第49話 侯爵家の当主 (ヴァリアス視点)
「……カインを逃がした?」
重い苛立ちの込められた父の声。
それを聞いた瞬間、私、ヴァリアスの背中を冷たい汗が流れた。
「も、申し訳ありません。ですが、あの卑怯者は……」
「卑怯者? そのせいでカインに逃げられたと言いたいのか?」
「は、はい! あの時、カインが書類をばら撒きさえしなけれ……」
「……ヴァリアス。お前は本当にカインに及ばないな」
ぞっとするほど冷たい光を、父上の目は放つ。
今更私は自分の失態を悟るがもう遅い。
「卑怯、卑怯ではない。そんなものは言い訳にはならん。相手が卑怯なら、こちらがそれ以上の卑怯な手を使ってでも、対処すればいいだけの話だ」
「は、はい! 申し訳ありません」
「……はぁ。ヴァリアス、これ以上儂を失望させるなよ」
重々しい溜息を着いた父上は、悔やむように告げる。
「せめて、カインが娼婦の息子でなければ、使い潰す必要などなかったのにな」
……その言葉に、私は唇を噛み締める。
いつも、父上は俺とカインを比較し、カインのできの良さを嘆く。
真の後継は、正妻の息子である俺であるのに、だ。
しかし、そのことを父上に言える状況でないことを俺は理解していた。
声を荒げたわけではない。
だが、父上の目には確かに怒りが浮かんでいた。
……こんな状況で、さらに最悪な報告をしなければならないのか、そう考えて私は気を重くする。
といっても、それを黙るという選択肢がないことは、私も理解していた。
これは、侯爵家の危機だ。
叱られることを避けるために黙っていて、侯爵家を潰す訳にはいかない。
そう覚悟を決めて、私は口を開いた。
「……申し訳ありません。もう一つ、サーシャリアに着せるはずだった罪の証拠が、カインに行き渡った可能性があります」
「……っ!」
瞬間、父上の顔に驚愕が浮かぶ。
……今までに、父上がここまで驚きを顕にしたことがあっただろうか?
俺は反射的に怒鳴られると思い、顔を俯かせる。
しかし、その俺の予想は外れた。
「は、はは、ふはははは! それは何よりの果報だ! 本当に伯爵家はよくやってくれたものだ!」
──次の瞬間、父上はこれ以上ないくらいの喜色を浮かべ、笑いだしたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます