精鋭なのです」
僕はオズワルドさんを見ていたけど、「精鋭」という言葉に思わず部屋の中を振り返る。その時、全員の目がぎらぎらと光って、今にも僕に襲い掛かりそうなほど研ぎ澄まされていることに、ぞくりとした。
「ジョンは鋼鉄をも切り裂くことの出来る力、ヴィヴィアンは自在に爆発を操る力があります。吹雪はわたくしと同じように傷を癒す力を持っていますが、私よりも遥かに能力は高いのです。そしてロジャーは、「小さな恒星」と呼ばれるほどで、莫大な熱を操ることが出来ます」
部屋の中の全員が一様に頷いて、好戦的な微笑みを作る。僕はその時純粋に興奮したし、感動して、彼らの力をこの目で見てみたいとも思った。でも、一人だけ紹介されていない人物が居る。
「あの、そちらに居る男の子は…」
すると、さっきのロジャーさんがベッドまで歩いていき、男の子の白髪を少し撫でて、僕を振り向き、こう言った。
「こいつはどんな重いものでも触れずに動かせる。今はちょっと疲れて寝てるんだ。まだ子供だからな」
「そうなんですか…」
僕はそんな小さな子にも大きな力があることに感嘆したけど、その時、部屋の空気がどこかぴりっと張り詰め、オズワルドさんが眉間に皺を寄せていたことに気づいていた。でも、ロジャーさんがまた沈黙を破る。
「あんたにもギフトが下ったら、俺たちの仲間になるかもしれねえ。よろしく頼むよ」
「は、はい…」
僕はその後すぐに兵舎を出たけど、オズワルドさんは宮殿には向かわなかった。
「あの…オズワルドさん」
「なんでしょう」
オズワルドさんは僕を見ずにずんずん町外れの方へと進んで行く。
「あの、宮殿はこっちじゃないと思うんですけど…」
オズワルドさんは僕のその言葉に返事をせず、そのまま町外れの寒々しい道を歩いて行った。僕がそれを奇妙に感じたまま腕の中のタカシを見ると、タカシは「クゥン…」と一言鳴いて、下を向いた。
そこは墓場だった。いくつもの墓石が立ち並び、ひっそりと寂しそうな影を落としている。
僕の前には、二つのお墓があった。僕はその前に膝をつき、ただ泣き伏していた。信じたくない。どうしてそんなことに。
「初めての、大きな闘いがあった時のことでした…」
もう一度涙を拭って見てみても、「瀧川小太郎」、そして「瀧川依里子」の文字は石に刻まれたまま変わりはせず、墓石は黙ったままだった。僕は思わず母の墓石に取りすがって必死に抱き着き、自分の涙を冷たい石に擦りつけて泣いた。
「母さん…母さん…」
もう、母さんにも父さんにも会えないのか。僕はそんなことを知るためにこんな世界に来たのか。どうしてこんなことになったんだ。元の世界に居たままなら、二人は死ななかったはずだ。どうして。どうして。どうして。僕はそうやって誰ともない誰かに向かい、決して尋ね飽きることのない問いをぶつけながら、母の名を呼んで泣き続けた。
タカシは僕のそばで、僕の体に柔らかい毛を擦りつけてくれていた。
僕が立ち上がってから、オズワルドさんは、「ハルキ様がお待ちです」とだけ言った。
Continue.
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