第20話 ひび割れたかりそめ
「――――で。どうだった?」
打ち合わせも終わり、神崎先輩が『ウインドミル』を後にして。
俺と真白、そして牧瀬先輩は次が来るまでのインターバルを過ごしていた。
「どうだった、というのは?」
「神崎くんだよ。確かに自信家なところはあるけれど、最近はそれも良い方向に傾き始めていると評判でね。『内部生』、『外部生』など関係なく、分け隔てなく接するようになったし、学業の成績だって向上したらしい。いやはや、虎居くんじゃあないが恋は人を変えるというやつだね」
……えっ。なに。なんで俺と京介の会話を知ってるんだこの人。怖いんですけど。
「確かに面倒そうな先輩でしたけど、悪い人じゃないようには見えましたね」
神崎先輩は説明を終えると、ちょっぴり照れくさそうにしていて。
――――彼女は僕に、大切なことを教えてくれたんだ。僕にああもハッキリ言ってくれる子だって初めてだったし、だからこそ胸に届いた。
――――僕のような人間が、彼女の好みじゃないことは承知している。だけど諦めることが出来なくてね。せめて精一杯背伸びして、良い格好をしたいと思ったんだよ。
――――あとはもう、僕の気持ちを思い切りぶつけてみるさ!
そう語る先輩の顔は、どこまでも真っすぐでひたむきだった。
「……大丈夫なんじゃないですか。聞いた話じゃ、向こうもその気なんでしょう? 打ち合わせとかもしましたけど、そもそも必要ないと思いましたけどね」
「うん。私もそう思っているんだがね。その民原さんの方が、ちょっとね」
「…………?」
牧瀬先輩の言葉はイマイチ歯切れが悪い。
「何か不安要素でも?」
「……本人に話を聞けば分かるさ」
牧瀬先輩の話に首を傾げつつ、しばらくしてから真白と共に、今度は天上院の学生服を着た女子生徒が入店してきた。
ショートカットの髪に、引き締まった体。活発さを絵にかいたような女子生徒だ。
「紹介しますね、灰露くん。こちら、二年E組の民原渚先輩です。……先輩、こちらが私とお付き合いをしている一年生の灰露夜音くんです。今回の相談に、一緒に乗っていただこうかと思いまして」
真白が仲介すると、民原先輩は俺の顔をまじまじと見つめて。
「へぇー。君が噂の灰露くんかぁ。近くで見るのは初めてだよ」
「はぁ……そりゃ、どうも」
「ま、立ち話もなんだし、座ってくれたまえ。今日は私の奢りだよ」
「えっ、いいんですか? あたし、相談する側なのに……」
「これでも私の方が先輩だからね。それに、君が普段から後輩にしていることと変わらないだろう?」
つまり民原先輩も普段から、奢りながら後輩の相談を乗っているということか。
見知らぬ女の子の人形探しのエピソードを聞いた時もそうだったけど、結構面倒見がいい人なんだな。
「さて。改めて、君の相談を聞こうか」
「ん。なんかこう……改まって話すのも恥ずかしいですね。それに、あたしの柄でもないですし」
「柄とかキャラとかタイプとか、そういうのはその辺に転がしておきたまえ。君だって、部活で忙しい日々の合間を縫ってまで相談してるんだからね」
「そうですね……三人のお時間を頂いてるわけですし」
「その点についても気にすることはない。ちょうど、他の予定が直前にあったからね。ついでだよ、ついで」
何がついでか。神崎先輩との打ち合わせを終えた後に、今度はお相手である民原先輩の相談の時間を組んだのは牧瀬先輩ではないか。
もちろん、神崎先輩側から相談があったことは秘密なので、俺も真白も知らないというていで相談を受けることになるのだが。
「それじゃあ……えっと。聞いてもらおうかなっ」
照れくさそうにしながら、民原先輩は相談内容を話し始めた。
基本的には神崎先輩の語ったエピソードと同じ。
河川敷で人形探しをしていたところに、神崎先輩と出会って。
そのことがきっかけで彼のことが気になったという。
「民原先輩は、神崎先輩のどんなところに惹かれたんですか?」
話を聞き終えた後、同性の真白が切り込んだ。
確かに民原先輩のような真っすぐなタイプは、神崎先輩は好みじゃなさそうに見えるが。
「まあ……そうだね。実はさ、顔自体は何気にタイプだったんだよね。中身はアレだったけど」
「あぁ……確かに神崎先輩、顔は王子様みたいな感じですもんね。中身はアレですけど」
「あはは……」
俺と民原先輩は顔を合わせて間もないというのに、見解は一致してしまったらしい。
傍では真白が苦笑いしている。
「子供の頃からさ、ずっと憧れてたんだよね。王子様とか、お姫様ってやつに。……って、それこそあたしの柄じゃあないんだけど」
「別にそんなことはないかと思いますが……」
「ないない! そりゃあ、真白ちゃんみたいな子なら似合うけどさ。あたしにはお姫様なんて似合わないよ」
自虐するように言い訳を重ねる民原先輩。
神崎先輩とは対照的に、自分に対する自信がないように見える。
「……でもまあ、好きになったのは別に外見がタイプだからってわけじゃないんだ」
その時のことを思い出しているのだろう。民原先輩の頬が僅かに緩む。
☆
彼が『こんな人形ぐらい、僕が買ってあげるよ』って言った時にね、あたし言ったんだ。
ついカッとなってね。『落とした人形は女の子の思い出が詰まった大切なもので、いくらお金を積もうと決して替えの利かないものなんだ』って。
言った後で、ちょっと失望したの。
ああ、この人も他の内部生みたいに、お金で何でもかんでも解決しようとする人なんだなって。
でもね、彼はそうだけど、そうじゃなかった。
あたしの言葉を聞いて、目を丸くしてね。それから少しばかり考えて、こう言ったの。『なるほど! それは大変だ!』って。
それから神崎くんは草むらを必死にかき分けて、人形を探し始めた。あたし、びっくりしちゃった。だってさ、『
最後に、神崎くんは人形を探し出してくれた。
その時の笑顔がね……なんか、胸に来たんだ。
彼を意識し始めたのもその頃からかなぁ……。
☆
「……って、わけなんだけど」
話し終えた後、民原先輩の顔は真っ赤に染まっていた。
「へ、変だよね。あたしみたいな子がさ、『内部生』の王子様に恋しちゃうなんて……」
「そんなことないと思います。とても素敵なことだと思いますよ」
「今日は相談ってことで話を受けてますけど……何を相談することがあるんです?」
「いやー……だからさ。あたしじゃあ、神崎くんには釣り合わないし……このままダブルデート? をしてみてもさ、上手くいくとはぜんぜん思えなくて」
そんなことないと思うけどな……と思ってしまうのは、神崎先輩の気持ちを知っているが故のことなのだろうか。
「だから相談っていうのは……その、神崎くんみたいな王子様に好かれるような、完璧なお姫様になるにはどうすればいい? ってことなんだけど」
牧瀬先輩に視線を送ると、先輩はため息交じりに頷いた。
なるほど。不安要素ってのはこれのことか。
確かに相談されるのも納得だ。お姫様になりたいのなら、お姫様に話を聞けばいい。それでいうと、真白桜月という『人形姫』は適任だろう。
……だけどまあ、本当にその必要があればの話だが。
「……民原先輩。別にそんなことをする必要は――――」
「分かりました」
俺の言葉を遮るように、真白が頷いた。
「私でよければ、先輩に協力させてください」
「えっ。ほんと? いいの?」
「はい。私が先輩を、
真白の言葉に民原先輩は安堵したように胸を撫でおろす。
「よかったー。これで安心できるよ。真白さんの協力があれば、百人力だからね!」
盛り上がる民原先輩と真白は、それから今後の予定を互いに話し合って計画を立てた。
俺はそれに口を挟むことも出来ず、ただ聞くことしか出来ず。牧瀬先輩も複雑そうな顔をしていたが、同じように口を挟むことはなかった。
☆
「……別に、協力する必要はなかったんじゃないか」
今日の打ち合わせも終わり、牧瀬先輩も先に店内を後にして。
改めて二人きりになったタイミングで、俺は一人資料作りに励む真白に声をかけた。
「……なぜですか?」
「そんなことしなくても、神崎先輩は……その、好きだろ。民原先輩のこと。わざわざ完璧なお姫様にならなくたってさ」
あの人が好きになったのはきっと、そんな完璧なお姫様なんかじゃないはずだ。
「……でも。いいじゃないですか。本人がなりたいって言ってるんですから。好きな人に良く見られたいのは、普通のことだと思います」
「そりゃそうだけど……」
神崎先輩だって背伸びして、良い格好をしてとは言っていたけれど。
でも、それはあくまでも『自分』を見せるためのものだ。
何もかも『完璧』という名の仮面の下に閉じ込めることじゃない。
「それで上手くいったとして、しんどいだろ。そんな風に『完璧』を続けるのは。だったら……」
「……だったら、ありのままの自分でいた方がいい、と? でも、ありのままの方がいいなんて、分からないじゃないですか。それで上手くいく人ばかりとは、限らないじゃないですか」
「ありのままの民原先輩を、神崎先輩は好きになったんだろ」
「でも大した接点はないと仰ってましたよね。なら神崎先輩だって、これから長く接していくうちに、ありのままの民原先輩を見れば失望するかもしれません」
『完璧』を肯定する真白と、『完璧』を否定する俺と。
話は平行線で、どこにも辿り着くことはなくて。
「……灰露くんは、逃げてるだけです。『完璧』だった自分から」
「お前…………」
「知ってました。灰露くんが昔、どんな人だったのか」
静かな店内に、真白の声だけがやけに大きく響いたような気がした。
「私も……あの炎陽塾には通ってたんです。だから、知ってました。昔の灰露くんのこと……貴方が、『完璧』な人間であったこと」
あの頃のことは、正直あまり良い思い出にはなっていない。
ずっと忘れようとしていた。記憶に蓋をしようとしていた。
……忘れていたのは神崎先輩だけじゃない。あの頃は、周りになんてあまり興味がなかった。
「私は貴方を見て、貴方のようになりたいと思ったのに。貴方のようになれば、お母さんは笑顔になってくれると思っていたのに」
立ち上がった真白の目は、悲しみに濡れていた。
「なのにどうして…………どうして貴方が、私の願いを否定するんですか」
店を出て行った真白の背中は、どこか傷ついたようで。
俺はそんな彼女を……今度は、追いかけることが出来なかった。
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