第79話 誘惑への敗北
クロワッサンは非常に美味しかった。
ただ、それを楽しむだけの余裕は、私にはなかった。
……全ては、目の前にアルフォードがいるが故に。
食事を初めてからも、決してアルフォードに異常は見られなかった。
というのも、執事服を身にまとっている以外、アルフォードはいつも通りだったのだから。
そして、それがより私の不安を煽る。
……本当に、一体何が起きているのだろうか。
そう恐れつつも、食事を終えた私は、意を決して口を開いた。
「それで、その……どうしたの?」
恐る恐る聞きつつも、内心私は不安の連続だった。
アルフォードはごく稀に、暴走することがある。
その暴走が正しい報告に向かっていれば、心強いことこの上ないが、そうでなければ、事態は最悪なものとなる。
「いや、お詫びの意味も込めて、サーシャリアの世話をしようと思ってな」
……そして、私は事態が最悪なものとなったことを悟った。
「し、仕事は?」
「昨日のうちに片付けた」
「いやでも、使用人達にも都合が」
「昨日の内に、今日だけということで話を付けておいた」
本格にヤバいやつだ。
そう理解し、私は内心震える。
とはいえ、まだ手遅れではなかった。
私は、そう内心自分を奮い立たせる。
暴走中でも、何故かアルフォードは私の言葉だけは聞いてくれる。
ここできちんと、駄目だと言えば。
私が、迷いを覚えたのはその瞬間だった。
「……そ、そういえばその服はどうしたの?」
「ああ、この執事服か? 今日限りで、執事から借りたものだ」
今日限り、その言葉を頭で反復しながら、私はアルフォードの姿を見る。
……正直、今のアルフォードの執事服は、かなり似合っていた。
引き締まったアルフォードの体に、執事服はよく似合っている。
そして、そんな格好をしてまで来てくれたアルフォードを、断ってしまっていいのか。
そんな思いに、私は駆られる。
いや、そんな誘惑に負けてはならない。
そう私は、必死に自分を抑える。
「そう、俺の監督下なら少し仕事をしてもいいぞ」
「……え?」
しかし、私の自制心が働いたのは、その瞬間までだった。
書類、執事服、アルフォード。
全てが天秤に乗り、ぐらぐらと揺れる。
そして、誘惑に私は負けた。
「今日、だけなの?」
「ああ、さすがに仕事が残っているからな」
あくまで、今日だけなら。
その誘惑に負けて、私は頷く。
「それなら、お願いします……」
だが、その時の私は気づかない。
そう告げた瞬間、アルフォードの顔が大きく歪んた事を……。
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